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俺は無段のかるた選手なのにお偉いさんから、選抜メンバーの選考会のオファーがきた

「ハァ、ハァ、ハァ…………」


「ふぅ…………」


 結姫(ゆき)の吐息と心臓が激しく乱れ、光輝(みつき)は乱れる息を整えようと、息を吐く。お互い乱れた呼吸のまま、顔同士を近づける。


「ひとはいさー」


「とったああああああ!!」


 アーリーが96首目の歌を詠みあげると、さっきまで乱れた呼吸が嘘のように一閃、結姫が甲高い雄たけびを上げて、光輝の自陣右側にある『ひ』決まりの『ひとはいさ』をぶち抜いた。自陣に1枚だけ残っていた札を結姫が光輝の陣に送り、試合終了。


「「ありがとうございました」」


「「ありがとうございました」」


 試合のマナーとして、両者相手に礼、さらに読手役であるアーリーにも礼。


「あーーー、負けたーーー! 2枚差かーーー。というか、最後にゆき姉の陣に『あさぢ』で俺の陣に『ひとは』『あきか』が残ってる時点でムリゲーだっつーの」


「でも、今の『ひとは』抜けなかったら、私の負けだったわ。私からしてみれば、攻める以外に選択肢がなかったもん」


「どうだか。俺は敵陣、自陣の「あ」の札をケアしなきゃならないんだぜ? 俺があの状況から奇跡的に『あさぢ』を抜いて、『ひとは』を送ることができて、ようやく五分ってところだろ」


「でも、みーくん。あ札得意だからなー。『ひとは』抜けなかったら、あ札同士の五分の運命戦だけど、私、そうなったら取れる自信なかったわ。だから、本当に紙一重の勝負よ」


「まあ、ゆき姉がそう言うなら、嬉しいけど、俺としちゃ枚数差以上の負けの気分だよ。どこまで本気にしていいやら」


「もう、本当に卑屈というか、なんといいますか……」


 ほとほとあきれた様子で言う結姫。

 こうやって、練習後の夜は指導役でフラストレーションが溜まる結姫のサンドバッグ、もとい練習相手になっている。

 A級選手である結姫の相手役は本当に大変だ。中学、高校とかるた部がなく、結姫は部活動で練習ができなかった。中学入学時点でA級に近いB級、中学1年の冬にA級に上がると、とにかく所属元である大阪明星会以外では練習相手がいない状況だった。しかも、練習場所の立地やキャパの問題で参加できるのは月に1度。

 これでは練習不足になるということで、無段で大会にも参加していない光輝がここのかるた会の練習が終わった後の時間に突き放されまいと頑張って、相手を務めているのである。

 練習がない日もほぼ毎日、最低でも一試合はやっているし、時にはとんでもない大差で負けることもある。光輝としては正直、身体的にもメンタル的にもめちゃくちゃしんどい。

 でも、結姫の試合後のこうした充足感に満ちた表情を見ると、そんな徒労感も吹き飛ぶというものであると、自分を納得させている。


「さーて、もう一試合、やりますか」


「え? マジ?」


「一試合でバテるなんて、軟弱者~」


「うへー、しょうがねーなー。なら、とことん、付き合ってやるよ」


「やったー。そうこなくっちゃ!」


 両手をあげて万歳しつつ満面の笑みで結姫が答える。もうすぐ20歳だというのにあどけさなが残る。そんな彼女を見て、


(まったく、可愛いやつだなー)


 と、光輝は思ってしまう。けっこう童顔だから、まだ制服とか着れば女子高生でも行けるルックスだろうと、ついでにバカなことを考えていた矢先。


 ピンポーン!


 滅多にならない花山家の離れである町家のインターフォンが鳴った。二人して、誰だろ? って目を合わせる。結姫が「はーい」と声を上げて、パタパタと玄関の方へと向かう。正直、光輝は助かったと思った。

 玄関のドアを開けた結姫の前に現れたのは高齢の男性二人組。


「やあ、夜遅くにすまんねぇ」


 その二人を見て、結姫は血相を変えながら、さらに目を見開き、思わず大きな声を上げる。


「山上会長と下村さん! こんな夜遅くにどうしたんですか!?」


 山上会長という声が聞こえた。結姫が所属する大阪明星会の会長でつい最近まで全日本かるた連盟の会長も務めてたドンみたいな人物だ。

 光輝も当然、知ってるし、下村さんは歴戦のベテラン選手で今は副会長をやっている。


『しかし、ここに何の用だ?』 


 と光輝は疑問に思った。そんな考え事をしていると、和室に結姫が戻ってきた。


「ゆき姉、とりあえずお茶入れてくるよ。それと、俺は席外した方がいい?」


 そう言って、光輝は和室の隣にある台所へと向かう。


「い、いや、ちがくて……」


 ん? と光輝は疑問符が浮かびそうなほど、結姫の様子に違和感を覚える。


「えーっとね。用があるのは私じゃなくて……」


 なんか、どうにも歯切れが悪い。


「みーくんに話があるみたいなの」


「……………………へ?」


 予想だにしない結姫の返答がきて、しばらく間を置いた後に間抜けな一文字が光輝の口から飛び出た。


「あ、でもお茶は入れてきて。私、テーブル出すから」


「お、おう」


 結姫の指示で固まっていた光輝も動き出し、とりあえず落ち着きを少し取り戻したが、


(一体、無段の俺にいまさら何の用だろう?)


 妙な胸騒ぎと「俺、何かやらかしました?」っていう不安感を纏ったまま会長様のお話を聞きに行くことになった。

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