(光輝視点)総文祭のオファーを断ったけど、一転して参加することにしました
今、思い返すと、この時の俺は傍から見ると増長していたのだと思う。
ただ、俺としてはゆき姉から引き継いだこのかるたの小学生チームを純粋に強くしたい思いだった。ただ、それは俺の独りよがりだったし、思うように成長しないチームメートに苛立ちや呆れを感じ、どこかで見下していたのだろう。
そういう意味ではこの時の女子集団の指摘はあながち間違いでもなかった。
ただ、彼女らも前年まで同じ小学生ながら、ゆき姉の一生懸命でかるたに真摯に向き合う姿を見ていたはずだ。
なのに、あんな練習態度や意識の低さを見せられ、ゆき姉の意志のようなものがまったく伝わっていないことが許せなかった。
その後、かるたが嫌いになったわけではなく、いろいろあって、今もかささぎ橋かるた会の指導係としてゆき姉の手伝いをしている。
ただ、これ以降、本気で何かを取り組む、ということを避けてきたような気がする。だからか、ここ数年、俺は今の日々が悪くないと思いつつも少々、物足りない日々を過ごしている。
と、そんな日々を思い出し、リビングの棚にある母さんが写った写真立てを眺める。
「大会…………か」
俺がそんな言葉を漏らす。最後に出たのは小4の最後に行われた小中学生大会の4年生の部だったか。かれこれ、7年ぐらい出てないのか。
公認大会に至ってはまだ一度も出たことがない。なんとなくだが、ゆき姉より強くなるまでは出たくなかったからだ。
母さんが生きてたら、5年生になれば、昇級、昇段目指して、公認大会にもそろそろ出場しようかと考えていた。ところが見せたい相手である母さんがいなくなり、先ほどのトラブルなどもあり、かるたの表舞台に出ることもなく、年月だけが過ぎていった。
(いい結果出したら、喜んでくれる人はもう……いや、ゆき姉は喜んでくれるかな? でも、今の俺にそんな力はあるかどうか…………)
そう心の中で自問自答してると、俺のスマホに着信があった。こんな夜遅くに誰だろ? と思ったら、親父だった。
『よう、まだ起きてたか』
「起きてたと思ってたから、かけてきたんだろ。なんだよ、こんな夜遅くに」
スマホの電話口からやや低めの声でぶっきらぼうに話しかけてきたのが俺の親父、四条悟だ。俺もぶっきらぼうに返事する。喧嘩してるわけでもなく、俺と親父は大体、いつもこんなやり取りだ。
「聞いたぞ、シモに」
シモっていうのはさっき会長と一緒にいた下山さんのことだろう。確か親父とは同い年だっけ? けっこう、大阪明星会でも重鎮の下山さんをこれだけくだけた感じで呼んでるし、同年代なのは間違いない。
「今年の総文祭のメンバー選考会の参加を山上会長から直々に誘われたというのに断ったそうじゃねーか。お前、とんだ失礼な奴だなー」
「知らねーよ、そんなの。あっちが急に押しかけてきたんだからさ」
「確かにそうだな。で、どうなんだ? やっぱ、出る気はないか?」
「うん……会長の話は確かにありがたいとは思うけど……」
「自信がないか?」
「考えてみろよ。俺、もう7年ぐらい大会出てないし、ここ数年はかささぎ橋で小学生のガキと親父より上のおばちゃんの練習見てただけだぜ?」
「でも、結姫ちゃんと毎日、取ってるだろ?」
俺の家と花山家は家族ぐるみで付き合いがある。関東が長い親父とも花山のおじさんとおばさんは今でもしばしば連絡はしているらしい。その辺の事情はお見通しってわけか。
「いや、ゆき姉は俺とは本気で取ってないだろ。そんなの参考にならないよ」
「ま、確かに全部が本気ではないだろうな」
親父はやけに意味深な口調で言うが、俺はこの時は気に留めなかった。
「それに今年の学年は最高でも二段、今でいえばC級ぐらいの選手が一番強くて、他は段持ちって言っても初段ばっからしいじゃねーか。今のお前でも遊んで勝てるし、なんなら、あれだ。その中の面子なら起爆剤になりえる。だからこそ、会長はお前にわざわざ直接、頼みにいったんだろう。お前の今の実力も結姫ちゃんから聞いてただろうしな」
「ゆき姉が?」
ゆき姉は月に一度、大阪明星会の練習にも参加している。かささぎ橋かるた会は市民サークルであって、正式な公認のかるた会ではないからね。
練習の拠点はここをメインにしてるけど、全日協公認の大会に出るために所属は大阪明星会ということになっている。元はと言えば、ゆき姉が口利きしてくれたってことか。
「まだ、自信がないか。よし、そうだな。勝ったら俺から景品をやるよ」
「景品?」
「この大会は3人か4人の総当たりのリーグ戦で行われる。その中で1位通過したら、YouTuneカード1万円分をくれてやる」
「1万円!?」
「さらに例の二段ごときで調子こいてるふかした野郎に束勝ちできたら、3000円分を上乗せしてやる」
(マジか……! YouTune1万円って10連ガチャ3回まわせるじゃん。しかも3000円上乗せだったら、もう1回まわせて、計4度。しかも、次の給料日までまだ2週間あるもんなぁ……これはおいしい……!)
「どうだ? やる気出たか?」
「む…………」
俺が親父からのおいしい景品に乗せられそうになったところで「3000円上乗せ」というトドメの一言が決め手になった。
「…………やる」
「よーし、言質はとった。じゃ、会長には俺から言っとくから、お前は当日までに調整しとけ」
「あぁ」
……って、今更、安請け合いしたかもって思いが膨れ上がってきた。
「実際、シモから話聞いただけでも、その例の二段野郎は素行が問題でなー。でも、今年は今のところ実力的にそいつが抜けてて、主将候補のようなんだ。一応、俺も明星会でかるたやってた身だし、そういう奴が主将やってるせいで大阪や明星会も落ちたもんだなって思われるのは癪だからな」
しかし、これだけ素行面で話題が出てくるって、どんだけ問題児なんだろう? かるたやってる人って、不良みたいなのは少ないから、高学歴厨の嫌味な奴なんだろうと思うんだけど。
「俺もそいつとたいして変わらねーかもしれないぜ?」
俺は学歴もないが。
「少なくともお前は礼節やマナーは大丈夫だろう。実力もまあ……そこそこいけるだろ」
「なんだよ、煮え切らないな」
「まあ、普通にやれば負けはしねーよ。せいぜい遊んでこいや。それぐらいの心構えでいけるはずだ。じゃあな、切るぞ」
と、ブツっと電話を一方的に切った。
「……ったく、無責任な」
親父からの電話が終わって、薄暗いマンションの一室に静寂が戻る。俺は今一度、写真立てに写った母さんを見る。
「小さな大会だけど、久しぶりに出ることになったよ。なあ、母さん、応援してくれるかな? なーんてな」
俺が一人、自虐風味に笑って、そう呟くと、写真の中の母さんは微笑みながら、「お母さんはいつでも、みーくんの味方だからね」と言っているような気がした。




