12 向こう側
〈お芝居終わりました。貴俊さんはお仕事どうですか?〉
伊織を見送ってほどなくして、美咲からのメールが届いた。
〈僕の方もほとんど終わりだよ。美咲は、お芝居どこで観てるんだっけ?〉
〈有楽町です。今駅まで歩いてきたところです〉
〈あれ、僕もちょうど有楽町で仕事だったんだ。もう少しだけかかるけど、もしよかったら一緒に帰らない?〉
〈本当ですか? じゃあ、駅で待ってます!〉
嬉しそうな美咲の顔が浮かんで、こちらまでうれしくなる。
――好きなのね。
伊織の言葉が頭をよぎる。
これが好き、ということか。
僕は美咲に会って自分の気持ちを確かめたくて、ゲストの見送りもそこそこに帰途についた。
どうせ僕が参加しなかった間も何とかなったんだ。僕一人くらいいなくても、大丈夫だろ。
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「美咲ちゃん」
「あ、呼び方が戻ってますよ!」
ぷう、と頬を膨らませる美咲。
「ごめんごめん。呼び捨ての方がいいんだったね、美咲。お芝居はどうだった?」
「サイコーでした! 有名なミュージカルだったので知ってる歌も多くて!」
最近映画化されて数々の賞を取ったその作品は、本家ではもう25周年だか何だかを迎えたメガヒットミュージカルだ。
「歌詞が日本語なのがちょっと不思議な感じでしたけど、素晴らしかったです。貴俊さんは? その……お仕事……だったんです……よね?」
ためらうように最後の言葉を紡ぐので、僕は不思議に思いながらうなずいた。
なぜこんなに遠慮がちなんだろう。
「そうだよ。死ぬほど退屈な仕事だった」
好奇の視線にさらされながら酒を飲み、当たり障りのない話をする。
招待客の名をあらかじめ覚えておかなければならないし、話題が尽きないように相手の会社の商品などもチェックしておかなければならない。地雷を踏まないように、業績や最近の不祥事の有無も。
処世術。社交術。
昔から、こんなにめんどくさいものはない、と思っていた。
真吾はこういう華やかな場が似合うし本人も好きだと言っていたが、僕は元来パーティーというものが好きではなかった。
その上に、真吾曰く「ドラマでしかお目にかかったことのない間抜け」として痛々しい視線にさらされるのだから、たまったものではない。
楽しめるはずなんかなかった。
鳥飼守と伊織との会話だけが、今日の収穫だ。
タクシーに二人で乗り込む。シャンパンを飲んでしまったので運転はできない。
「家まで? それとも、最寄駅までの方がいい?」
家を知られたくないかもしれないと思い、一応聞いた。
付き合っているのに家を知られたくないというのも変な話だが。
「家は駅のすぐそばなんです。徒歩三分。だから、最寄駅までで平気です」
美咲のハキハキとした言葉にうなずき、最寄駅を運転手に告げる。
社内でも美咲は楽しそうにミュージカルの話を続けた。
「結婚式のシーンがすっごく素敵で! 女優さんがもともときれいな人なんですけど、結婚式の衣装はもう最高でした。豪華だし洗練されてて。思わずうっとりしちゃいましたよ」
結婚式、ね。
男にはわからないが、女性の結婚式に対する熱意はすさまじい。
個人差はあるのだろうが、少なくとも僕の周りの女性は皆すごかった。
伊織は自分の結婚式で着るウェディングドレスをデザインするのが小さいころからの夢で、それが高じて気付いたらドレスデザイナーになっていたほどの執念の持ち主だし。
妹の茜もまた、ネットサーフィンをして自分好みのウエディングドレスの画像を収集するのが趣味だ。
玲子も――玲子も、ドレス選びには呆れるほどこだわった。
そこまで考えて僕は思わず黙りこくった。
――結婚。
美咲も夢を抱いているのだろうか。
二十五歳。
女性なら結婚を意識する年頃だろうか。
僕はまた結婚なんてするのだろうか。
また、というのはおかしいか。結婚式は途中まで挙げたが、結局結婚はしていないのだ。
あの作業をもう一度繰り返すのか。
両家に挨拶をし、結納を交わし、式場を決め、衣装を決め、演出を決め、新居を決め……
あれを、もう一度、誰かと。
思い出すなと言う方が無理だろう。
未練とは違う。
でも、同じ作業をしていたらきっと思い出すだろう。
玲子と行った式場や、買い物に行った店。
たぶん、話さなくてはいけない。
きちんと美咲と向き合おうと思ったら、あの日の話をしなくてはいけないのだ。
あの出来事を乗り越えて向こう側に行くためには、きっとそれが必要だ。




