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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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3/15

お父様はチョロかった

 父親は俺の声を聞いた瞬間、強張っていた表情を一気に崩した。そこには威厳ある当主の姿はない。

 ただお話するだけ。そうであるなら何も気負いはないということか。

 むしろ娘と普通に話せることを喜んでいるのか? これならいけるかもな。

 

「お話? 何か欲しいものでもあるのか?」


 リーネとして言うべきか、俺として言うべきか。

 いや、迷っている暇はない。すでに決めたことだろ! ならここは勢い任せだ!


「庭で少し、身体を動かしたくて。散歩だけでもいいから」


 父親は驚いたように眉を上げた。ダメだと言われるかと思ったが、彼はすぐに視線を廊下の窓へ逃がした。

 外の光を見つめながら、慎重に言葉を選んでいる。


「……いいだろう。だが、無理はするなよ」


 あっさり許可が出た。

 あまりの拍子抜けに、俺は間の抜けた声を漏らしてしまった。


「え、いいの?」

「屋敷の敷地内だ、危険は少ない。クララも付ける。それに、訓練場は砂地になっているからな。そこで歩くなら転んでも大事にはならん」


 さらっと訓練場なんて単語が出てくるとは――この家はやはり武門の家系なんだろうな。兄達が騎士なら、それも当然か。

 それに……勝手に組みあげていた『病弱な少女を閉じ込める監獄』というイメージが、木っ端みじんに吹き飛んだ。

 話す前からその土台は緩んでいたが、解体作業がほぼ終わってしまった。


「……ほんとに?」

「ああ。お前が望むなら、やれる範囲でやらせる。何もできないと思い込むのが、一番よくないからな」


 その声に変な棘はなかった。説教めいているが、その実、中身はマシュマロみたいに柔らかい。

 俺はその優しさに、逆に腹が立ってきた。ここまで理解のある親なら、なおさら日記の悲壮感が浮いてしまうじゃないか。

 

 この話を聞いていたのかクララがそっと寄り添ってくる。どうやら側にいたらしい。

 父は軽く頷くと、その場を去って行った。

 あとはクララに任せるってことだ。ずいぶんと信用されているメイドのようだ。

 そうしてクララに先導されて庭に出ると、お日様の光は暖かく気温は肌寒いというような気候だった。

 

「上着をお持ちします。風が冷たくございますので」


 春先なのかな? 日本では秋だったけど、こちらでは違うようだ。

 まあ、異世界なんだから気候条件や天体の公転が同じかどうかも分からない。それはおいおい調べていくとしよう。

 

「これくらいなら大丈夫。お父様は訓練場なら動いてもいいと言っていた。そこに連れて行って」


 俺が答えると、クララは目を丸くし、それから嬉しそうに微笑んだ。そしてゆっくりと訓練場まで案内される。

 あまりに純粋な喜びで、それはどこか痒い。ゆっくりと歩くクララを追う。

 そうして歩けば土と緑の匂いが鼻孔をくすぐる。たったそれだけで、身体の奥がじわっとほどける感覚があった。

 日記で外に出たいと叫んでいたリーネだが、こんな簡単なこともできないとは、思い込みの強さというのは馬鹿にならないな。


 庭は思ったより広かった。

 花壇は幾何学的に整えられていて、庭師が生垣の手入れをしているのが見て取れる。

 石レンガの歩道を歩いて行くと、訓練場は屋敷の庭の一角にあった。

 四角く区切られたその場所は、父の言葉通り柔らかい砂地になっていた。訓練場全体は低い木柵で囲われ、砂場の側には小屋があり、立て掛けられた木剣や簡単な的などが置かれている。

 砂には新しい足跡が無数に残っている。父が使ったのか? 飾りではない現役の設備のようだ。


「お嬢様、無理はなさらず。まずは砂場を歩くところから始めましょう」


 クララは止めるでも急かすでもなく、俺が助けを求めたら即座に動ける距離で見守っている。

 俺は砂地に足を下ろした。ズブ、と靴底が沈む。

 足場は悪いがそれが良い。このもやしボディへの適度な負荷としては最高だ。転んでも痛くないという安心感が何よりも勝る。

 歩く。ただひたすら歩く。しかしあきらかに筋力が足りていない。


 やれやれ……まさにリハビリだなこれは。骨折した時のことを思い出す。

 とはいえ動けないわけじゃない。むしろ動けば動くほど、身体の中の澱んだものが抜けていくようだ。

 肺が大きく広がり、新鮮な酸素を取り込んでいく。


「リーネお嬢様! それは!」

「少しだけ振ってみたい。無理はしないから見てて」


 止めるクララを制して俺は木剣に手を伸ばした。上半身も鍛えたいとなれば素振りは良いトレーニングだ。

 しかし握った瞬間、そのあまりの重さに笑いそうになった。

 こんな木剣が重いとは……一キロもないはずなのに腕が荷重で悲鳴を上げる。

 まったく困ったもんだ。箸より重い物を持ったことがないと言う表現はこのことか?

 ――だが、持てないわけじゃない。


 柄は革巻きではなく、滑りやすい木のままで、握力が弱いとすっぽ抜ける仕様らしい。

 握力を鍛えるにはいいのかな? 俺は華奢な指に力を込め、大上段まで持ってきて、それを振り下ろす。

 ヒュン、と風を切る音がした。頼りない音だが、確かに振れた。

 しかし体のバランスが崩れるのを実感する。たったこれだけのことでも重労働ってか? 情けない限りだな。

 だが振れることに変わりはない。リハビリなら文句は後回しだ。


 二度、三度――十度を超えて素振りを行う。

 それだけなのに息が上がる。心臓が早鐘を打ち、額に汗が滲む。

 キツい。めちゃくちゃキツい。だが、同時に最高だ!

 

 日記には少し動いただけで倒れると書いてあったが、そんなものは嘘だ。

 俺は倒れていない。確かにスタミナゲージは赤点滅だろうさ。だが、ゲームオーバーにはなっていない。


 倒れないと分かった瞬間、変な笑いが込み上げてきた。

 なんだこれ。ただの運動不足じゃないか。


 俺は木剣を止め、砂地に座り込んだ。

 腕に心地よい熱が残っている。痛みじゃない、筋肉を使っている証拠だ。

 呼吸は浅いが、すぐに整った。回復速度も悪くない。


「お嬢様、休憩になさいますか? お水をどうぞ」

「……ん、ありがとう」


 水筒とコップ持参とは、そんな物を用意する時間はなかったはずだが、最初から身に付けているのだろうか? 

 まあいい。クララからコップを受け取り喉を潤すと、冷たさが胃に落ちて、思考がクリアになる。


 俺は確信した。これは身体が弱いんじゃない、単なる貧弱モヤシってだけだ。

 なら日記の弱いってのは何か? それは肉体じゃなくメンタルの話だ。自分を弱いと決めつけ、世界を狭いと思い込んだ、リーネ自身の認知の歪み。


 膝の上に置いた手を眺める。そしてドレスの袖をめくり腕を見る。

 細くて頼りないが、折れてはいない。当たり前だ。病気でも栄養失調でもない体がそう簡単に折れるかよ。

 立ち上がり、もう一度木剣を構えた。息切れは完全に収まってはいないが、それでも体の検証をしたいという欲求が勝る。

 

 今度は的に対して当てる。人型の標的だ。

 無駄な力を抜く。肩を落とし、足を砂に沈め、的を見据える。

 そして振り下ろせば当然だが音が鳴る。だが、当然と思っていることをリーネは当然と思えなかったということだ。

 的当てを繰り返せば息が上がり、足がふらつく。だが、倒れない。倒れないから、次が振れる。

 余裕とは言えない――だが、やれる。

 

 クララの視線を感じる。心配そうだが、止めてくる気配はない。

 見守られている……リーネはこれを監視だと思っていたのか? こんなに温かいセーフティネットを、冷たい檻だと勘違いしていたのか?

 腹が立つ。なんだそれは? いくら病んだガキだからと言っても、そこまで分別がないものか?


 怒りによって一段と強い振りが的に当たり大きな音が鳴った。

 そこでクララが一つ、咳払いをする。ここで終わりという合図だろうな。

 俺は木剣を元の場所に戻した。掌は汗ばみ、指先は疲労で震えているが、悪い気分じゃない。


「お嬢様、よく動かれましたね」

「まだまだ。……でも、思ったよりいける」


 俺は肩をすくめると、クララは心底嬉しそうに頷いた。

 この笑顔を見て罪悪感が湧く――毒を盛るかもしれないと一瞬でも思った自分に腹が立つ。


 服の砂を払い、呼吸を整えて屋敷に戻ると、廊下の角で父親が待っていた。

 たまたま通りかかったという顔をしているが、どう見ても出待ちだ。

 父親のそういう顔はずるい。心配でたまらないのに、娘に気を使わせまいと平静を装うその不器用さ。

 比較対象なんて俺の記憶にしかないが、こんなに良い父親、そうそういないぞ。


「どうだった?」

「……楽しかった」


 素直に答えると、父親の目元がふっと緩んだ。

 そういえば俺はこの人の名前さえ知らない……母親の名前もだ。

 それは後で調べることにして、まずは父親と会話を続けるのが先決だ。


「明日もやるか」

「やりたい。もっと体を動かしたい」

「なら今日はよく休め。無理をして倒れたら意味がないからな」


 無理をして倒れたら意味がない。それはそうだ。この虚弱もやし体質ではあの程度の運動でも大きな負担だった。

 しかし俺はその親心に対してイラつきを覚えている。

 心遣いは嬉しい。だけど何かあったら俺が倒れる前提で世界は構築されているのだ。これがたまらなく鬱陶しい!


 父親に対する感謝と憤りを覚えながら部屋に戻り、再び日記を開いた。

 指先には砂の感触と、確かな熱が残っている。その手でなぞる文字は、さっきまでとは全く違って見えた。


 『――私は弱い。何もできないし、させてもらえない』


 弱いのは身体か? 心か? それとも、世界の見え方か?

 俺はその一文を指で弾いた。

 メンヘラなクソガキの日記を読んで、それを真に受けたことが心底馬鹿らしく思える。


 だが、これで確信した。

 この家にリーネを閉じ込めている者などいなかった。

 閉じ込めていたのは、この過保護な両親でも、完璧なメイドでもない。

 リーネ自身の思い込みだ。

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