君と、二人で。
「せ、先輩!おはようございます…っ!」
「なんなの、あんた。後輩のくせに生意気よ」
声をかけたはずのその人じゃなく、まわりが答える。これはいつものこと。
でもそんなことでめげない人が殆ど。
私はそんな人達を尻目にふぬーっと奇声を上げながら、人の壁を突き進もうとする。
でも、先輩方のガードが堅すぎて突破できない。
仕方ないから一休みして、なけなしの身長を駆使して、ピョコピョコと先輩を見ようとする。
1回、
2回、
3回…
ようやく柊敦士先輩のことが見れた。常に冷静な先輩はこんな人だかりでもものともせず、文庫本を読んでる。
はふぅ……。やっぱりかっこいいなぁ…。だからって付き合いたいなんて少しも思わないけどね。目の保養、目の保養。
朝からいいものが見れた、とルンルンでスキップして教室に向かう。
…、と。私の名前は日向陽菜
昔は自分の名前が何故か嫌だったんだけど、今ではお日様を連想する素敵な名前だと思って、大好き。名前で呼ばれるのが好きだから、知り合った人には名前で呼んで、ってお願いすることにしてる。
そんな私だから、お昼寝も大好き。お昼休みにお弁当を食べたら日向ぼっこしてお昼寝するのが習慣。
だから今日もお弁当を食べ終わってゴロン、と寝っ転がっていた。
くぅ…と暖かい日差しに誘われて浅い眠りに就こうとした、まさにその時。
ガサゴソ…と草を掻き分ける音が聞こえてきて、私は慌てて大きな木の反対側に回り込んだ。幸いにもその人達はもう一つ向こうの茂みに行ったようで、鉢合わせることはなかった。
ふぅ、と小さく安堵のため息をついて、さっきの場所に戻る。
…でも、驚いたからか眠気はどこかに飛んでいってしまったようだった。
でもとりあえず目をつぶるだけつぶってみることにした。
すると自然に聞こえてくる話し声。
聞くつもりはないんだけど、耳に入ってくる。耳に手を当ててみるも、効果なし。漫画なんかでやってるアレは嘘なのか…と若干しょげつつも、なんとか聞かないようにしようと足掻く。
が、無理だった。私は仕舞いには聞こえてくるものはしょうがない、絶対に口外しませんから!と心の中で謝ってお昼寝を続けようと寝返りを打った。
すると、先ほどよりクリアに聞こえてくる話し声。
「あ、の…!待ってください!私、ずっと好きだったんです…!」
必死になってるなー、と人事のように感じる。
私もいつか恋をしたらこんな風になるのかな、と一瞬想像しようとする。でも、ひとかけらも想像できなかった。
再び女の人が話し始めたが、風のせいなのか、あまりよく聞こえなかった。
「悪いけど、興味ない」
そして、男性の振る声が聞こえる。
こんなに冷たくするってことはある程度モテる人かぁ、なんて勝手にイメージする。
ま、どうせ振られるなら期待をさせないこういう振り方がベストだな、と勝手に評価までしたり。
ビバ!思想の自由!なーんて。
そうこうしているうちに、告白は終わったようだった。
腕時計を眺めると、そろそろいい時間。ぼちぼち行きますか、と立ち上がる。
んーっと両手を高く空に向かって上げて、大きく背伸びをする。
ガサッと再び草むらが揺れて、あっと気づいたときには遅かった。
や・ば・い
私は慌ててさっきみたく木の反対側に回り込もうとする。
「覗き見なんて悪趣味じゃない?」
考えるより先にカッとなって口が勝手に動いた。
「私はここにいただけですっ!さっきは出るに出られなくなっただけで、口外はしないって心に誓ってました!
…失礼します」
さっさと帰ろうと踵を返す。
するとくっ…と笑う声を聞いた。後々になって思うと、シカトしたほうが何百倍もよかったのだが、なにせこの時の私は虫の居所が非常に悪かったのだ。
「…どこがおかしいんですか!」
「いや…。あんたおもしろいなって思っただけ。
…気に入った。あんた俺のものにならない?」
へ?
私は一瞬耳を疑った。
ー少女漫画じゃあるまいし、初対面の相手に「俺のものにならない」?
この時点でドン引きしたが、いや、この人は所詮目の保養なだけ。遠目から眺める分には、この際人格なんかどうでもいい。と思い直した。
「…失礼します」
後ろではまだ笑ってる声が聞こえるけど無視無視。
ー次の日から先輩の攻撃が始まった。
初めはすぐ終わるだろうって思ってたけど、私が甘かった。先輩はよっぽどの暇人みたい。
「陽菜、いる?」
ー来た。
先輩の情報網はとてつもなく優れているらしく、次の日には私のクラスと名前が判明していた。
それから毎日何かにつけ先輩が教室を訪れる。
「ごめん、いないって言ってくれ「陽菜、捕まえた」」
…行動が素早すぎる先輩に、開いた口が塞がらない。
「やだ、もう柊先輩!
こんな子ほうって置いてあたしたちと遊びましょう?」
そして柊先輩の両腕を2人のクラスメイトががしっと掴む。
そのまま持ってってくださいっと心の中で呟いたはずだけど、口に出ていたらしい。先輩は一気に機嫌が急降下した。
「離して。
それどころじゃないから」
いつもの穏やかな声色からは想像もつかないような低い声。2人はあっという暇もないほどすぐに手を離した。
私は背筋が徐々に凍っていくのを感じていた。かといってこの状況で動けるわけもなく。
そうしている間に先輩が近づいてきて、ぐいっと腕を掴まれる。
「ちょっと陽菜借りるね」
う そ で しょ
ぐいぐいと腕を引かれ、教室を後にする。数秒後にきゃーーーっっ!!という怒声…じゃなかった奇声、じゃなかった嬌声が聞こえた。ああ、私終わったな、と悟った。
そしてそのままスタスタと歩いていく先輩に、私の足は追いつくことなんて到底できなくて。仕舞いには疲れたから躍起になって掴まれた腕を放そうとする。
掴まれた方の手と反対の手でなんとか引き離そうとした。
「離して、くださいっ!」
精一杯の力を込めているので、自然と息も上がった。
「いやだね。無駄だってわかりなよ」
そんな声が聞こえた後、ますます力が加わる。
「まったく…」
ため息と共に落ちてきた言葉が耳に入った次の瞬間、先輩の長い腕が目に入った。
「うきゃっ!」
気づくと先輩の腕に包まれていた。
「うきゃって…。君は猿にでもなったの?」
「なるわけないじゃないですかっ!私はれっきとした人間ですっ」
怒りに任せて腕を振ると、今までの苦労はなんだったのかと思うほど、いとも簡単に腕が外れた。
「はいはい。だったら人間だからこんなこともできるね」
そう言うなりぐいっと腕を再び掴まれ、唇は額に落ちた。
油断していた私は当然何の防御線も張ることができず。
あまりのことに自分でも頬が熱くなったのを感じた。
「あ、赤くなってる。普段の俺への強気な態度もいいけど、普通の女の子みたいなこの態度もいいね」
「~~~っ!」
目の保養って自分で言ってるくせにドキドキしてる自分に腹が立つ。
「あきらめてくれる?君はもう俺のものだから」
「なっ!何をおっしゃるんですかっ」
冗談じゃない。第一そんなものが本人の了解なしに決まるわけがないのに。
「君だって満更じゃないくせに」
「そ、んなことないですっ」
先輩のことは嫌いじゃない。そんなほんの少し図星を指されて、動揺して声が裏返ってしまった。
「ほら、声が裏返った」
「裏返ってなんかませんっ!」
先輩は心底おかしそうに声を上げて笑った。…先輩って絶対に笑い上戸だ。
「笑い上戸なんかじゃないから」
…いい加減気づけば声に出しちゃってるの何とかしたいな。そんなことを思って遠くの空を見ていた私の耳に驚きの言葉が入ってきた。
「君に初めて会ったとき笑ったろ?あれ、本当に笑ったっていう意味だと五年ぶりくらいだから」
本当に笑ったのが五年ぶりって…。え?じゃあ先輩って無表情上戸?シカト上戸?うーん、それでもなければ…
「ははっ!
なにその無表情上戸にシカト上戸って。
そんなもの存在しないから」
ヤバい、初めてツボにはまった。初体験だ。とかなんとか言って先輩はうずくまった。
…えー、と。この場合私はどうしたらいいんだろう…。
それから数分後、肩を震わせながら先輩はゆっくりと起き上がった。
「ははっ。
悪いな、陽菜。教室まで送ってく」
くくっとまだ笑いを引きずりながら私に手を差し出す。
「えっと…こちらは?」
「手を繋ぐんだよ」
その言葉と一緒にぐいっと引っ張られた右手はすっぽりと先輩の大きな左手に収まった。
「ちょっ、せんぱ、ま、くだ(ちょっと先輩待ってください)」
コンパスの差で息切れするのが悲しすぎる。これは絶対先輩と私の身長の差じゃなくて足の長さの差だ!
「待たないよ」
「じゃ、はなし、てくださ、い!」
そこで先輩はくるりと振り返った。太陽も凍るような冷たい微笑を浮かべて。
「答えはノーだよ」
その言葉の後に浮かんだ表情が素敵過ぎて力がふっと抜けた。ていうか、なんかこの会話…。デジャヴ?
「それでいいんだよ。
ー君はもう、俺から逃げられないんだから」
「絶対に、逃げて見せます!」
攻防戦は、まだまだ続く?
(本当は、素直になれないだけ)
初めてお題を使ってみました。冷たくあしらう彼のセリフだったのですが…。あれ?全然冷たくない…。
ちなみに…
「悪いけど、興味ない」
「答えはノーだよ」
「それどころじゃないから」
「あきらめてくれる?」
「無駄だって判りなよ」
がお題でした!
お題って結構難しいですね!