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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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冒険者ギルド

「私の側から離れないように。いいですね?」

「分かってるよ。行こうか」


 リゼが先行してギルドへの扉に手を掛けた。俺は半歩後ろで付いていく。


 押し開けた瞬間、外から聞こえた喧噪が真実であると理解できた。

 安い酒の匂い。汗と体臭。煮込み料理の湯気。

 音と匂いが暴力的に押し寄せてきて、ここが屋敷とは別次元だと五感で理解させられる。


 まず目に入るのは広いホール。

 左手には長いカウンター。受付らしい。厚い板の向こうで、職員たちが忙しなく書類を捌いている。

 正面には、壁一面の掲示板。依頼書がびっしりと貼られ、端がめくれて揺れている。

 右手側は飲食スペース。何組もが座って飯をかきこんでいる。


 そんな中に入っていく、いかにもなお嬢様とその護衛。場違いすぎて視線が刺さる。

 俺が着ているのはきめ細かい装飾のブラウスに、厚手の乗馬用ズボンだ。見た目からして金がかかっている。

 ならこのギルドの中の人間はというと、薄汚れたシャツやチュニックという、いかにも平民って恰好だ。

 中にはやたら肩幅の広い男や、傷跡の数を誇るかのような男もいるけど数としては少数。


 そんな彼らと目が合えばすぐに逸らされる。

 関わると面倒くさそうな上流階級――そう判定されてもおかしくはない。


「場違いなのは理解できていますね?」

「そりゃあ、まあ……反対の立場だったら、同じ反応をすると思うよ」


 場末の居酒屋で飲んでいたら、いかにも品のいい人達が入ってくる。例えるならそんな感じかな?

 そして場違いな客が来たなら、対応に人が出てくるのも自然だ。


 カウンターの奥から、ひときわ大柄な男が出てきた。

 刈り込んだ短髪と無精髭で、鼻が折れて曲がっているのが目立つ。

 粗末な上着の下にある筋肉の厚みは、間違いなく現役か元本職のものだ。


「……いらっしゃい。お見かけしねえ顔ですな」


 声は低く、落ち着いていた。

 リゼが一歩前に出て対応する。


「グレインフォールのギルドの皆様にご挨拶を。私はリゼ・アイゼンヴァルト。リンデベルク家より、お嬢様の護衛と武芸指導を任されております」


 毅然とした名乗り。

 男の目がわずかに細められ、視線が俺に移る。

 それに対して優雅な会釈で返す。


「リーネ・リンデベルクと申します。本日は社会勉強の一環として、ギルドを見学させていただければと」


 コワモテの男は鼻を鳴らした。


「リンデベルク……代官家のお嬢様が、こんな掃き溜めに物好きなこった」


 言葉使いは荒いが、その空気に棘はない。


「ここは、そう上等な場所じゃありませんぜ。騎士様やご令嬢方が来るなら、もう少し小綺麗なサロンがあるでしょうに」

「それは承知の上です」


 リゼが即答する――が、それじゃあ駄目だ。

 ここに来ることを望んだのは俺だ。


「こちらから願い出て、連れてきてもらいました。机上の空論だけでは分からないことも多いので」

「ほう……」


 そう話すと、コワモテの視線が値踏みするように上下する。


「ま、確かにここは教科書には載らねえ話が多い場所ですわ」


 コワモテは顎をかきながら続けた。


「ここの連中を一言で言やあ、ならず者の溜まり場って顔をされがちですがね。実際は、そんな単純じゃねえ」


 一息ついて、にやりと笑いながら話が続く。


「騎士家と無関係とも言い切れない。騎士崩れも、多少はいますからな。腕は立つが礼儀を知らねえとか、実家が貧乏子沢山で出仕するにも枠がねえとか、上官を殴ってクビになったとか……そういう連中ですわ」

「お決まりのコースを辿る元騎士。確かに、そういう人もいるでしょうね」


 思わずそう呟いてしまう。

 その言葉を受けて、男はニヤリと歯を見せた。


「自分で自分の職場を持ち上げる柄でもねえもんで。……けどまあ、国からすりゃここは便利なゴミ箱でもありますわな」

「ゴミ箱?」

「落ちこぼれの騎士候補を全員お城で飼ってたら、金も手間も足りねえでしょう。剣を振るしか能のねえ連中をまとめて放り込んで、代わりに魔獣を狩らせる。飢えて野盗になるよりは、ここで日銭を稼げる方がマシって寸法ですわ」


 要するに、国公認の落ちこぼれの受け皿でもあるってわけだ。

 冒険者ギルドとは言いつつも、同業者組合と言い切ることはできなさそうだ。


「とまあ、こんなところでさあ。代官様の箱入り娘が、わざわざ上等な靴底を汚す場所じゃねえ」

「承知しております」


 リゼが口を開きつつ、俺に視線を寄越した。

 ここ先は私が――ということかな? なら任せるか。


「ですが、それでもお嬢様は現場を知りたがっています。決して邪魔をする気はない――それだけは承知していただければと存じます」

「すでに邪魔になっている……という嫌味を言って邪険にするには無礼ってもんですな。礼には礼を、そういうことで手を打ちましょう」


 男は困った顔をしながらも、俺たちを受け入れてくれるようだ。


「見学ってんなら、邪魔されねえ席くらいは空けましょう。冷やかしは勘弁願いてえが、飯を食う客なら歓迎ですわ。食堂も兼ねてますんでね」


 そう言って、奥のテーブルを顎でしゃくる。


「助かります」


 そう言ってリゼが頭を下げ、つられるように俺も頭を下げておいた。


「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 コワモテの男の名前を尋ねる。

 場を取り仕切っているってんなら、知っておいて損はないだろう。


「俺はボルク。このギルドの受付の顔役みてえなもんですわ」

「では、ボルク殿。お世話になります」


 ボルクは「殿はやめてくれよ、むず痒い!」と手を振り、俺たちを案内する。

 ホールの隅、全体が見渡せる特等席だ。


 歩く途中、何人かと目が合う。

 すぐに逸らされるが、さっきとは違い、そこには僅かな好奇が混じっているようだ。

 厄介で面倒な貴族――というラベルは外れたらしい。まあ、それでも声を掛けてくる雰囲気はないけどな。


「二人分だ。……高貴な見学者ってんなら、いつもの肉粥を出してやってくれ」

「はいよ、ボルクさん」


 厨房の女が、鍋をかき回しながら威勢よく返事をした。


 俺とリゼは、使い込まれた木の椅子に座った。

 テーブルには無数の傷や古い輪染みがある。

 ここでどれだけの冒険者が、成功を夢見て、あるいは失敗を嘆いて杯を交わしたのだろう?


「ボルク殿とのやり取り、実に堂に入った態度でした。緊張しなかったのですか?」


 リゼがそう尋ねてくる。


「別に悪い人の溜まり場ってわけじゃないでしょ? 緊張なんてしないよ」


 そう言い切った俺を見るリゼの目には感心が浮かんでいるようだった。

 場末の居酒屋だと思えば、なんてことはないんだが。


「先生はどうなんですか?」


 誤魔化すようにリゼに尋ねる。

 でも、リゼの前歴って元王宮務めの騎士だろ? やたら慣れているっぽいのは気になるけどな。


「私は……そうですね。懐かしさが勝っています」

「懐かしい?」

「騎士団の遠征訓練で、ギルドを使うことは良くありましたから」


 それは初耳。

 ということで面白そうな話が聞ける――というタイミングで、ドン、と重い音を立てて木椀が置かれた。


「お待ちどう。肉粥二つ。塩は強めだよ」


 湯気が立ち上る。

 麦を雑に混ぜた粥の中に、肉と謎の香草が浮いている。

 匂いを嗅いだ瞬間、鼻の奥に強烈な獣臭が突き刺さった。


「うっ……これは……」


 脳内に浮かんだワードは豚の餌だ。

 いや、豚の餌のほうがマシか? 今まで嗅いだことのない獣臭が漂ってくる。


「魔獣肉ですね」


 リゼは平然と匙を手に取った。


「遠征先では、これを現地調達して食べるのが日常でした。むしろ、ここまで臭みを処理してあるのは上等な部類です」

「マジで?」

「マジです」


 リゼは即答し、何でもないかのように食べだした。

 それを見せられては食わぬわけにはいかん!

 覚悟を決め、匙で粥をすくって口に放り込んだ。


 まず塩気の暴力があり、次に獣脂の重さがくる。

 噛むと、肉の繊維が歯に挟まり、独特の野生味が鼻腔の奥を満たす。

 はっきり言って不味いが……食えなくはない味だった。


「臭いはきついけど、なんとか食べられるかな」

「腹を満たすには十分です。次の戦場へ向かうための燃料とでも思えばいい。味わうものではなく、詰め込むものです」


 リゼがさらっと言う。

 なんともまあ、武人っぽい意見だ。


「先生は、こういうのをしょっちゅう?」

「しょっちゅうではありませんが、長距離遠征や辺境任務では似たようなものでした」


 リゼは淡々と粥を口に運ぶ。


「騎士をするのも大変ですね」

「それを理解できただけでも、ここに来て良かったのかもしれませんね」


 そこで話は一区切り、食事に集中することになる。

 思えばこの世界に来てから、口に合わない飯は食ったが不味い飯を食った記憶はない。

 飯の味で現実を知るってのも難だが、俺は随分と恵まれていたってことだ。

 そしてこの味こそが、自由の味そのものだとしたら……これが次に目指す道なのかもしれない。


「先生」


 匙を置き、リゼを直視した。


「冒険者になるには……どうすればいい?」


 リゼの手が一瞬止まり、匙から粥がぽたりと落ちた。

 怒られるか、と身構える。

 だが、返ってきたのは静かな回答だった。


「……なるだけなら、簡単です」


 リゼが匙を置き、俺の顔を見つめてくる。


「登録料を払い、身元確認と面談を受けるだけ。得物と特技を申告すれば、ひとまず冒険者の札は手に入ります」

「それだけ? 単純だね」

「その代わり、保証はゼロ。死のうが失踪しようが自己責任。後ろ盾も補償もありません」


 そこまで言い、リゼは少し目を伏せた。


「……お嬢様が冒険者を志望することには反対ですが、止めはしません。その予感はありましたから」


 意外な言葉だ。そして予感……ね。

 俺が自由を求めていることを察していたってことかな?


「ただし、方法よりも先に考えるべきことがあります」

「両親の説得かな?」

「はい。まずは許可をもらわなければなりません」


 そりゃそうだ。娘を冒険者なんて破落戸にしたがる親なんていないだろう。

 まずい粥を啜りながら考える。

 さて、両親はどうやって説得したらいいかな?

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