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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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隘路を越えて

 翌朝。宿場町『三輪亭』の食堂は、昨夜より少しだけ静かだった。

 湯気の立つ椀が並び、パンが切られ、各自がそれを黙々と胃袋に流し込んでいく。

 温かさがようやく体に行き渡ったころ、食器が片付けられた卓の上に、レオンが一枚の地図を広げた。


「街道護衛の山場は二つあるが、今日はその一つを抜けるぞ。ここだ」


 指さされた先には、街道を締め付けるように両側から森が迫る細い区間が描かれている。


「ここが山場の一つ。森と森で隘路になっている場所だ。この周辺に盗賊出没の情報があってな。警戒を強める必要がある」

「確かに、襲う側からしたらやりやすそうだね。……フィンさんはどう見てる?」


 こういう場面では現場を歩く斥候の意見が一番だ。自然と視線がフィンに集まる。


「危ないな。片側の森は俺が中に入って索敵するつもりだが、もう片方まで手は回らん。できれば『鍛鉄の剣鉈』からも一人、森に入ってもらいたい」

「それなら私が行きましょう。本職には劣りますが、気配を拾うくらいなら慣れています。相手が人間なら、なおさらです」


 リゼがすぐに答えた。

 軽装の剣士であるリゼなら斥候もこなせるだろう。


「それ以外は昨日と同じでいいかな? 中段を『街道の守護剣』、最後尾を私たち『鍛鉄の剣鉈』。フィンさんかリゼが敵を見つけたら、そちらに向かう」

「それでいい。ただし盗賊が陽動を使う可能性も考えておけ。斥候役はあくまでも偵察に専念だ。よほどの事態にならない限り場を離れるな」


 盗賊も人間だ。頭くらいは使ってくる。

 陽動で戦力を釣り出されれば、隊商そのものが危険になる。


「敵を発見した場合、こっちからはマレナ、お前たちからはハルトが駆けつけるのがいいだろう。リーダーは隊商から動かず、そこで全体を見て判断する」


 レオンの案は、戦力の逐次投入になる恐れがある。

 それでも、全戦力を集中させた場合の危険性を考えたら、妥当な落とし所かな。


「盗賊なんてやってる連中は、基本的に腑抜けだ。腕があるなら冒険者でも傭兵でもやればいい。そうせずに賊稼業に流れてる時点で、弱いくせに楽をしたがる手合いってことだ。そう考えれば、少しは怖さも和らぐだろ?」


 そう軽く話して緊張感を解いたあとに、レオンは真面目な顔になる。


「……とはいえ、数と場所とタイミングが揃えば、人は簡単に死ぬ。その点だけは忘れるな」


 その言葉で、空気が引き締まるのを感じた。

 これは軽口と釘差しによって、意思統一を図るリーダーとしてのテクニックかもしれない。


「隘路さえ抜ければ、あとは楽だ。グリーフェンヴァルト侯爵領の玄関町、グレンツはすぐそこだ」


 地図の上で指を滑らせると、森の先に小さな印が見える。今日の目的地だ。


「作戦会議は以上。他に質問はあるか?」


 その言葉は明らかに、俺たち『鍛鉄の剣鉈』に向けられていた。

 リゼとハルトとエステルは納得したように頷く。

 俺も今日の護衛については同意見だが、せっかくなので先の話も聞いておきたい。


「簡単でいいから、明日以降のルートも知っておきたいな。グレンツから王都まで」

「それはこのルートだな」


 レオンの指が、街道をなぞる。

 線は侯爵領の中央部を避け、北部の森の際を縫うように伸びていた。


「グリーフェンヴァルト領の主要都市は見ての通り南東側だ。王都とグレインフォールを結ぶ街道からは外れている。領都は経由しない」

「なるほど。宿場町っぽい印はぽつぽつあるけど……森の縁を通るところが多いね」

「そこが二つ目の山場だ。侯爵領が抱えている魔獣の森とでも覚えておけ」


 指さされた先には、濃い緑で塗られた広大な森の印がいくつも並んでいる。

 この世界では人間が抑え込んでいるのは点と線だけだ。

 魔獣の領域が点在することで、面となる土地の支配は完全ではない――実家で習った地理の授業が役にたったな。


「王都へ最短距離で行こうとすると、どうしてもこういう街道を通ることになる。この森沿いが曲者で、そこに盗賊が拠点を作ってる可能性もある」

「街道沿いの森となれば、魔獣の討伐は定期的に行われるよね? となると、安全になった森に盗賊が入り込んでいるってことかな?」

「そういうことだな。詳しい話はまた明日にするが、盗賊がいなけりゃいないで、撃ち漏らした魔獣の相手をするかもしれないってことも常に頭に入れておけ」


 レオンはそう締めて、地図をたたみ、卓の端へとよけた。


「よし。各自、持ち場に付け。今日の山場は一つ目だ。気を抜くなよ」


 こうして作戦会議は終わった。

 盗賊が出てくるかもしれない区間か……気を引き締めないとな。




 隊商の出発準備が整い、昨日と同じように俺たちは最後尾についた。

 隘路に入るまでは、昨日とさほど変わらないはずだ。


「基本的には昨日と同じです。ただし今日は、エステルの支援魔法を使います。隘路に着くまで、できるだけ疲労を抑えておきたい」

「全体に軽く掛ける感じでいい? それなら、その場所までは魔力が持つと思う」

「それで構いません。強敵と戦うわけではありませんし、エステルの魔力は使い切る前提で」

「分かったわ」


 話がまとまったところで、自然と足並みがまとまる。

 支援魔法の範囲から外れないようにしながら、列の最後尾を守る形だ。


「上手くいくといいがな。最近は持久力を上げる魔法なんて、あまり使ってないし」

「それをわざわざ言う必要ある? ……本当に失敗しそうになるからやめてよ」


 ハルトが槍を肩に担ぎ直しながらぼやき、エステルがむっとした声で返した。


「失敗しても誰もエステルを責めないさ。訓練不足なのは皆承知のうえだし、今回はその練習も兼ねてるってことで」

「……そうね。そう思うことにするわ」

「だよな。そもそもの責任があるとしたら、いきなり街道護衛を受けようなんて言い出したリーネが悪い!」

「あっ、それは卑怯だ。全会一致で決めたでしょ!」


 ハルトの口調からして、本気で責めているわけじゃない。

 くだらない言い合いによって、かえって緊張がほどけるってもんだ。

 それはもリゼも分かっているらしく、何も言わない。ただ、少しだけ口元を緩めていた。


 やがてロブの号令が響き、荷の締め直しが始まる。馬が引かれ、御者が声を掛け合う。

 門番の合図とともに城門が軋みながら開き、今日も街道へと列が伸びていった。

 

 午前中は、昨日と変わらぬ平原の中を進むだけだった。

 昼の休憩を挟み再び歩き出すと、徐々に景色が変わっていく。

 街道の左右に、森の帯が近づいてくる。遠くの緑だったものが、一本一本の幹や枝ぶりまで見分けられる距離になっていく。


 ――ここが、森に挟まれた隘路か。


 確かに襲撃にはもってこいだ。

 木々の影にいくらでも身を潜められるし、やろうと思えば、木の上から飛び出してくることもできる。

 頭の中で荷馬車に矢の雨が降り注ぐ光景を思い描いてしまい、小さく息を吐いた。


 だけど、冷静に考えれば盗賊が上等な弓矢を揃えられるわけがない。

 当たり前だけど、弓矢ってのは兵器だからな。軍隊が管理するものだ。

 あったとしても狩猟用の弓程度――そう自分に言い聞かせることにした。


 それに戦いになるとしても、今の俺たちはエステルの支援魔法で目立った疲労はない。

 その代わりにエステルの魔力は空だけど、十分に役目を果たしただろう。


「では、手はず通り私が斥候に入ります。……フィンから合図がありました」


 中段近くを歩いていたフィンが列から離れ、左側の森へ向かう。

 隘路となる場所の近くでこちらに手を振り、そのまま木々の間へ溶け込んでいった。


「頼むよリゼ。何もなければそれが一番だけど、何かあったらすぐ声を上げて」

「ええ。その時はハルトが来る段取りでしたね。期待していますよ」

「任せろ。エステルのおかげで、体力は有り余っているからな!」


 短い確認を済ませ、リゼも右側の森へ入っていく。

 同時に隊商全体の空気が、目に見えて硬くなった。


 馬が鼻を鳴らし、馬車の軸がきしむ。

 御者たちの声は必要最低限に抑えられ、代わりに足音と車輪の音だけが耳に届く。

 今まで気にならなかった音が、やけに大きく感じられる。


 急がず、だが決して緩めずに。そんな意志を体現するように、列はゆっくりと進んでいく。

 やがて先頭の馬車が、森が最も近づいた地点にさしかかった。

 俺たちも一歩一歩、地面を噛むように踏みしめて進む。


 隣にいるハルトとエステルの緊張が、肌越しに伝わってくるようだ。

 しかし――森から矢が飛び出すことも、怒号が上がることもない。

 フィンもリゼも、合図を寄こさない。


 聞こえるのは、複数の足音と車輪の転がる音だけだ。

 時間にすれば一時間程度で抜けられる区間のはずなのに、やけに長く感じられる。

 そして――ふいに視界が開けた。

 

 街道脇から木々が遠のき、再び平原が広がる。

 地平線の向こうから風が吹き抜け、張り詰めた空気を攫っていく。


「……ふぅ」


 誰の吐息か、自分のものかさえ曖昧だったが、肩から力が抜けていくのははっきり分かった。

 何事もなく、山場と言われた場所を通過できたのだ。


 少し遅れて、森へ入っていたフィンとリゼが列に戻ってくる。怪我はなく、表情にも大きな変化はない。

 これで、今日の大きな山場を越えた。

 あとは、グリーフェンヴァルト侯爵領の玄関町グレンツへ、無事にたどり着くだけだ。

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