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10 金木犀と白梅


「詩乃」


 雪が妹の部屋を訪れた。その手に、桐の箱を持って。


「あら、雪姉様。お呼びいただければまいりましたのに」

「いいの。ちょっと歩きたかったから」

 詩乃に部屋に入れてもらい、箱を開ける。


「お面のお手入れをしたいんだけど、うまくできなくて」

「では、一緒にしましょうか」


 雪が持ってきたお手入れの道具も並べ、一緒に手入れをしていく。太い刷毛や細い筆を使いながら埃を払い、布で綺麗に拭う。


「詩乃のお面も白なんだね」

 作業をしながら、雪は妹の手元に目を移した。


「はい。そろそろ色を入れたいと思っているのですが、模様が決まらなくて」

 嬉しそうな詩乃の横顔に、雪も微笑む。


「模様は自由に決めていいの?」

「はい。お姉様のようにシンプルに線を入れるだけが主流ですが、歌舞伎のお面のように派手に模様を入れたり、お花柄にされる方もいらっしゃるそうです」

「お花……。それはちょっと見てみたいかも」


 どこか不気味な狐の面に、そんなかわいらしいものが添えられるとは。全く予想できない。


「そうですよね! わたしも、金木犀を散りばめるようにしたくて」

「そっか。詩乃は金木犀が好きだもんね」

「はい!」

 楽しそうな詩乃が、少し羨ましい。


「私は白だから、模様が入れられないね」


 残念そうな雪に、

「別に色を決められているわけではありませんよ。お姉様は影名に紅が入ったからと赤を使われていますが、いろんな色が入った狐面もありますから」

「そうなの?」


 プライドと責任感の強い姉らしいお面だったのか。雪はそれしか知らないため、そうするものと思っていた。


「はい。ですから、雪姉様のお面に赤や青が入っていても、お父様はお叱りになりませんわ」

「そっか……。じゃあ、詩乃は他の色を入れるの?」

「金木犀にしたいので、橙色が基本にはなりますね」


 詩乃の影名には橙が入っている。好きな花の色とたまたま被った、ということだろう。


「そうだわ。雪姉様、お面に白い梅の花を入れたらいかがですか?」

「梅の花?」

「はい。雪姉様のお着物にも入っていますし、とってもかわいらしいと思います!」

 確かに、白い花ならおかしくはないかもしれない。


「でも、絵は苦手なの。詩乃が描いてくれる?」

「まぁ、光栄です。雪姉様のお面に筆を入れられるなんて」


 詩乃は嬉しそうに笑って、絵の具を取り出す。細い筆で躊躇いもなく面に色を入れた。白い花弁の中央に、黄色でおしべとめしべを入れて。涙黒子のような位置に、かわいらしい梅の花が咲いた。


「かわいい……」

「本当に。雪姉様にきっと似合います」

 シンプルだと不気味だったお面に、なんとなく愛着を感じる。自分だけの特別なお面だ。


「雪姉様、わたしのにもお花を入れてくださいませんか?」

「え?」

 突然の言葉に、雪はびっくりして顔を上げる


「む、無理だよ。絵は苦手だってさっき……」

「お願いします。雪姉様に描いてほしいのです」

 詩乃の目が、真っ直ぐに雪を見ていた。


「……ちょっとかっこ悪くても怒らないでね?」

「もちろんです!」

 詩乃の許しを得て、雪が筆を持つ。オレンジの絵の具がついた筆の先を、トン、とお面につけて。

 チークを頬に塗るように、お面の頬の辺りに金木犀を散らした。


「わぁ、素敵!」

 それを見て、詩乃が声を上げる。

「とっても素敵ですわ! 雪姉様、ありがとうございます!」


「賑やかね」

 そこに、姉も加わった。


「お姉様、ご覧ください。雪姉様に色を入れていただいたんです」

「まぁ……」

「わたしのも、詩乃が梅を描いてくれて……」


 それを見て、姉は少しだけ眉を寄せた。

「派手ね」

 やはり姉の好みではないのか。


「す、すみませ」

 慌てて謝る雪の声を遮って

「とっても素敵ですわ」

 と詩乃が訴える。


「かわいらしいではないですか。雪姉様はとても素敵な感性をされています」


 悪いことではない、と詩乃が教えてくれる。綾乃の感性では派手でも、それはただの好みに過ぎないのだ。


「お姉様」

 雪がそっと呼びかけた。


「このお面なら、わたし、頑張れます」


 その言葉に、綾乃は少しの間黙り込んで。

「……それなら仕方ないわね」

 と答えた。


「雪姉様、お兄様にもご覧いただきましょう? この時間なら表にいらっしゃるはずです」

「あ、うん。ちょっと待ってね」


 表は着物でなくてもいいが、お面は必須だ。奥にいる間も使用人がいるため人に見せられない服ではないし、この姿でお面をつけて、雪は詩乃に手を引かれた。




『お面に模様を入れました。白い梅の花、とってもかわいかった。悠真にも早く見てほしいな』

『いいね。雪に似合うじゃん。見てみたいよ』


 そんなやり取りが、夜の闇の中で静かに行われていた。


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