愛のサバンナ -ケダモノ幼馴染♀が私のお母さんを狙っているようです-
ショート百合(?)コメディです。
お気軽にどうぞ。
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「ご注文の品は以上でしょうか。ごゆっくり、おくつろぎください」
愛らしい声音の店員がテーブルに料理を並べてくれる。
私は、幼馴染とファミレスで他愛もない話を楽しんでいるところだった。
「あたしさ、もし偽彼氏の役を頼むとしたら――ミソラのお母さんにする」
「んん???」
ヤサイゼロヤの野菜ゼロ熱々鉄板ハンバーグが届いた拍子に、幼馴染はそう言った。
徹底して緑黄色野菜を排した肉肉しい強欲でジャンキーなプレートの熱気揺らめく中、幼馴染はまさに優美なレオパルドのようにひょうひょうと言葉する。
「黒胡椒をミルで挽く瞬間ってさ、ああ、外食してるな……て気になるよね」
「う、うん」
肉に粉かける幼馴染。
母に粉かける幼馴染。
たかが女子高生の戯言と聞き逃すには、この幼馴染はサバンナの大地に生きすぎている。
まさに女豹というか、冷徹に、群れずに獲物を仕留めるやつの目つきをしている。じつは闇夜をかける美しき暗殺者だと打ち明けられても五秒で信じる。そういう目つきをしている。
そこがまぁ、かっこいいのだけれども。
「女子高生の限られたおこづかいで気軽に通えて、がっつり食える。その一抹の小市民感を、このペッパーミルが粉々に砕いて、優雅な気持ちにさせてくれるの」
「うん、赤ちゃん泣いてるようなお店だけどね……」
「――知ってる?」
「うん?」
「赤子はね、泣くことが仕事なのよ」
「そ、そうだね」
「それを黙らせるのがあたしの仕事なのよ」
お食事ナイフをぺろっとなめる幼馴染。
女豹の眼差しは親子連れへ。
「おいやめろ」
「冗談よ。それに赤子になんて興味ないわ」
「ほっ、それなら安心」
「興味があるとしたら、母親の方ね」
「どういう意味さ?!」
「安心して。人を食べるほど飢えてはないわ、だってここに熱々のハンバーグがあるんだもの」
「尊い人命を救ったよハンバーグ」
「でも無駄」
焼き石に、肉片が押し当てられる。
じゅっという音を立てて、ハンバーグが悲鳴を上げた。
そして幼馴染は牙を剥いて、笑った。
「ぺろりよ、こんなもの」
「育ち盛りだもんね……」
幼馴染はいざ肉を整えると、あとは一心不乱に食事に専念する。
ハンバーグという獲物を捕食している。
幼馴染は半分ほど夢中で食べたところで飲み水を胃に捧げ、額の汗を拭いた。
このまま、さっきの問題発言が何事もなく忘れ去られるかと私が安堵したところで――。
「で、真剣に考えてくれた?」
「……なにを?」
「それ、サバンナじゃ通用しないから」
「サバンナには一生行かないけど?」
「ちっちっちっ」
幼馴染は否定するように指を振って、澄まし顔で正してくる。
「心のサバンナの話よ」
「私の心にサバンナはない」
「でもジャングル大帝レオ好きでしょ」
「うん」
「はい、50サバンナポイント。あと50サバポで貴女もサバンナの仲間よ、がんばって」
「あんたは自然保護区から出てこないで」
フッ、フフフ。
幼馴染は楽しげに笑っている。そしてまたナイフを舐めている……。
「冗談はここまでにして、偽彼氏の役についてなんだけど」
「それを冗談に含めてほしかったよ……」
「けどドラマやアニメの定番でしょう? 両親をだまくらかすために偽彼氏を用立てるのは」
「言い方」
「もし5年先、10年先に不意に両親が偽彼氏イベントを誘発してきた時のカウンターを今から仕込みたいの。そんな時、都合よく適切な男友達がいるかはわからない。けれどミソラのお母さん、ウシオさんなら確実に都合がつくでしょう」
「まずありそうもない偽彼氏イベントを前提に話を進められても……」
「ウシオさんは名前がいいわね。最初にまず男性と誤認させておいて、安心して両親がのこのこやってきたところで不意打ちになる。先手必勝よ」
「ええと、そりゃウシオってそれっぽいけど、字は海の『潮』と書くからね……」
「うしおとこ――牛男。ビーフマンね」
「ママを牛肉にしないで。ビーフは牛肉。カウ。カウね!」
「雄牛ならブルよ」
「ママは雌牛ですけど!? いやいや、そもそもお母さんは牛じゃないってば……」
はむっとお肉を一口。
「んー、お母さんハンバーグ美味しい」
「それサバンナでも通用しねぇから!! おいこら勝手に人のお母さん食べんな」
「お母さん食べられて悔しい? ねえ悔しい?」
幼馴染は悪戯っぽく笑って、私の抗議をスパイスにハンバーグを味わっている。
ハッと我に返り、私は「いや名前いじりはもういいから……」と落ち着く。
「あのさ、それ、無理あるでしょ」
「雨降って地固まる。偽彼氏イベントはね――バレるのがお決まりなのよ」
幼馴染はまた「ちっちっちっ」とフォークを振った。
ホントそれ好きだなこいつ。
「バレる前提。じゃあやる意味なくない……?」
「バレるけど、良い感じになって終わるのが定番。完璧。かえってバレずに騙し通せる方がややこしくなる。だからバレそうにない偽彼氏はダメ。推理モノで読者は難解な事件を求めるけれど、難解すぎて探偵にも解けずに終わるのは困る。ウシオさんなら必ず、ボロを出してくれるわ」
「お母さんにポンコツを期待しないでくれる……?」
「でもあの子、そこがかわいいのよね」
ぺろっと舌なめずりする幼馴染。
獲物を狙う獣の目つき。
「あのさ、お母さんを性的な目で見ないでくれる……?」
「今は独身でしょ」
「私のお母さんなんですけど……」
「娘さん、ウシオさんをあたしにください」
「絶対あげませんけど!?」
「けち」
ふー、やれやれと幼馴染は首を振り、デザートを注文する。
まったく、なんてやつだ。
失礼にも程がある。
私はツッコミ疲れて食べ進みの遅いハンバーグをもぐもぐしつつ、愚痴をこぼす。
「やめてよね。最近、お母さん妙に明るくてあやしいのに。きっと新しい彼氏が……」
「安心して。それは無いから」
「ホント? その理由は?」
幼馴染は自分を指差して一言「あたし」と不敵に言ってのけた。
くだらない冗談に私は乾いた笑いで返す。
「ははは……。ないない。絶対ない。でも、どこの馬の骨ともしれない男が急に新しい父親ですと出てくるよりはマシってくらい? そんときゃ祝福してあげるけど?」
「そ、ありがとね」
そこへデザートを店員さんが運んできた。
「では、ごゆっくり、おくつろぎください」
色とりどりの甘々お菓子を並べて去っていこうとする店員の腕を、不意に、幼馴染が掴んだ。
「今の、聴いてたよね?」
「は、はい、ナンノコトヤラ」
挙動不審になる店員、まさに野獣の眼光またたかせる幼馴染。
「まさか」
私は、この愛らしいウェイトレスの乙女を知っている――。
「お母さん……?!」
「ぴゃい!」
今は近隣の飲食店で働いている、とは言ってたけど、まさかヤサイゼロヤで働いてたとは。
あんなに野菜を食べろと家では口うるさいクセに。
あたかもバイトの女子大生です、と言わんばかりに若作りして。
「じゃあもしかして今の今まで、こっそり盗み聞きしてた……?」
「あ、いや、あ、あ、あ、はい、そ、そうでふぁ」
お母さん――ウエイトレスのウシオちゃんは渦潮めいて目を渦巻かせ、恥じらった。
そして幼馴染は愉悦に浸る。
どっちが“彼氏”なのか、一発でわかる。
「ちょ、ちょ、ま、待って! え、えっ! なにそれ!」
「ふ、ふしだらな母をゆるして……!」
「ようこそ。愛のサバンナへ」
意味不明の決め台詞で謎に勝ち誇る幼馴染。
母ウシオは恥じらいと混乱の中、おそるおそる私に手を伸ばしてくる。
「ち、ちがうの、ちがうのよミソラちゃん……!」
私は思わず、その手を払いのけた。
「サワンナ!!」
私は店の外へ、夕陽へと走り去っていった――。
-fin-
――ハンバーグの美味しさと三人の幸せはヤサイゼロヤが保証します。
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