25 汗だくの手のひら
ぽんぽん、と肩を叩かれて僕はやっと美咲を離し、振り返った。
ここからが正念場なのだ。
「そろそろ、いいか」
僕の目に飛び込んできたのは、あの日の僕と同じように白いタキシードを着こみ、胸に花まで差した――
「真吾」
どういうことだ。
頭がついていかない。
「真吾?」
金魚のように口をぱくぱくしているのが自分でもわかる。
何て間抜けなんだ。
でも、無理だ。
冷静になんてなれない。
「真……吾」
ぶはっ。
真吾が吹き出したのが合図だったかのように、列席者からわーともぎゃーともつかない叫び声が上がった。
「そんなに何度も呼ばなくても、俺は真吾だよ、貴俊」
真吾が皮肉っぽい笑みを浮かべる。
真吾が美咲と結婚?
真吾が?
なぜ?
付き合ってたのか?
見合い相手は真吾だった?
「説明はあとだ。とりあえず、始めようぜ。新婦の入場はこの際省こう。ごめんよ、美咲ちゃん。でもたぶん、今こいつから美咲ちゃんを取り上げたら噛みつかれるから、そのままそこにいてあげて」
美咲がこくりとうなずく。
まもなく、式場に讃美歌が流れ始めた。
僕は汗だくのシャツの上から、真吾に無理やり着せられた白い礼服を着て白いタイをつけて突っ立っている。
相変わらず状況は全くわからない。
だがどうやら、僕と美咲の結婚式が始まるらしい。
何でもいい。
二人の間に確かなものさえあれば、自分が今汗だくで息が上がっていても、手を離したくなくて美咲の手をぎゅっと握ったままでも、それでもいい。
神父が開会の宣言を始めた。この人もしかして、2年前と同じ人だろうか。英語訛りの不思議なしゃべり方に、聞き覚えがあった。
「コレよーり、倉持貴俊さんと実藤美咲さんの結婚式を、開式いたーシます。
参列者の皆さーんのうち、この結婚にィ、正当な理由で異議のある者は、今コノ場で、申し出てくーださーい。今、申し出がなケれば、後日、異議を申し立てて2人の平和を乱シてはなーりませーん。
次に、お二人に申し上ーげマス。人の心を探り知られる神の御前に、静かーに省み、この結婚が神の律法にかなわないコトを思い起こすなーらば、今ココでそれを明らかにしてクダさい」
僕はキリスト教徒ではないから、僕と玲子の式は人前式だった。
でもこれは、神前式だ。隣に立っている真吾がなぜ神前式にしてくれたのか、僕にはわかった気がした。
誰も、何も言わない。
無意識に深く深く息を吐き出していた。無信教の僕らにとって、この開会の辞にそれほどの意味があるわけじゃないのかもしれない。でも、これより先に異議が認められないというそのことが、なぜか僕の緊張を解いた。
ゆっくりと美咲の手を離す。どうせ後でつなぐのだ。小さな手を僕の手汗でこれ以上びしょびしょにしたくなかった。




