アウトオブあーかい部! 〜部室棟 乙女の干物 集まりて 怠惰を極め 綴るは実績 電子の海へ あゝあーかい部〜 89話 風来坊を辞めた日
ここは県内でも有名な部活動強豪校、私立 池図女学院。
そんな学院の会議室、現場……いや、部室棟の片隅で日々事件は起こる。
あーかい部に所属するうら若き乙女の干物達は、今日も活動実績を作るべく、部室に集い小説投稿サイトという名の電子の海へ日常を垂れ流すのであった……。
『アウトオブあーかい部!』は、そんなあーかい部のみんなの活動記録外のお話……。
ここは県内でも有名な部活動強豪校、私立 池図女学院。
そんな学院の会議室、現場……いや、部室棟の片隅で日々事件は起こる。
あーかい部に所属するうら若き乙女の干物達は、今日も活動実績を作るべく、部室に集い小説投稿サイトという名の電子の海へ日常を垂れ流すのであった……。
『アウトオブあーかい部!』は、そんなあーかい部のみんなの活動記録外のお話……。
池図女学院部室棟、あーかい部部室。
……ではなくあさぎのお隣さん、モーラの部屋。
今日も今日とて、モーラは来たるあさぎの母、瑠璃の誕生日祝いに向けて生産されたあさぎの失敗作のカップケーキに齧り付く。
「……はあ。」
胃もたれしそうな甘ったるさにため息が出る。
……いや、ため息の本当の原因はどちらかというと、この失敗作の製作者とその母親である。
「やっぱり、あさぎは話すのかなあ……母さんのこと。」
これはあさぎから聞いたことなのだが、あさぎの母、瑠璃さんはあたしの母、白久雪と昔知り合いだったんだとか。
瑠璃さんは母さんと、小学生以来会っていないらしい。
それでも母さんのお菓子を思い出の味として今でも覚えてる。
もし、それだけ慕っていた母さんと再会できたら……、
「最高の誕生日プレゼントになるんだろうな……。」
いつか、あたしとすみ姉を再開させたあさぎなら……やりそうなことだ。
瑠璃さんが母さんと再開して親密になったその時は……、
「母さんにここがバレるのも、瑠璃さんに身バレするのも、時間の問題……か。」
モーラは高校を卒業した翌日に家出をして、海を越え、『白久琥珀』というかつての自分を死んだことにした。
だから今は『モーラ・コロル』を名乗っている。
もちろん、母である白久雪には未だに隠し通している。
けれども、瑠璃さんの誕生日にあさぎが母さんのことを話せば、きっともう隠し通せない。
どうせバレるなら……。
「……今なら瑠璃さん、いるかな。」
いつの間にか食べ終えたカップケーキを片付け、短い廊下を歩いてドアのノブに手をかけ、外に出る。
「電気は……ついてる。」
鍵を閉め数歩歩いて窓を覗くと、室内の電気がついているのを確認できた。
平日のお昼過ぎな今なら、あさぎは学校にいる頃だ。
今お邪魔すれば瑠璃さんと2人きりで話ができる。
「……、」
インターホンに指を突き立てた。
この指をちょっと押し込めば、きっと瑠璃さんが出てきてあたしを招き入れてくれるだろう。
「…………、」
指が重くて『ちょっと』動かすことも敵わない。
瑠璃さんが出たら、なんて言おう……?
[あたしの本当の名前は白久琥珀。そう、あの白久雪の娘です。]……?
そんなこと言って信じてもらえるか?
……いや、瑠璃さんなら信じてくれるだろう。
信じてもらえたところで、何て言われるだろう?
[私を騙していたの……?私がこのうん十年、どれだけ白久雪に会いたいと思っていたか、知っててわざと遠ざけたの?]
瑠璃さんはそんなこと絶対言わない……!
瑠璃さんは時々……っていうかいつもいつも変わったこと言ってくるけど……。
妙に日本語ペラペラで、ろくに素性も語れない外国人が急にお隣に引っ越して来たって、笑顔で歓迎してくれる人だ。
あたしが寂しくないようにって、あさぎと3人でご飯に誘ってくれたこともあった。
だから瑠璃さんがそんなこと言うわけがないんだ……ッ!
「………………ああ、」
思い出した。
どうして今、こんな後ろ暗い気分になっているのか。
「そっか、あたし……瑠璃さんに、酷いこと…………。」
それは瑠璃さんに初めて会った時。何気なく引越しの挨拶にお邪魔したときのこと。
あの日も、こんなふうにインターホンに指を突き立てて……、
〜〜〜
『はーいどちらさ…………ま?』
ドアの向こうから出て来た瑠璃さんは愛想良く笑顔を見せたかと思うと、あたしの顔をボーッと見つめていた。
『どうも、お隣に越してきましたモーラ・コロルです!』
『もーら、ころる……ふぉーりん、ぴーぽー?』
瑠璃さんはなんだか頭にモヤでもかかっている様子で、寝起きかなって思ったんだ。
『そそ!フォーリナー♪nice to meet you!』
『…………そう、初めましてね……、♪』
あたしは色んな国を渡り歩いて色んな人と「初めまして」を交わしてきたから、すぐに分かった。
……どこかぎこちない笑顔を作ってるこの人は良い人で、無理して愛想を振りまいてる。
表に出さないけど、心の底では早くどっかに行ってくれないかと思ってるって。
『……、』
だから、ここにいるのも長くはないなって……、鬱陶しがられるのは慣れっこでしょって、目を閉じて自分に言い聞かせた。
そしてすぐに目を開け、こっちも笑顔を作って、手に持っていた粗品を瑠璃さんに差し出した。
『これ、つまらないものですが……。』
『…………。』
瑠璃さんは受け取ってくれなかった。
『……どうしたの?まさか私に運ばせる気?』
どうして良いか分からず数秒立ち尽くしていると、瑠璃さんはあたしの後ろに回り込んでグイグイとあたしの背中を押して、そのまま玄関へと上がらせた。
『……へ?』
『ほら、リビングはまっすぐ行った所だよ?……モーラちゃんのお部屋と一緒でしょ♪』
なんで、早くどっか行ってほしいはずじゃ……。
『ああの……!?』
『私は瑠璃……青野瑠璃。気軽に瑠璃ちゃんって呼んで♪』
『ええ〜!?』
そのままなすすべもなく、ほんのりお線香の香りがする短い廊下を歩かされ、あたしはリビングへと押し込まれた。
『ええっと……これ!つまらないものですが
丸いテーブルの向かいに座らされたあたしはもうどうしていいか分からず、手に持っていた粗品を押し付けるようにして瑠璃さんに差し出した。
たぶん、ギュッと目を瞑ってた。
『はいはいどうもね♪』
瑠璃さんはそれを軽く流して、中身には目もくれずにテーブルの隅っこに置いた。
『え、あの……。中身、確認しないんですか?』
『一緒に食べる?』
『あ、いえ!?……って、なんで中身見てないのに食べ物って……。』
『こんなに美味しそうな黒糖の匂いがしてるのに、見ないと分からない……?』
そういえばこの時の粗品は、黒糖を使ったお菓子だった。
今思えば、あたしも無意識に母さん……思い出の味を手に取っていたのかもしれないな。
『ええ!?そんな……匂いなんて……。』
とはいえ、普通は丁寧に包装されたお菓子の匂いなんて分からないはずだ。
『私ね?どうもお菓子にだけは鼻が効くみたいなんだ♪娘は変わってるって言うんだけど……。』
『娘さんがいるんですか?』
『うん、今年から高校生♪私に言わせたら娘の方が変わってるんだけどね?』
『高校生……。』
娘、高校生という言葉を聞いて自分の当時を思い出すと、無意識に目線が瑠璃さんの顔からテーブルクロスへと下がっていた。
『もしかして悪いこと言っちゃった……?』
『いやっ!?全然!』
『…………。』
肩をすくめて申し訳なさそうにしてたかと思うと、疑り深い眼差しが突き刺さってきた。
『……モーラちゃん。』
『は、はい……。』
瑠璃さんが目尻を下げニヤリと口角を上げて悪い笑顔を見せた。
『嘘をついたときなんて言うか、知ってる?』
なんだその質問。
『えっと……ごめんなさい?』
『は〜い大正解♪』
答えると、今度は屈託のない、クシャッとした笑顔。
『無理には聞かないけど、家族が恋しくなったらいつでもここに来なさい?』
『え"ぇッ!?初対面でいきなり
『いや、恋しくなくても私が行くわ。』
瑠璃さんは突然真顔になった。
『…………マジですか。』
『 マジです。』
『……ははっ。』
コロコロ変わる瑠璃さんの表情が可笑しかったのか、乾いた笑いが勝手に溢れ出た。
『お気持ちは嬉しいんですけど……どうして、そこまで気にかけてくれるんですか?社交辞令にしてもやり過ぎ
『なんでだろ?』
『え"…………。』
『うそうそ♪モーラちゃん見てると、ゆ……お姉ちゃんのこと思い出すんだよね。』
『お姉ちゃん?』
『そ。強引に流されてあたふたするとことか、嘘ついたときのお顔とか……とってもそっくりで♪』
そう言うと、瑠璃さんはあたしの瞳を……いや、あたしの瞳の向こうの、遠くにいる誰かを懐かしむような優しい目をして微笑んだ。
『……って、モーラちゃんにそんなこと言っても困っちゃうか。』
『あ、いや大丈夫ですっ!』
『そう?……じゃあ、お言葉に甘えちゃおっかな?』
『ど、どーぞ……?』
『やった♪それと……、
『それと?』
『ときどき、娘のことも気にかけてくれたら嬉しいな?』
『娘さんを……?』
『うん。私のお仕事の関係で、あさぎには寂しい思いをさせちゃってるから……。』
『そうですか……。』
『家族のことで良くない思い出があるって、分かってて聞くのも酷だけど……。』
『え、なんでそれ
『さっきごめんなさいしたでしょ?』
『ははっ……。なるほど、お見通しってやつですね。』
『言ったでしょ?嘘ついたときのお顔がお姉ちゃんとそっくりだって……♪』
そうそう。この時のドヤ顔半分、勝気半分な笑顔を見て瑠璃さんには敵わないって思ったんだ。
『……あたし、お母さんがいないんです。だから、娘が「寂しい」って……娘の気持ちを気にかけてくれる母親ってのが、なんだか羨ましいなって……思っちゃっただけだから…………、大丈夫です!』
『……。』
また疑いの目……って思うと、瑠璃さんの両手が洗濯バサミみたいにあたしのほっぺを左右ともガッチリ捉えてそのまま裂けるチーズみたいににゅっと横に引き伸ばした。
『ひょ……っ!?』
『私の前で嘘がつけると思わないことだね♪』
瑠璃さんはまたまたドヤ顔半分、勝気な笑顔を見せると、あたしのほっぺを解放した。
『いきなり何するんですかっ!?』
『違うでしょ?』
『ちが……え?何が?』
『じゃあ何が大丈夫なの?』
『ええっと……、』
『嘘ついたときは……?』
『……………………ごめん、なさい。』
この人には逆らえなかった。
『50点。』
『50点っ!?』
『……ま、良いわ?そんなわけでこれからモーラちゃんのこと、娘同然に扱うからよろしく♪』
そう言うと瑠璃さんは椅子から立ち上がってテーブルに身を乗り出し、あたしの頭を優しくポンポンと叩いた。
『…………はい♪』
『それと敬語は禁止。私のことはママと呼びなさい。』
『ええ!?』
『あ!……mummyのが呼びやすかった?』
『「瑠璃さん」で勘弁してください……ッ!!』
あたしはテーブルクロスに額を擦り付けて懇願した。
『……しょうがないなあ♪』
このとき、やっぱりポンポンと優しく頭を叩いてくれた瑠璃さんの手の温もりは、きっと一生忘れないだろう。
それから瑠璃さんは、あさぎの見ていないところであたしのことを本当に娘同然に可愛がってくれた。
……いや、違うな。
瑠璃さんは、母さんと喧嘩別れしてぽっかり空いた心の穴を埋めてくれたんだ。
だから、そんな瑠璃さんの恩に少しでも報いたくて、あたしはあさぎを気にかけることにした。
激辛ソースを部屋で焚いて水中メガネを借りに行ってみたり、ネタになりそうな昆虫ゼリーをお裾分けしてみた。
少しでも長くあさぎと会話ができるように、発掘キットを箱買いして2人で全部掘り尽くしたりもしたっけな……。
それから、あさぎの先生やってたすみ姉と再会して、あーかい部のみんなとの縁で母さんとも仲直りできて……。
瑠璃さんとあさぎには、本当に、本当に頭が上がらない。感謝してもしきれない。
そんな瑠璃さんに、あたしはとんでもない嘘をついたんだ……。
あのときは知らなかったとはいえ、瑠璃さんがずっと会いたがっていた人が……[お母さんがいない]なんて、嘘でも言って良いことと悪いことがあるだろう……!
〜〜〜
過去の余韻に浸っていたところで、目の前の大きな音があたしを現実、今に引き戻した。
いつの間にか指に力が入って、インターホンを押していた。
「ぇ……。」
瑠璃さんが来る。
どうしよう、まだ心の整理がついていないのに。
謝る?
なんて?
「はーいどちらさ…………ま?」
ドアの向こうから出て来た瑠璃さんは、あのときとおんなじ様に愛想良く笑顔を……。
あれ?瑠璃さんの表情が分からない。
「瑠璃、さ……。」
上手く喋れない。息が思う様にできない。
なんだこれ。
「……入って。」
どうして良いか分からず立ち尽くしていると、瑠璃さんはまたあのときみたいに、あたしの後ろに回り込んでグイグイとあたしの背中を押して、そのまま玄関へと上がらせた。
そのままほんのりお線香の香りがする短い廊下を歩かされ、あたしはリビングへと押し込まれるとソファーに座らされ、瑠璃さんはその隣に腰を下ろした。
「とりあえず落ち着くまでここに」
「待って!!」
肩の後ろに回された手を振り払い立ち上がり瑠璃さんと向き合う。
「モーラちゃん……?」
瑠璃さんが戸惑うのも無理はない。
今のあたしは、側から見たら人様の家の前で号泣して情緒不安定な、なんとも迷惑な存在なんだから……。
でも、ちゃんと言わないと。だって、
「あたし、まだ謝ってない……ッ!」
「謝る……?」
戸惑う瑠璃さんをお構い無しに、その場に膝から崩れ落ちる。
「あたし、モーラじゃない……ッ!」
「……へ?」
しっかり言葉にして謝らなければいけないのに、呼吸がどんどん荒くなってそれがままならなくなってくる。
「あたし、ほんとは……ほんとは……ッ!」
ちゃんと瑠璃さんの顔を見て謝らないといけないのに……どうしようもなく怖い。
ああ、
ろくに顔を見て謝罪することもできないなんて、あたしはなんて不誠実なんだろう。
……でも言わないと。
「とにかく無理は」
またこの、頭に暖かい感触……瑠璃さんの手だ。
でも、今は……今だけは甘えちゃダメだろうッ!?
「……ッ!!」
あたしはこの期に及んで瑠璃さんに甘えようとしているあたし自身を追い払う様に、瑠璃さんの手を払いのけた。
「しな……!?」
「聞いて瑠璃さん……。」
言うぞ……、言うんだ……ッ!
「白久琥珀……ッ!!」
部屋の空気が一瞬ビリビリする程の声が出た。
「それがあたしの本当の名前なの!」
やっと言えたと思ったら、瑠璃さんの瞳に映るあたしは言葉に形容し難い、なんともひっどい顔をしていた。
「しろ…………、ひ……さ…………。」
瑠璃さんが電池切れのおもちゃみたいに動かなくなった。
「そう、あたしね……?モーラ・コロルになる前は、白久雪の家にいたんだ……。」
「雪…………ゆ、き……姉?」
「あれから色々あって家出もしたし、今では白久琥珀は死んだことになってるけど……ちゃんと仲直りしたから……できたから。」
瑠璃さんは驚いて言葉が出なかったのか、それともあえて黙って聞いてくれていたのかは分からない。
けれども、あたしの言葉を遮ることはしなかった。
……でも、この優しさに甘えちゃダメだ!
「だから……ごめんなさいッ!!」
カーペットに両手のひらをついて、遅れて額をくっつけて誠心誠意謝罪の言葉を口にした。
「ちょっと、モーラちゃん!?」
「初めて会った日……、母さんがいないなんて、嘘ついてごめんなさいッ!!……今までずっと瑠璃さんのこと騙してて、すみませんでした……ッ!!!」
最後の方までちゃんと言葉という形で出力できたかは疑わしい。
けれども、謝罪を終えた後もあたしは湿ったカーペットに黙って額を擦り付けた。
それから、ほんの少しなのか、無限なのかも分からない沈黙を経て、瑠璃さんが口を開いた。
「な〜んだ、そんなこと?」
「そんな…………こと……?」
赦しの言葉をもらってもいないのに思わず顔が上がった。
「とにかく、まずは涙拭こ?」
それから瑠璃さんはハンカチで涙を拭ってくれた。
声色は優しかったが、ハンカチがプルプルと震えていたせいで瑠璃さんが強がっているのが丸わかりだった。
「そんなことって……、あたしずっと騙してたんだよ……?ずっと、会いたかったんでしょう?母さんに……ゆき姉に!」
「…………、ええ。」
「だったら怒ってよ!?あたしを責めてよ!?ちゃんと……償わせてよぉ……。」
拭ってもらったそばからまた涙がボロボロと溢れた。
「…………、はあ。」
瑠璃さんは大きく息を吸って、深いため息をついた。
「こんなに悔いて、心の底から反省して100点満点の謝罪をした子を怒るなんて私にはできない。」
「そんな……、」
「……そう思っていたのだけど。」
瑠璃さんはまた涙を拭ってくれた。
「これじゃあ生殺しだもんね……。わかった。これから罰を与えるから座って待ってて?……床じゃなくてソファーに座ること、良い?」
瑠璃さんはハンカチを畳んで立ち上がると、なぜかキッチンへと移動して冷蔵庫からおもむろに食材を取り出した。
「……あの、瑠璃さん?」
「口ごたえは許しません。」
瑠璃さんは険しい表情でキッチンに粉をぶちまけ、ベッタベタに汚して、フライパンから火柱を上げると平皿に乗った黒い物体をテーブルまで運んで来た。
「あ……あの〜?」
「さ、食べるよ。」
生唾を飲み込んで深呼吸する瑠璃さんの目には覚悟の様なものが宿っていた。
「これが……罰?」
「そう、罰。またの名を……、お仕置きよ♪」
何かモデルがあるのだろうか……?瑠璃さんは左右それぞれの手でけったいなハンドサインを作った腕を胸の前で交差して奇妙なポーズをとった。
「ごめん、元ネタわかんない……。」
「そんな……、昔ゆき姉よくやってたのに……!」
瑠璃さんは奥歯を食いしばってそっと台パンした。
「そ、そう……なんすか。」
まさかこんな形で母さんの黒歴史を知ることになろうとは……。
「思い出話はこんどゆっくりするとして……とにかく今はこれね♪」
瑠璃さんが卓上に鎮座するダークマターを指差した。
瑠璃さんが救いようのない料理音痴で、目の前のダークマターがこの世のありとあらゆるお世辞や社交辞令を捩じ伏せて全人類に不味いと言わしめる珍味であることは知っているが、はたしてこれは自虐なのだろうか……?
言われるがままにテーブルの向かいに座ると、テーブルのセンターを陣取るダークマターは瑠璃さんのナイフに裂かれてジャクジャクと泥団子でも咀嚼するかの様な音を立てていた。
「さささ、さあ……食べ……たっ、……たべっ、食べる、よっ!」
「いやいやいやいや待って瑠璃さん!?罰を受けるのはあたしでしょ!?全部あたしが」
[食べる]と言いかけたが、瑠璃さんが年甲斐もなくほっぺを膨らませてムキになっているのを察して口を噤んだ。
「ねえ瑠璃さん。これが、なんで罰になるの……?」
「……モーラちゃん。」
「は、はいっ!?」
「先に言っておくけど、あなたの本当の名前がモーラだろうが琥珀だろうが、私やあさぎと過ごした時間は嘘じゃないし、そう思うことも許しません。」
瑠璃さんの声色が怒っていた。
「だからこれは、モーラちゃんが言ったことへの罰じゃありません。これは……、私とあさぎの前で心から笑っていたモーラちゃんを[嘘]と罵ったあなたへの罰です。心して食べなさい。」
「う……、うん!」
フォークとナイフを握るあたしの手がカタカタと震えていた。
「そして私もこれを食べるのは……、あなたが本音を話す為にここまで気負わせてしまったことと、モーラちゃんを泣かせた私への罰です……っ。」
フォークとナイフを握る瑠璃さんの手もカタカタと震えていた。
「さささ、さあ……!覚悟は、いいい、良い……!?」
「……ねえ、瑠璃さん。」
「な、なに……!?」
ダークマターを口に運ぶ瞬間が迫ると、瑠璃さんは極寒の地でもないのにカタカタと奥歯を鳴らして震えていた。
そんな瑠璃さんを見ると、なんだか無性に……
「あたし、ここに越してきて、瑠璃さんと知り合えて良かった♪」
そう、思えた。
「ごめん今それどころじゃない……。」
一方、瑠璃さんはあたしの精一杯の謝辞には目もくれず、凍死間近の遭難者を彷彿とさせる光を失った瞳でダークマターを見つめていた。
「……ほんとに食べるの?」
「食べたくな……じゃなくて食べるッ!!」
「はいはい、じゃあせーので食べるよ?」
「うん……!あの世で一杯奢るから。」
「「…………、せーの!!」」
2人は深呼吸してギュッと目を瞑り、ダークマターを口へと運んだ。
「「ゴハァ……ッ!!??」」
今となっては、この黒くて硬くて苦いやつも、大事な大事な……もう一つのおふくろの味だ。




