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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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グレインフォール

 馬を駆けての旅路の果て。丘の稜線を越えた瞬間、世界の色が変わった。

 風の匂いが一枚めくれる。乾いた草と土の匂いに、石と煙の気配が混ざり込む。視界がぱっと開け、俺は思わず息を呑んだ。


 城壁が輪を描いていた。

 白い石を積んだ壁が、なだらかな地形に沿ってぐるりと街を抱え込んでいる。

 内側には赤茶けた屋根がびっしりと波を作り、その間を縫うように一本の川が光を弾いていた。遠く突き出た尖塔が、朝日を受けて鈍く輝く。


 グレインフォール。

 地図の上で何度も指でなぞった名前だ。

 だが、丘の上から見る実物は、想像以上に圧倒的な文明の圧を持っていた。


「……でか」


 思わず素が漏れる。

 隣を並走するリゼが、視線だけこちらに寄越した。


「思ったより大きい。という感想でしょうか?」

「そうなんだけど、予想より遥かに上で驚いたんだ。辺都って聞いてたから、もっと田舎の地方都市を想像してた」

「リンデベルク家が管理する一帯は村が点在していますから。規模が違って当然です」


 強固な城壁。門前の人だまり。荷車の列。見張り塔の影。

 まさにファンタジーの街というやつだ。俺の知る村とは別次元だな。


「この街は、人も富も一箇所に集めて守っているのです。構造が違います」

「理屈は分かってたけど、実物を見せられると圧倒される。うちの領地には中心ってものがないからさ」

「それが代官領のあり方ですからね。……視線を戻してください。門が近づいてきました」


 言われて前を見る。

 城壁に開いた口の前で、荷車と人の列が詰まっていた。

 近づくほど道が太くなる。野菜、麦束、木材、羊。汗と獣の匂いが混ざり合って、風の質量が増す。

 怒鳴り声、笑い声、金属音、蹄の音。 すべてが街道という一本の血管を流れ、心臓部である門へと吸い込まれていく。


 門の前で、兵士が手を上げた。

 鎧は使い込まれて擦り切れているが、眼光は鋭い。


「ご用向きは?」


 リゼが一歩、馬を前に出す。


「代官家の一つ、リンデベルク家より参りました。こちらのお嬢様がリーネ・リンデベルクです。私はその護衛を務める、リゼ・アイゼンヴァルト。辺都内の視察と、商店の下見を兼ねています」


 兵士の視線が俺に流れてくる。

 俺は習った作法でもって軽く会釈した。身体が勝手に動く。肩の角度も顎の引き方も、鏡の前で反復練習した貴族令嬢モードが起動する。


「騎士家を名乗るからには、その根拠となる物が必要だが?」

「こちらの確認を。リンデベルク家の家紋入りの礼杖です」


 リゼが腰のポーチから差しだして見せたのは、物差しサイズの杖だった。

 見た目は可愛いが、魔法使いのための杖であり、身分証明にもなる。

 リンデベルク家は魔法を使う杖騎士の家系。俺はそっちの才能はまるでないが……。


「リンデベルク家の礼杖――確認した。通ってよい。馬の預け先は門内すぐ左の厩舎だ」


 兵士は短く頷いた。

 貴族の箱入り娘とそのお守り役。そういうタグを貼られたようだ。


 門をくぐると、空気が一段階暖かくなった。

 石壁が熱を溜め込んでいるのだろう。匂いも濃い。焼きたてのパン、干し肉、香草、水路の湿り気。屋敷の庭の土とは別種の、生活が煮詰まった匂いだ。


「まずは馬を預けましょう」

「はい、リゼ先生」


 門のすぐ内側に、巨大な厩舎があった。

 藁を詰めた囲いが並び、何頭もの馬が鼻を鳴らしている。厩番の男に馬を引き渡し、リゼが手慣れた様子で銅貨を渡す。

 地面に足を下ろすと、石畳の感触が硬かった。コツ、コツ、と靴音が返ってくる。

 

 そして、見慣れない光景に首が左右に振られていることに気がついた。

 これでは完全におのぼりさんだが、実際に俺はおのぼりさんだ。

 異世界観光――そう思えば最高に楽しい。


「歩く速度を一定に保ってください。離れると迷子になります」

「分かってます。でも、先生は警戒しすぎじゃないの?」

「治安は保たれていますが、警戒するのが私の仕事です」


 露店が軒を連ねていた。

 果物、木工品、生活雑貨。皿の上で薄く光る魔石の欠片。呼び込みと値切りの声に子供の泣き声。

 屋敷の静寂とは真逆のノイズが溢れている。


「書店はあちらのはずです」


 石造りの建物の軒先に本の看板が下がっていた。

 開いた扉から紙とインクの匂いが漂ってくる。


「目当ての本があればいいけど」

「洒落本の類と言っていましたね。教養書や実用書でないのなら望み薄かと思われます」

「だろうね。ま、そこまで本気じゃないよ」


 店内は静かだった。

 棚に写本がずらりと並び、店主は俺がどこかのお嬢様だと分かった途端に愛想のいい笑みを浮かべる。

 あからさまな反応を気にせず棚を物色する。


 魔法理論書、歴史書、道徳書、娯楽小説。

 どれも立派な装丁で、それらしいタイトルがついている。

 だが――探している名前は、どこにもない。


 『空想魔術読本』。


 棚を一通りスキャンし終え、俺は小さく首を横に振った。

 こんな真っ当な書店の棚に並ぶような本じゃないか。

 個人の妄想を書き殴った自費出版本で、世界に数冊しかないような悪ふざけだからな。


 まあいい。

 今日一日で見つかるとは思っていない。どうせ日帰りの遠乗りで、本についてはあくまでもついでの探索だ。

 それでも空振りは、少しだけ悔しいけどな。


「何か、気になる本はありましたか?」


 店を出たところで、リゼが聞いてきた。


「今すぐ欲しいってほどのものはなかったかな。置いてあったのは、うちの書庫と大差ないよ」

「そうでしょうね。辺都とはいえ、地方都市の限界です。その手の怪しい本は王都の方が豊富でしょう」


 しかし、辺境の街だからこそ怪書の類が見つかるかもしれないって期待もある。ガチの捜索はまた今度だな。


「まあ、今日は見学だし。本探しはまたの機会にするよ」

「そうしていただけると助かります」


 再び歩き出す。

 大通りを外れると、石畳が荒れ、建物が密集し、喧騒の質が変わる。

 貧しさと豊かさが同居しているかのようだが、少し横道を反れたら寂れているってのはどこにでもある。

 

「先生とはぐれたら迷子になりそうだ」

「それはいけません。手でも繋ぎますか?」

「子供の御守りか、それとも恋人の逢引きかってね。先生ならどっちが好き?」

「……女同士で逢引きはないでしょう。私は護衛として案内をしているのです」


 呆れつつも、リゼは歩幅を合わせてくれている。それは護衛の距離であり教師の距離だ。

 一瞬、精神操作でリゼを墜とすことが頭を過ぎる。正直、リゼは俺の好み。墜とせるなら墜としたい――が、それは流石にない。

 リゼと過ごす時間の中で時たま出てくる衝動の類だが、恩師を自分の意のままにするなんて、そんな外道にはなれないな。


 そのような馬鹿なことを考えつつも、一通りグレインフォールを見て回った。

 観光としてならこれで十分。街の雰囲気も良く分かった。

 さて、そろそろ――異世界観光の本命と行きますか。


「ねえ、リゼ先生」

「なにか?」

「勉強では散々出てきたけどさ。冒険者ギルドって、どんなとこか一度見てみたいんだよね」


 リゼの足が、ピタリと止まった。

 そう、今日の本命――それは冒険者ギルドだった。

 ゲームみたいな設定の組織がこの街にある。それを見ないなんて嘘だよなぁ!


「……リーネお嬢様が、足を踏み入れるべき場所ではありません」


 即答。拒絶の壁が厚い。


「見るだけだって。中で暴れたりしないし、クエスト受けるわけでもないよ」

「そういう問題ではなく……」


 リゼは言葉を飲み込み、眉間に深い皺を刻んだ。


「ギルドには、荒くれ者も多く集まります。環境も言葉遣いも、リーネお嬢様の教育上、よろしくありません」

「そういうのも含めて、知っておきたい。この一年で色々と勉強をした。体も鍛えた。でも、それだけじゃ足りない。頭の中の知識を本物にする。それが遠乗りにグレインフォールを選んだ理由だよ」


 もっともらしいことを言って、リゼをじっと見つめる。リゼも俺の顔を覗き込み、真剣さを測ってくる。

 俺の真剣さは本物だ。まあ、言った理由は建前だが。


 『空想魔術読本』『魂交換』『精神操作』――それらを探るのが真の目的。

 裏情報を掘るなら、ギルドという情報のハブを経由するのが一番手っ取り早い。


「見るだけですよ」


 ようやく絞り出された許可は、渋々という感情が滲み出ていた。


「中には入りますが、長居はしません。今日の目的はあくまで遠乗り……それを忘れないでください」

「はい、先生」


 許可が出た。

 大通りから路地へ入り、酒と油と獣の匂いが濃くなる方へ。

 角を曲がった先で、空気が一段重くなった。


 木と石で組まれた無骨な建物。

 入口の上には交差する剣と杖の紋章。掲示板には紙切れがいくつも貼られている。

 扉は開け放たれ、中からは笑い声と怒号、そして熱気が吐き出されていた。


 これが冒険者ギルド……か。

 それは想像よりもずっと臭くて、そして――眩く見えた。

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