無段のかるた選手なので、選抜メンバーの選考会への参加のオファーはお断りすることにしました
話し合いの場所は先ほど、結姫と試合をしていた横のもう一つの和室。そこにテーブルを広げて、山上会長を上座に円卓会議のように囲む。すると、山上会長がふと、隣の和室に目をやると、さっき二人が試合を終えて、そのままになっていた俺の陣地に残った二枚の札を眺めた。
「2枚差で君の負けか」
「は、はい……でも……」
「花山さん、最後に抜いた札はなんや?」
「80枚目で『ひさ』を抜いた時に送った『ひ』決まりの『ひとは』です」
「ほぅ……さすがやな。2枚差と僅差やが、花山さんはだいぶ試合をコントロールしてたようやな」
「!!」
光輝が今の山上会長の言葉に目を丸くした。
「い、いえ、そんな……最後は紙一重の勝負ですよ」
(スゲー……俺が感じた違和感をこの二枚とゆき姉が最後に何を抜いたっていう情報だけでほぼ言い当てた。そうなんだよ、後半から、ずっとゆき姉に試合を支配されてたのを感じながら取ってたんだ。俺が2枚差まで縮められたのはあくまでも俺が取ったところで試合に大差ない札を拾った結果だ……俺とゆき姉の力が拮抗してたわけじゃない)
そもそも、A級五段の結姫と無段の光輝が本気で勝負になるなんて普通は思わないだろう。普通は。
「そんな謙遜せんでもええ。そこの四条君の表情を見るに、彼は2枚差以上に差を感じたようや。試合を読む力や駆け引きはアンタの方が上手い。それが桑野の舞ちゃんにもあればなーって思うんやけど」
「あ、あはは……」
山上会長の見透かしたような言動にタジタジな様子の結姫は乾いた笑いで対応するしかなかった。
(桑野舞さん……今、大阪明星会で最も成長著しいA級の女流選手で西のクイーン候補筆頭ともいわれる人だっけ。ゆき姉でさえ、束負けすることもあるとか……)
束負けというのは10枚差以上の差がつく負けのことである。結姫も十分、A級ではトップクラスの選手といえるのだが、そう考えると、桑野舞がとてつもない強さなのは想像つくだろう。
「この様子だけでも、ワシらが来たかいがあったってもんやな」
「は、はぁ……」
山上会長は光輝の方を向いて言うと、光輝本人は空気感がつかめず、頬を掻いて間を保たせようとする。
「じゃあ、下山君、そろそろ本題入ろうや」
「はい」
しわがれた声から威厳のある声色と風貌の山上会長に対し、下山さんは見た目通り声も仕草も物腰柔らかで紳士的なおじさんという感じだ。
「花山さんは知ってるかもしれないけど、四条君は来年、大阪で総文祭が開催するのは知ってるかな?」
「あー、なんか、聞いたことあるような……」
総文祭。全国高等学校総合文化祭の略で文化系のインターハイといえるものだ。ここ数年、光輝は部活動とは無縁だったためインターハイやそういった類の情報は自分の脳内にインプットされないようになっていた。
当日か近くになって、クラスメートがいるから野球部やサッカー部の応援とかに行こうかなというぐらいだ。自分には無縁のものかと思っていたが……
「その今年の総文祭なんだけど、来年の開催地としてはそれに向けて強化しているってところを見せたいところなんだけど……」
「去年や一昨年はよかったんやが、今年の高校生の世代はぼちぼちでなぁ」
一昨年はそれこそ、ゆき姉がいたしなーと光輝は心の中でつぶあやく。さらに薄っすらとした記憶を呼び起こし、「で、もう一人、A級いたんだっけ? そりゃ強いよな」と勝手に一人で納得する。
「そういうわけで、四条君。君の力を借りたいんや」
「ええ!? お、俺ですか!? そんな状況で助っ人みたいな役、到底できるなんて…………」
山上会長の思いがけない告白に光輝は驚きを隠せない。
いや、無理でしょと。こちとら、小学生以来、大会に出てないありさまだ。
「確かにブランクは不安だけど、今の花山さんと四条君の試合の結果だけ見ても、小学生の時の実力は錆びついてなさそうだしね。今年の高校生世代で抜けた存在だと思ってるんだ」
「いえ、下山さん。それは買い被りすぎですよ~」
「今のところ、一番段位が高くて二段の子しかいないんだ」
「B級がいるのなら、その人で十分じゃないですか」
「あ、そっか。みーくん、知らないんだ」
「え?」
「最近、階級の制度が変わったのよ。E級が無段の部になって、今までのB級が二段と三段のところを分けられて三段のみになったの。だから、今回、出場する二段の子はC級ってわけ」
「へぇ~、そうなんだ」
「それはそれとして、とりあえず出るだけでも出てみたら? 総文祭のメンバーは例年通り総当たりの個人戦の成績で決めるから、山上会長もさすがに大会で結果を残せない選手を選考するわけにはいかないでしょうし」
結姫の流れるような説明に山上会長も「そうやな」と静かに相槌を打つ。
「ましてや、みーくんは現状、無段なんだから、結果を出せずに選考されなかったら、みーくんだって納得いくんじゃない?」
「まあ、そうだけど。もし、勝ったらどうするんだよ?」
「そしたら、実力が認められたってことで大阪選抜メンバーに選ばれるだけよ。今年の開催地、岐阜県だから岐阜に行ってらっしゃい」
「えー、めんどくせー」
光輝は顔を歪ませ、心底、いやそうなトーンで言った。
「岐阜なら近いから、応援に行ってあげるわよ」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
そんなやり取りをしていると、下山さんがそういえばと口を開く。
「四条君はもう3年生だよね? 進路は考えてるの?」
「え? 一応、大学進学ですけど。まぁ、俺の今の学力だとしんどいですが……」
学内の定期試験や評定は中の上くらいだが、全国の模試の成績は中の下といったところだ。現時点では、普通に一般入試で大学をめざそうとするなら、Fラン大が安定ってとこだ。
「総文祭は文化部のインターハイと呼ばれるもので、推薦入学の材料にも使えるんだよ。さすがに今からは枠の関係で立修館大や早明山大とかのかるた推薦は受けられないけど」
と、下山さんが説明する。
「かるたやってると、みーくんが志望してる文学部の推薦入試の受けがいいのよ。推薦入試って、決まれば10月か11月で決まるし、後の高校生活がエンジョイできるわよ。どうする?」
「10月か11月で受かるってことか……」
今の下山さんと結姫からの言葉による誘惑はかなり魅力的だ。というのも光輝は夏休みの間に受験勉強なんてものはめんどくてやりたくない。
それなら、総文祭に出て、推薦文を書いてもらって、その推薦入試一本で勝負して合格すれば……
そうか、進路に悩む同級生をしり目に残りの高校生活をエンジョイできる!
仮にそうでなくても選抜メンバーに選ばれれば、夏休みに行われる総文祭に参加したおかげで、受験勉強をサボれる口実もできる……!
光輝はそんな誘惑に駆られて、参加しようと揺らいだが……
「いや、やっぱりいいです。面倒そうなんで」
「ええ!? みーくん、そんな理由でお断りはやめなさいよ」
「ええ、嫌だよ。それ、今度の日曜に行われるんだろ? 俺の貴重な週末が潰れるじゃないか。勉強もしなきゃだしさ」
「うそ。勉強なんてしないくせに。どうせ、1日ゲームしてるだけでしょ!」
キッとして言う結姫に光輝はギクッとなる。さすが幼なじみ、光輝の行動パターンを把握している。
「どうしてもダメ?」
結姫が上目遣いで訴えてくる。
『みーくんなら私のお願い聞いてくれるよね?』ビームが発せられて、光輝もぐらっと来てしまうが、
「…………やだ」
ものぐさな人間性がそのビームを受け流した。
「うーん、そっかー。はあ、残念だなぁ……みーくんの活躍してるとこ見たかったのになぁ」
「そんな心にも思ってないこと言ってもムダだからな」
「もう、本気で思ってるのにぃ……」
結姫がぷくっと頬を膨らませながら、ボソッと早口で言うが、光輝は「なんか言った?」という感じで聞き漏らしてしまった。
「ということはアカンっていうことやな」
と、山上会長が重い腰を上げつつも口を開く。どうも、交渉決裂に終わったことを察して帰り支度を始めたようだ。
「はい、すいません。ありがたい話だとは思ってはいるんですが……面倒っていう理由以外にも自信がありません。毎日、ゆきね……花山さんと取ってますけど、大会はかれこれ何年も出てませんので……」
「何年か前の小学生大会が最後やったかな。まあ、無理にとは言わん。ブランクもあることやしな」
そう言って、下山さんも一緒になって本格的に帰り支度を始め、結姫もそれを察して、お見送りの準備を始める。
光輝も一緒になって、会長たちのお見送りをしに行くが、結姫は「私に任せて」と光輝には和室の片づけを命じる。光輝はそれに従い、和室に残ってテーブルの片づけ、部屋の掃除を行うことにした。
◆◇◆◇
山上会長と下山さんの二人のお見送りにいった結姫。
「今日はわざわざ出向いていただいたのに、とんだ無礼をいたしまして……」
玄関の前で深々と頭を下げる。
「いやいや、ええよ。元はと言えば、ワシらが急に押しかけて、急なお願い出したわけやから、心の準備みたいなんもできてないやろ。ただ……やっぱ、彼には出てほしいと思ってるんや」
確かに出場の依頼を出すには急すぎる話だった。しかも何年も公認大会はおろか、ローカル大会にすら出てない人に、だ。それだけ今年は人材難なのだと結姫は改めて認識した。
「今年は段位や実力が例年よりも劣るだけなら、まだいいんだ。その二段の子、今年、一番強い子がどうにも品格に欠けるのがね」
「はあ、なるほど」
下山さんから出た言葉で結姫は察した。総文祭は5対5の団体戦で8人のチームを組む。
大阪のチームは大阪明星会のお膝元なのだが、マナーや礼儀正しさ、厳格さにも定評がある。そのため、大阪のチームにも例年、そういったものが求められる。
かささぎ橋かるた会でも子どもたちに礼儀だけでも厳しく教えているのは、大阪明星会とつながりがあるから。どこに出しても恥ずかしくないようにするため。
おそらく、今年の主将候補の選手は素行に問題があるのだろう。かと言って、素行面で彼を除外すると、さらなる戦力低下の恐れがある。
それで光輝に白羽の矢が立ったというわけだと結姫は結論付けた。
「四条君はあいつの息子やし、花山さんと取ってるんなら、ワシらが求めるもんも持っとるやろうからな」
「はい。その辺は厳しくしつけております」
結姫はそこに誇りを持ちつつ、笑顔で答える。
「それだけに参加してくれないのは私も残念なんですが……」
「いやいや、他当たるから、ええよ……」
「え? 他って?」
「いや、夜遅くに邪魔したな」
「突然、悪かったね」
「こちらこそ、ご足労いただきありがとうございました」
そう言って、町家を後にする山上会長と下山さんを見送ってる間に、
(心当たり、他にどこかあるの? みーくん以外に高校生年代の選手いる?)
遠ざかっていく二人の背中を眺めながら、結姫は疑問に思うのだった。




