プロローグ
※投稿初期の作品ですので、表現や内容、体裁など拙い点が多々あると思います。誤字の訂正などを随時行っていく予定ですが、お見苦しい点についてはご容赦いただけましたら幸いです。
「玲子!」
静寂をぶち破る大きな音とともに正面の大扉が開き、そこから光が差し込むのが見えた。
扉の向こう側の喧騒が漏れ聞こえ、その喧騒に包まれるようにして影がひとつ、転がり込んだ。先ほどの声の主だ。
「……わたるっ……!」
玲子はたった今ゆっくりと閉じたばかりの形の良い瞳を大きく見開いて人影を見つめ、唇を震わせながら男の名を呼んだ。
男が赤い道を滑るようにこちらへ向かってくる。
この静謐な空間にはひどく不釣り合いな、Tシャツにジーパン、スニーカーという出で立ち。
それがわかった時には、目の前にいたはずの純白の花嫁は赤い道の向こう側に連れ去られていた。
僕はただ、呆然とそこに立ちつくす。
生まれて初めて着た白いタキシードの胸に花までつけて、バージンロードの向こう側に行ってしまった夢をただぼんやりと見送った。
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「……とし、おい、貴俊」
その声にはっとして顔を上げた。
「大丈夫か、お前」
僕は机の向こう側に視線を送り、うなずいた。
「ああ、ちょっとぼんやりしてただけだ。大丈夫だ」
デスクの向こう側の従兄が僕の顔を覗き込むように窺っている。
「仕事中にお前がぼんやりするなんて、大丈夫じゃねぇだろう」
――それもそうだな。
僕から仕事をとったら、本当に何も残らないというのに。
僕の沈黙を肯定ととった従兄は、ゆっくりと机を回り込むと僕のパソコンのマウスに手を伸ばし、さっさと作業ウィンドウを閉じてパソコンをシャットダウンした。
すでに終業時間はとうに過ぎ、オフィスにはほとんど人影もない。
「もういい。今日は飲みに行くぞ」
ここに居たって、どうせ仕事になんかならないことはわかっていた。
朝からデスクの引き出しにしまったままにしてあった封書をカバンに詰め込み、立ち上がった。そして壁のフックにかけてあったマフラーを取ろうとしてふと手を止める。いつも心に小さな棘を立てるその布切れを、今日はどうしても身に着ける気分になれない。
従兄は僕の視線で事情を察したらしく、マフラーをむずとつかむと無言のままゴミ箱へ放り込んだ。
「あ、おい。物に罪は……」
「あるんだよ。思い出の品っていうのは、とかく罪なもんだ。捨てちまえ」
それもいいかもしれない。
僕は何も言わずにうなずいた。
「飲むぞ、思いっきり」
従兄の言葉通り、今日は酔ってしまうのがいいだろう。