割れた卵
僕の世界ではお母さんから生まれる時に、赤ちゃんは両手に卵を抱え込んで生まれてくる。
15歳になるまで魔力を毎日注いでると、15歳になるその日に卵が孵って、その人の守護獣になるんだって。
村の友達の皆はその日を楽しみに、卵を大切に扱うんだ。
当然、僕も大切にしているし、妹もお母さんに作ってもらった卵入れに卵を入れてとても大切にしている。
そんな前提があるんだけど……、僕まだ10歳なんだけど、朝起きたら卵が割れていた。
そして僕のお腹の上には手のひらサイズの……犬、じゃなくて狐?
なんだか額にキラキラ輝く青い宝石みたいなものが付いてる。
まぁそれを除いてもまるっこくて太目の手足と柔らかな腹毛と固めの背毛が可愛い。
可愛いのは、良いんだけど。
「おかーさーん!卵かえっちゃった!」
とりあえず僕はお母さんを呼んだ。
だって、卵が孵るの14歳で、守護獣の扱い方はちょっとずつ聞いてたけど、名前を良く考えて挙げる事とか、餌は魔力っていう事くらいしかしらない。
どうしていいのかなんて解らないないよ!
でも、見慣れた木造の家の薄い壁越しに助けを求めたのにお母さんはといえば。
「バカな事言ってないで起きなさい。ミーナはもう起きてご飯食べてるよ。あんたの分なくなるかもね」
「ちょ、ちょっとまって!もー止めといてよお母さん!」
こんな具合で、僕は卵から孵った狐?を抱えてお母さん達の居る居間に飛び出した。
僕が着たきりすずめの服のままドタバタと入るとその音を聞きつけたお母さんがワンピースを翻して僕の方を振り向いて怒る。
「こらユート!ドタバタするんじゃない……え?」
お母さんの目が僕の腕の中の守護獣で止まり、大きく見開かれる。
そして焼いてる途中の……多分お母さんの分の卵を放って僕の方に駆け寄ってくる。
「ユート!そ、その子本当に卵から孵った守護獣なの!?」
「う、うん。僕の卵がなくなってたから間違いないと思う」
「なにー?おにーちゃん、卵かえったの?」
慌てたように僕の守護獣……だよね?を覗き込むお母さんと、お母さんの脇からちらちら覗き込みカボチャパンツを覗かせるミニワンピースのミーナ。
僕の腕の中の守護獣は器用に体勢を変えて、僕の顔を舐めようとちっちゃな脚で肩につっぱって頬っぺたに顔を寄せようとしている。
「お、お母さんなにかまずいかな」
「不味いかどうか解らないわ……お母さん10歳で卵を孵すなんて初めて聞くわ」
「おにーちゃん!さわらせて!」
「いや、ミーナはちょっと静かに……あれ、お母さんなにか焦げ臭くない?」
「あ!いけない!とりあえずその子のことは後!朝ごはん食べちゃいましょう!」
お母さんは放り出していた卵焼きが焦げるくらいは悩んだけど、それはそれとしてと、朝ごはんを食べるのに戻った。
僕も朝ごはんを食べるために席に着いた。
いつものパンに千切り野菜、家は鶏を飼ってるから卵焼きが食べれるけど毎日じゃない。
それらを食べてる間、僕のわき腹にぽすぽす頭を当ててくる守護獣をミーナがぺたぺた触っていたけど、何度も尻尾で払われていた。
そんなわけでご飯を食べ終わったら、僕の傍から離れたがらない守護獣をお母さんが取り上げてじっくりと表に裏に上下さかさまにと調べたんだけど。
どうにも狐系の守護獣の何かとしかわからなかったみたいだ。
それでもしばらく考えた後、先に野良仕事にでてるお父さんに見せてきなさいって言った。
僕の守護獣を触りたがるミーナに、これは僕の守護獣だからねと強く言い含めて抱っこさせてあげた。
本当は自分の守護獣を、家族とは言え人に預けるのはちょっとやだなぁと思ったんだけど、泣きそうになるからずるいよね。
まぁ5歳のミーナにそういうこといっても本当に泣かれるだけだから言わないけど。
ミーナが身体一杯に使って僕の守護獣の毛並みを堪能してるを横目に家を出て、ちょっと遠くにある畑に向かう。
そこにお父さんは居るはずだから。
うちの区分の畑に行くと長袖の上着に膝丈から下を紐で絞ってサンダルをしっかり固定したお父さんは水魔法でうねを湿らせてる所だった。
お父さんはミーナの声に気づくと、作業を止めて僕達の方を向いた。
「おとーさん!おにーちゃんの卵かえった!」
「はー?何言ってんだミーナ。その狐どこで拾った」
「父さん、ミーナが抱えてるの僕の守護獣だよ」
「守護獣?ちょっと見せてみろ。ほーらミーナ。お父さんにその子渡してごらん」
「んー。あたしがだっこしてるの!」
「こらミーナ。それは僕の守護獣だっていってるだろ。お父さんに見てもらうんだから渡して」
「やだー!」
「ミーナ、渡しなさい。それとお兄ちゃんの守護獣はお兄ちゃんと一緒に居るのが好きなんだから無理やりはよくないぞ」
「だって、だってぇ……」
「ミーナだって誰かに自分の守護獣取られたら嫌だろ。毎日寝る前にたっぷり魔力を注いでるもんな」
「うー……」
「お兄ちゃんだって毎日魔力を注いできたんだ。それを横から独り占めするのはよくないぞ」
「……あい……うえぇぇぇ……」
「あ、しまった、結局泣かせてしまったな……ユート、俺がその子を見てる間ミーナを頼む」
「はーい。ミーナこっちにおいで」
お父さんに僕の守護獣を渡してからぐずぐず言っているミーナを抱き上げてあやす様に揺すっていると、お父さんがピッと口笛を吹いた。
あれはお父さんの守護獣を呼ぶ合図だ。
お父さんとお母さんの守護獣は、というか村の大人の守護獣は実は村の中で見れる時間は少ないんだ。
一度、普段見ない守護獣たちは何をしてるの?と聞いたら、それぞれ村の周囲を警戒してるといわれたよ。
何から警戒してるのかは教えてもらえなかった。
そんな事を思い出しているとお父さんの守護獣のエリトが軽やかに現れた。
エリトは狼型の守護獣で、白い体毛を針のようにつんつんさせて冷たい半月形の瞳で周囲を見回す大人二人分くらいの体格をしている。
お父さんは無言でエリトに手に持った僕の守護獣を突き出して、エリトは低く唸りながら臭いをかぐそぶりをしてから首を振る。
あれでなにかわかるのか、ちょっと不思議。
しばらくそちらは放っておいて、ようやくぐずるのを止めたミーナに良い子良い子と頭を撫でてみせる。
そうすると比較的僕になついてくれているミーナは「おにーちゃん、しゅごじゅーさわっていい?」などと言い始める。
今はお父さんが調べてるから後でね、と言いながらあやし続ける。
そうしてミーナをおんぶしてそろそろ腕が辛いなっていう頃になって、ようやくお父さんから開放された僕の守護獣が、構って構ってというように僕の足をズボン越しにてしてし突いてきた。
だから一旦ミーナを降ろして守護獣をたっぷり撫で回してやる。
ミーナがお兄ちゃんずるいとかいってるけど、僕はずるくない。
しいてずるいといえば目の上にある顔の外側に向かって下がるような楕円の斑点でどこか困ったような表情をしている守護獣の可愛さだよ。
僕はさっきまでの腕の疲れを忘れて、わしゃわしゃと背毛をかき回してやって、ついには僕にお腹を見せて転げだした守護獣のお腹をおもいきり揉むようにさすってやる。
しばらくそれを続けるとくぅーんと声を上げて守護獣は満足した様子だった。
一頻り僕が守護獣に構ってやった後、お父さんが僕に声を掛けてきた。
どうも重要な話らしい。
「いいかユート。お前はミーナを一旦家に帰したら村長の家に行け。その守護獣が何か特別なのかはわからんが、守護獣を孵したなら知識が必要だ。解ったな」
「うん。解ったでも家より近くで遊んでるレシヌ姉ちゃんにミーナのこと頼んでみる。お母さんも忙しいだろうし」
「そうか。じゃあそこらへんは任せる。とにかく村長の家だぞ」
「うん。解った。じゃあ言ってくるね」
僕はお父さんの言葉に背中を押されて畑の方から村の中へミーナの手を引いて歩き始めた。
当然、守護獣は僕の後を付いてくる。
うーん、君って一体なんなんだろうね。