~プロローグ~ とある地方の少女の思い出とかるたをしているたったひとつの理由(後編)
1回戦が終わった後、あたしは気が変わって、四条くんのかるたを見たいと思って会場に残った。2回戦の組み合わせを眺めてると、後ろからポンポンっと肩を叩かれた。
振り返ると四条くんだった。そして、ニカッと笑い、
「お前、すごいよな! あの『いに』、どうやって取ったの?」
「え……? いや……あ、あたしはその、ただ一生懸命に取ろうと思って……」
「そっかぁ……今回は差がついちゃったけど、お前、全然、あきらめないから怖かったよ」
「え? こ、怖い? あたしが?」
ほぼ完全勝利した相手に予想外な感想が返ってきて、あたしは彼の考えが理解できなかった。たぶん、大人でもわからなかっただろう。
「だってさー、最近、俺と同じ小学生とやると、最初にちょっと連取しただけであきらめて、やる気ないの丸わかりなんだよなー。やってておもしろくないんだよ」
口をぷく~っと膨らませながら、四条くんが心底つまらなさそうに言った。
天才といわれる彼にもそんな悩みがあったんだと気づかされ、さっきのあたしに対する『怖かった』という感想も嫌味や謙遜ではなく、本音なんだということがわかった。そして、あたしの胸の方に拳を向けて、
「だから、お前とのかるた、楽しかったぜ! また、やろうな!」
もう一つ、ニカっと無邪気な笑顔を作った。それに対し、あたしも控えめな笑顔と握りこぶしを作って、
「あ、ありがとう。四条くんも、この後、がんばってね。応援してるから」
「お、おう、ありがとう! じゃあ、行ってくるわ」
あたしの応援のセリフが予想外だったのか、試合の時とは打って変わって、あたふたした様子を見せた四条くんは同じ小学生の男の子なんだと思った。
「あら~、みーくん、かわいい女の子に応援されちゃってー。よかったわねー」
四条くんのお母さんだろうか。茶化しつつも温かみのある言葉を投げかける。
それに四条くんは「うるさいなー!」と顔を赤くして反抗的な態度を取っている。でも、すぐに気を取り直して、
「じゃあ、母さん。行ってくる」
「うん、わたしはみーくんの味方だからね。不安になったら、お母さんの方を見るのよ」
「わかってまーす。というか、母さんの不安な顔を見たら、どうとでもなるっていうか」
「もう、みーくんったら~」
四条くんとお母さんのほっこりするようなやり取りを見つつ、あたしもその後は四条くんの試合を見た。
その後も四条くんは他を圧倒する戦いぶりで文句なしで優勝した。
外から試合を見ていて、あたしはなんて人と試合をしていたんだろうという思いと、『あたしでも1枚取れたんだ』という達成感があった。
そして、なにより四条くんが取ってる姿、優勝して賞状とトロフィーを受け取った姿は小学生ながら、風格を感じた。
「かっこいい……!」
素直にそう思い、思わず言葉が漏れ出た。そして、ある感情が芽生えた。
(いつか、四条くんと本当に楽しかったと言わせるようなかるたをしたい!)
それは四条くんと対等に戦えるような選手になること。
この時の四条くんはまさしく孤高の存在。そんな孤高な四条くんが「また、やろうな!」と言ってくれた。その約束を果たすためにも、四条くんを孤高の存在にしないためにあたしは強くなろうと決めた。
しかし、それ以降、四条光輝の名前はかるた界から聞くことはなくなった。
でも、あたしはかるたをしていれば、いつかは四条くんに出会える……その日だけを信じて、かるたを取り続けてきた。小学5年でD級からC級へ、小学6年でB級へ、中学に上がる頃にA級になった。
高校3年になった今まで、A級入賞した回数は両手では数えきれない。
A級優勝回数は5度、選手権優勝1度、女流選手権優勝1度とA級の実績もいつの間にかできあがっていた。
かるたを始めた当初はバカにしていた人たちのあたしを見る目は大きく変化していた。そりゃそうでしょ。今や今原元クイーンをはじめとした山口県かるた協会、中国地区の人たちもクイーンへの期待もしてくれてるそうだ。
でも、あたしはそんな人たちを見返すために続けてきたわけじゃないし、期待に応えたいわけでもない。そもそも、あたしはクイーン位への興味なんてない。
それでもなぜ好きでもない、目指すべき目標もないあたしがかるたを続けてきた理由。
「また、四条くんと取れるといいな……! あたしの憧れの人」
そんな言葉が漏れて、すぐに思い立った。一応、あたしのかるたの師匠的存在であるみっちゃんこと今原元クイーンの番号に電話をかける。
「あ、みっちゃん? あたしです! あのー、突然なんですけど、今度の高校選手権、あたし、エントリーします。あと、この前、断った総文祭の出場も、あれ、なしで」
「え? 本当に突然じゃないの? 一体、どういう風の吹き回し?」
「まー、そのー、今、京都の大会の結果見て、やる気が出ましたというか!」
「まー、あなたがやる気なのはいいことだけど……」
「もちろん、練習も頑張りますっ! なんなら、みっちゃんにいっぱい稽古つけていただきたいです!」
「あら、本気のようね。いつでも小野田の公民館開けて待ってるから、都合がつけば連絡ちょうだい」
「はいっ! ありがとうございます!」
あたしは元気よく返事をすると、一方的に電話を切った。そして、胸元に手を置き、そっと漏らす。
「あたし、四条くんにふさわしい相手になってるかな。ふふっ、当たるといいな!」
ベッドの上で仰向けからうつぶせに体勢を変えて、足をパタパタさせながら、心を躍らせた。この暑苦しい夏はルンルン気分で過ごせそうだ。
ep35~ep37がよく読まれてるようで、ありがたい話なのですが、この語り部の女の子はこの後出てくるクイーンではないです。期待させてしまった皆様、すいません……




