エピローグ
そのあと、僕と美咲は1年間の空白を埋めるように一晩中話しをした。
「それで、真吾さんが……」
「待って、美咲。もう真吾の話はやめてくれ」
十六回目の真吾の名前が出てきたとき、僕は両手を挙げてホールドアップの姿勢をとった。真吾が僕のために奔走してくれたのはわかってるが、それにしても、ちょっと面白くない。そういうと美咲は声を上げて笑った。
「貴俊さん、ヤキモチですか?」
この笑顔を見るのは一年ぶりだ。僕が答えずにいると、美咲はぎゅっと抱きついてきた。
「えへへ。ヤキモチやかれるって、なんかいいですね」
「よくないよ」
「愛されてるって実感できます!」
「そんなところで実感してほしくないな」
「たまには、いいですよ。うれしいです」
腕の中でもごもごと言う。
「三十一にもなって、ほんとにかっこ悪い」
「貴俊さん、私のことを見くびってますよ。そんなことでかっこ悪いなんて思いません。二年前の話を聞いても、ちっともかっこ悪いなんて思いませんでしたよ。むしろ、かっこいいですよ」
「かっこいい?」
「片瀬さんと玲子さんの結婚を認めてあげて欲しいって玲子さんのご両親にお願いしたり、その後玲子さんと片瀬さんの仲直りを手伝ったり……その話を真吾さんから聞いて、本当にかっこいいなって思ったんですよ」
美咲は抱きついたまま顔を上げ、僕の目を見る。
「あ、また真吾の話!」
僕は美咲をぎゅっと腕に閉じ込めた。「あ!しまった!」という美咲の声が振動となって胸を揺らす。
「あ、そういえば貴俊さん、指輪、大丈夫ですか? サイズきつかったら、直しにいきましょう。し……い、伊織さんが『たぶんこれくらいでしょう』って言うんでそれにしたんですけど。」
『たぶんこれくらいでしょう』って言ったのは、確実に伊織じゃなく真吾だな。僕はそう思いながらも、この可愛い嘘に騙されておくことにする。
「押し込んだら何とか入ったし、ちょっときついけどこのままでいいよ」
「えっだめですよ! 抜けなくなっちゃいますよ!」
「指輪抜く予定ないから、大丈夫だよ」
僕が言うと、美咲はぱぁっと花が咲いたように笑った。
この指輪の居場所は永遠にかわらない。
そして僕の居場所も、ここにある。
この笑顔とぬくもりを、一生守っていこう。
僕はやっと殻を脱ぎ捨て羽を得て、ここに来た。
エスケープの向こう側にこんなに明るい未来が待っているなら、あれも悪くない経験だ。
<FIN>




