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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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13/28

リーネの日記

 この一年で書き溜めたメモは、いつの間にか二つの山になっていた。


 一つは、実用的な魔法研究メモ。

 精神操作という、あまりに強力で、ともすれば自分すら飲み込みかねない技術。それを安全に使いこなすための、俺だけの攻略本だ。

 もう一つは、リーネの日記解読メモ。

 オリジナルの記述を書き写し、そこから彼女が何を考え、どう行動したのかを推測したもの。


 どちらも、この世界の人間に見られたら言い逃れできない危険物だ。

 だからこそ、全て日本語で書いている。

 これは情報漏洩を防ぐための暗号化であり、同時に、俺が元日本人であることを忘れないための、唯一の頼みの綱でもあった。


「さて、と……」


 机の上に資料を広げていく。

 本物の日記、解読メモ、そして魔法理論のノート。

 静まり返った部屋で、ランプの火が揺れる。

 今夜の議題は、この世界に来てからずっと、俺の脳裏にこびりついて離れない単語についてだ。


 ――魂交換。


 日記を何度読み返しても、一番知りたい核心には辿り着けない。

 だからこそ、こうして周りの情報を積み上げて、外堀を埋めていくしかないのだ。

 

「肝心なところが、綺麗さっぱりないんだよなぁ」


 ため息混じりに、日記をパラパラとめくる。

 家族への不満、外への憧れ、自己嫌悪、幼稚な反抗心。

 そういう、誰にでもある黒歴史に近い感情は、むしろ過剰なほど赤裸々に書いてある。

 だというのに、『魂交換』に至る決定的な手順だけが、ごっそりと抜け落ちているんだ。


 ページが破かれているわけじゃない。削り取られているのだ。

 羊皮紙の表面を、ナイフか何かで薄く、慎重に。

 文字だけを削ぎ落とし、最初から何もなかったかのような顔をした空白のページ。

 

 灯りを近づけてみる。

 削り跡の毛羽立ちだけが、ひそやかに光を返した。

 その傷跡が、文字よりも雄弁に語っている気がする。


「ここまで念入りに消すとはね」


 徹底的な証拠隠滅だ。

 そこには何が書かれていたのか。なぜ、消さなきゃならなかったのか。

 答え合わせをする術は、今の俺にはない。


 日記を一旦閉じ、解読メモの束を手に取る。

 表紙には『魂交換についての考察』と殴り書きされている。

 中身はごちゃごちゃだ。日記からの抜き出し、俺の解釈、本で調べた用語、精神操作魔法についての考察……。

 だが、その雑多な情報の海で、異様な存在感を放つ単語が一つだけある。


 『空想魔術読本』


「やっぱり、ここに行き着くよな」


 メモを遡ってみる。

 最初の頃の記述は、単なる読書感想文レベルだ。


 ――町で売っているオカルト本か?

 ――実用性は不明。リーネの現実逃避の道具だった可能性が高い。

 ――禁術、異世界、魂、契約といった危ない単語が多い。


 日記にはこう綴られている。


 ――変な本を見つけた。空想魔術読本。馬鹿みたいで面白い。

 ――ありもしない魔法なのに、本気で書いてあって笑ってしまう。


 最初は、そんな嘲笑混じりの暇つぶしだった。その本の内容を笑いととも書き記している。

 問題があるとすれば、その後だ。

 この本の話題が綴られなくなった後、日記の文章が明らかに荒れていく。

 愚痴の棘が鋭くなり、家族への当たりがきつくなり、自分なんていらないという言葉を呪いのように繰り返すようになる。

 

 そして――呪詛のような日記の合間の数ページが、物理的に削除されている。


「精神操作についての記述が出始めたのはこの少し後……そして、自分や家族への愚痴がさらに酷くなり、最後が――」


 『魂交換の秘術を行う。誰でもいい、私をここから連れ出して』


 ……連れ出して、ね。

 解読メモをめくり、『空想魔術読本』についての調査結果を確認する。


 ――現物、発見できず。自室にも書庫にもなし。

 ――エレオノーラは知らない。リーネのために購入した、大量の本の一冊に過ぎないから仕方ない。

 ――クララ曰く、お嬢様から処分を頼まれた本の中に含まれていたかもしれない。

 ――行商人や雑貨屋でもヒットせず。タイトルすら知られていない。


 リーネには飽きた物を身の回りから遠ざけたがる癖があったようだが、この本に関しては単なる飽きで捨てたとは思えない。

 内容が内容だ。危険物として認識し、誰の目にも触れないよう、意図的に廃棄したと見るのが自然だろう。


「クララが言うには、そういうのは個人製作の洒落本だっていうけど……」

 

 文字通り世界に一冊しか存在しない本。そうであるなら見つからないのは当然だ。

 だけど、諦めるにはあまりにこの本がリーネの精神に影響を与えすぎている。

 解読メモに視線を落とす。


 『この本を境に、日記の雰囲気が激変』

 『削除ページは、この本の記述の後』

 『削除前と後で、リーネの愚痴がさらに過激になったように見える』


「きっかけは間違いなく、この本だ」


 椅子にもたれ、天井を見上げる。

 視界に映るランプの火の揺らめきによる影……それは思考をさらに深めるための入り口にはちょうどいい。

 

 リーネの日記は、おそらく全て本音だ。

 あの痛々しいほどの赤裸々さは、演技じゃない。

 怖がりで、寂しがり屋で、だけど人を遠ざけ、それでも愛を欲し、自由になりたがっている。それは矛盾した少女の叫びだ。

 そんな彼女が、執拗に消し去りたかった記録。


 成功した儀式の手順か。

 家族を捨てて逃げ出すという、裏切りへの罪悪感か。

 あるいは、『魂交換』を習得する過程で垣間見た、世界の裏側の記録なのか。


「……どっちにしろ、今の俺には届かない」


 ない袖は振れない。

 だが、痕跡は残っている。


 別のメモ束には、一年かけて組み立てた精神操作魔法の理論がある。

 『集中』『不屈』『静寂』『冷却』……どれも有用な精神操作魔法だ。『昂揚』みたいなエロ専用魔法だってある。

 全て感情をいじり、能力を底上げするためのツールだ。

 俺はその記述を指でなぞりながら、独りごちた。


「精神操作はリーネもたどり着いていた。積極的に使ってはいないようだけど……もしかして、『魂交換』の研究過程で生まれた副産物だったのか?」


 魂の正体は分からない。だが、精神や心と深く繋がっていることは間違いない。

 魂を操作しようと試行錯誤する過程で、感情制御の技術が生まれたとしても不思議はないだろう。

 ただでさえ邪道とされる精神操作魔法。それが禁忌の儀式のおこぼれだとしたら――。


「そりゃ、性格も歪むよな」


 自嘲でも同情でもない、乾いた感想。

 この一年、俺はずいぶん好き勝手に自分の心をいじくってきた。

 やる気を薬みたいに打ち込み、集中を強制し、性欲をスイッチ一つで出したり消したりだ。

 

 あまりに便利すぎて、一線がどこにあるのか分からなくなってくる。

 めんどくさがりな自分の性格が変わったのは、環境のせいか、魔法のせいか。

 あるいは――俺の男としての人格に変化がないのも、精神操作魔法の影響なのか?


「だとしたら、俺という人格を維持できているのは、この魔法のおかげか」


 肉体的な機能はともかく、俺の精神構造はいまだ男のままだ。

 自分の体を愛でる変態的な思考もそうだ。俺はこの体に欲情できる。それは普通ならあり得ないこと。

 しかし、男が少女の身体を好き放題にできるというのは、ある意味で健全な欲望の発露とも言える。

 

 ……思考が迷走し始めた。

 魔法の考察をすると、どうしても自分とは何かなんて迷宮に入り込んでしまう。

 とりあえず結論を出そう――この屋敷の中にある情報だけでは、もう限界だということだ。


 視線を、机の端の日程表に落とす。

 そこには、明日の予定が記されていた。


 『辺都グレインフォール。遠乗り』


 当初の目的は、純粋な観光だった。異世界の風景や街並み、そこに住まう人々。

 ゲームで言えば、チュートリアルエリアを抜けて最初の拠点に入るワクワク感だ。

 けれど今は、それだけじゃない。そこには探し物というクエストが含まれている。


「空想魔術読本。書き写しでも、噂話でもいい。欠片でも見つかれば御の字だ」


 グレインフォールは、この地方最大の都市だ。

 書店、古道具屋、怪しい露店。情報の量は桁違いだろう。

 そこに、俺の探している答えがあるかもしれない。


 メモを揃え、紐で括って引き出しの奥へ仕舞った。

 日記だけは、枕元のサイドテーブルに置く。

 これはまだ、手元に置いておきたい。


 ランプの芯を絞る。

 光が細り、やがて部屋は青白い月光だけに満たされた。


 ベッドに潜り込み、布団を鼻先まで引き上げる。

 瞼を閉じても、脳裏に浮かぶのはあの削られた空白のページと、『空想魔術読本』という文字列だ。

 リーネは何を見て、何を消したのか。

 俺は何を見て、何を選ぶのか。


「……別に、答えが欲しいわけじゃない。ただ、自由に生きたいだけだ」


 自分に言い聞かせるように小さく呟き、息を吐く。

 明日は遠乗り。寝不足で乗馬をするのは厳禁。すぐに寝ないとな。

 思考のスイッチを切るための魔法を口の中で唱える。


 『静寂』の効果によって、すぐに睡魔が訪れる。後は寝入るだけ。

 それでも……意識が沈んでいく中で、最後まで点滅していたのは――。

 謎を知るための手がかりである、『空想魔術読本』への執着だった。

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