11 白檀の下に
その日、雪は表に出ていた。少しだけ背伸びした綺麗めワンピースに、狐の面。
あれから、兄の助言で少しだけ模様を大きくした。左の頬に広がるように、梅の木の枝を描いた。その上に描いた白梅がかわいらしいと、詩乃も大喜びだった。
自分だけのお面ができた。とっておきのお守りで、雪の表の世界での顔。それが嬉しくかった。これをつけると、霧崎家の人間として胸を張れる気がした。
表の庭は、裏のように厳かな空気はない。見せるものでも、癒されるものでもなく、ただそこに「ある」だけ。広い芝生のようなシンプルな庭の片隅に咲く花を見つけては、ふっと微笑む。
「白鴉様」
その時、すぐそばで声がした。ハッと振り返ると、女性が膝をついていた。忍びだ、と思った。
いい加減わかるようになった。忍びである彼らに、人間らしい「気配」というものは存在しない。
「ご当主様がお呼びです」
「ありがとうございます」
一言だけ答え、雪は踵を返す。草履を脱ぐと、
「にゃあ」
と猫が現れた。相変わらずいいタイミングで現れる案内猫だ。
「お願いね」
小さく声をかけると、猫は引き受けたと言わんばかりにたっと歩き出した。
猫が止まったのは、まだ見たことのない扉の前だった。
「お父様、白鴉です」
と名乗り、扉に手をかける。その瞬間、強い白檀の香りがした。
「入れ」
匂いに気を取られ、父の声に気を取り直して室内に入る。
父と兄、そして姉と妹の姿も。家族全員が集まっているのに、この場は表。何かいつもと違う空気を感じ取った。
「白鴉と橙鶯にも知っておいてほしいことがあるんだ。ここから先のことは、絶対に外で口に出しちゃいけないよ」
兄の言葉に、2人は揃って頷く。お面の下で、表情が引き締まるように感じた。
何もない室内の中、父が壁に手を置く。忍者屋敷のような隠し扉の先に、地下へ下りる階段があった。
キィ、キィ、と小さな音で鳴く木の階段を踏みながら、地下へ足を踏み入れた。そこは、広い書庫のような場所だった。
「ここは、霧崎の心臓。全ての情報を保管しているところだ」
虫よけなのか、独特な香りがする。この広さに、この量。これは、もしかしなくても。
「紙、なのですね」
思わずこぼれた言葉に、
「鋭いね、白鴉」
と兄が笑った。
「時代はデジタル。何もかも、全てをデジタルで管理する時代だ。でもね、そんなデジタルの世界で、我々は情報を集める。一度電子の世界に入れられた情報は、もう二度と隠せないんだよ」
情報を集める忍びらしい、といえばそうなのか。
「デジタルの世界で情報を集め、その全てを紙で保管する。不便だし手間はかかるけど、機密性が高く安全だ」
情報を商売道具にするからには、その管理を徹底する。まさに霧崎の心臓だった。
「ついてきて」
さらに父と兄は奥へ歩いていく。この奥にも何かがあるのか。
白檀の香りの中を歩いた先、再び隠し扉が現れた。その中は、先ほどとは打って変わってデジタルの世界。たくさんのパソコンが並ぶ、会社のような。いや、その比じゃないくらい広い。まるで映画のようだ。
「監視カメラ?」
雪の言葉に、兄が笑った。
「ここは世界中の防犯カメラにアクセスできる。主要な箇所に置いてある盗聴器の情報もここで集める。いわば、情報を集める場所だね」
先ほどの広い書庫が情報の保管庫で、このデジタルの世界は情報収集の場所。地下にこんな空間があったなんて。
「この場所は、敵に攻め入られた時、絶対に立ち入りを許してはいけない」
「……っ」
思わず喉が鳴った。
「火事になった時も、ここだけ残った、なんてことは許されない。この屋敷が落ちる時、この場所には火をつける。それを、わかっていてほしいんだ」
そんな危険なことになるなんて、思いたくなかった。でも、万が一があるかもしれない。心臓部分だからこそ、本体が朽ちる時は同時に。
白檀の高貴な香りが、わずかに震えた気がした。




