俺は無段のかるた選手なので、指導者としては説得力がないようです
試合が終わると、休憩がてら感想戦のような時間になるのがかるたの練習あるあるだ。すると、結姫が先ほどの運命戦を行ったところへと赴く。ゆっくりと座り込むと、先ほど「ちはやふる」を持っていた女の子に話しかける。
「ねえ、美奈ちゃん。『ちは』が出ると思って、この札を残したの?」
「うん。絶対に『ちはやふる』が出ると思ってたんです」
「そっかー。でも、その『ちは』は得意だからこそ、運命戦になる前に攻めにいかないと」
「え? なんでー?」
「私たちのかるたって、攻めがるたでしょ? 『ちは』って決まりも短いから、攻めやすい札だし、相手としては気になる札なのよね。そうやって攻め込むことでもう少し試合を楽にできたりするんだけど……うーん、わかるかな?」
そう結姫が問いかけると、美奈ちゃんは「うーん……」と難しく考えているようだ。その後も子どもにも伝わるようなニュアンスで試行錯誤しながら説明していた。
本来は「ちは」よりも100枚ある内の16枚ある「あ」札である「ありま」の方が読まれる確率が高いから、運命戦を意識するなら、そういうことを考えた方がいいということを言いたいんだろうけど……
その話は大人でも理解できないこともある。
子どもには伝わらないから、ぐっと我慢したのだろうと光輝は思った。
一方で勝った男の子の方も結姫の説明を真剣に聞いており、わからないなりにも何かを得ようとする姿勢は子どもも大人も変わらない。
ただ、子どもはなんでも素直に聞いてしまうので、あまり難しいことは言わないように注意しないといけない。
結姫の指導の様子を眺めていたら、光輝の前で小学生の男子が「くそ~」とぐちぐち文句を言っていた。こういうつまらなさそうにしてたり、不満げな子のフォローも二人の役目だ。
「おっ、翔太。どうした」
「ウ~~、あんな感じの速い取り、勝てっこないよ!」
「うーん、佐倉さん、中学上がって、背が伸びて、もともと早かったのに相手の下段にも手が届くようになったからなー」
「俺、佐倉さんや結姫の姉ちゃんみたいに反応早くないし、みつき兄ちゃんみたいに背も高くもないし……」
『180cm前後の背の高さだけが俺の取り柄だからなー。まあ、ゆき姉もA級選手にしては反応早い方じゃないけどなー』なんて思う光輝。
「俺、かるたの才能なんてないよ……」
翔太が消え入りそうな声で漏らす。先ほどまで熱心に感想戦の助言をしていた結姫も翔太と俺のやり取りの様子を心配そうに眺めているが、光輝が翔太の視線に合わせるように座り込む。
「なあ、翔太。反応が早くないなら、あえて早く取らない方がいいかもしれない」
「ええ!? 何言ってんだよ! 早く取れないと意味ないじゃないか!」
「ちょうど真ん前だから、お前らの試合見てたけど、翔太は佐倉さんの感じの速さに対抗しようと、攻めの意識が強くなりすぎて、次の歌が詠まれると同時に相手陣の右に手を伸ばしてただろ? そんなの読みを聞かずに取ってるのがバレバレだ。翔太は早く取る練習をするより、2字目を聞いてから手を出す練習をした方がいい」
「二文字目って、じゃあ一字札はどうするんだよ」
「一字札って全部でいくつだ?」
「“むすめふさほせ”だから、7枚だよ」
「たったの7枚だろ? それに場に全部出るとも限らない。自分より感じが速い相手なら、そんなもの放っておいて取らせればいいよ。それよか、決まり字が長い札を拾ったりされる方が相手はダメージがでかいんだよ。お前も出札を遅れて取られるとショックだろ?」
「えー! 早く取れなきゃいやだよ!」
ん? どうにも話がかみ合わない。ガキって難しいな。
ただ、こういう時に相手を否定してはダメだと、グッと自分の主張を胸に秘める。
たしかにかるたにおいて、『速さ』は重要だ。ただ、それだけがすべてではない。速さを補う『上手さ
』も重要だ。
極端な話、どんなに遅く取ろうが、相手よりも早く取れれば問題ないのだ。そのことを光輝はどう説明するべきか、と頭をひねる。
「実際、佐倉さんも試合序盤は決まり字の長い札に対しては手が早く出すぎて、宙ぶらりんっていう場面をけっこう見たからな。どんなに反応が早くたって、決まり字が短くなるわけじゃない。今の翔太には、そこで拾える札をどれだけ増やすかなんだ」
フッ……我ながら、いいアドバイスをしたなと思うね。普通なら「とにかく攻めろ! 手を伸ばせ!」って言うだろうけど、俺は一味違う。
と、自画自賛をした光輝だったが、
「何、言ってるんだよ!」
「えぇ、わかんないかなぁ……」
と、指導の意図が伝わらない様子に光輝は頭を掻いて困惑していると、
「大体、無段のみつき兄ちゃんの言うことなんて信用できないよ!!」
痛いところを突かれたなと光輝は思った。
確かにA級選手、しかも五段の結姫が言うのと、段持ちですらない光輝が言うのでは説得力が違う。
当たり前だ。せいぜい、光輝は翔太ぐらいの年の時に小学生大会で優勝したぐらいのものだ。始めたばかりの初心者の小学生までなら、光輝の言うことも素直に聞く。
だが、ある程度、取れるようになってくると無段で選手として実績のない光輝の言うことには耳を傾けないようになってくる。
自分も同じ立場なら、そうなるだろうから仕方ないと割り切る光輝ではあるが、運営役の一人としては困ったものである。
「ちょっと、翔太。光輝先輩がせっかく試合を見て、教えてくれたのになんて言い方するのよ!」
すると、佐倉が光輝の代わりに翔太の態度を一喝した。
その剣幕に翔太はビクッとする。正直、今の実績なら翔太の相手をした佐倉さんの方が段位がある分、彼女の方が上だ。
彼女が助言した方が説得力があるぐらいだろう。ただ、佐倉が一方的な物言いをするので、少し険悪な空気になりかけるが、
「う~ん、翔太くんはより低く取ることを意識して、払いの練習をした方がいいかもね」
颯爽と、しかし柔和な表情と口調を崩さない結姫が割って入り、翔太を優しく諭す。そして、スッと座り込むと、
「みーくん、そっちに座って」
結姫が向かい側に座るように指をさして言い、光輝はその指示に従って座る。
(あー、これは俺に相手役をしろってことか……)
「みーくん、こっちに手を伸ばして」
光輝は言われるままに結姫の自陣右側に置いてあるさっきの最後の出札だった「ありまやま」の方へ手を伸ばす。
「あー、りー……で、こうやって手を伸ばして来てもみーくんはまだ取れません。私の手はまだ動いてません。そして、あー、りー、『ま』と読まれたところでみーくんは手を下ろすことができます。でも、手を下ろそうとしても……」
そう結姫が言うと、スパッと刀を抜き、切り裂くかのような手の動きで光輝の手の下をかいくぐり、「ありまやま」の札を払い飛ばした。
「こんな感じで相手は押さえ手しかできないから、遅く手を出して払った方が早いのよ。みーくんが言いたかったのはこういうこと。今のでわかったかな?」
「う、うん、なんとなく」
まだ、納得してないというか、やや漠然とした様子なのだが、先ほどの拗ねた様子はない。
結姫が相手だからか素直である。いや、ちょうど、結姫と光輝の体格差で説明したから、まだ背も低い翔太にはわかりやすかったのかもしれない。
「でも、基本は払いや構えの練習からかな。翔太くんは男の子だから、私や佐倉さんよりもみーくんに見てもらった方がいいかな」
結姫はもう自分の役目は終わったと言わんばかりで手持ち無沙汰になっていた光輝に助け舟を出す。
「俺でよければ……まあ、翔太は構えはそんなに悪くないから、今のゆき姉のアドバイスを意識して、そのままやるといいと思うけどな」
「じゃあ、話もまとまったところで次の試合しましょう。みんな、集まってー」
二試合目の練習の組み合わせを決めるために一同が集まる。そして、そんな中で光輝は翔太の右肩をたたく。
「才能ないなんて簡単に言うのは10年はえーよ。俺みたいに高校になっても段持ちにすらなれなくなってから、そういうこと言え」
「お、おう! そうだよな。光輝兄ちゃんみたいにならないようにしなきゃな!」
「そうだ、その意気だ! まだまだ、お前のかるたは可能性があるよ。今の俺と同じぐらいの時にはもっと強くなってるだろうさ」
光輝は自分で言ってて悲しくなりつつも自虐ネタを入れて、翔太のやる気を引き出すことに成功したようだ。
「じゃあ、少しずつゆき姉の言ってたことを試合の中でやっていこうか」
そう言って、光輝は翔太を送り出した。そして、その様子を結姫が暖かな、いや、生々しさも感じるような視線を俺に送るのだった。
この日は二試合目も行ったが時間の都合で最後までできない試合もあった。
この町家の建物は花山家の持ち物なので、けっこう夜遅くまで使用できるのだが、さすがに小学生を夜遅くまでいさせるわけにはいかない。そのため、練習自体は19時までには終えるようにしている。
少し自宅まで距離のある小学生には保護者の方に迎えに来てもらい、迎えがない子は申し訳ないが、帰宅したばかりの結姫の両親のどちらかに車で送迎してもらうなどしている。佐倉など中学生組はそのまま自転車で帰っている。
参加者全員のお見送りが終わって、木製の看板を片づけると、光輝と結姫の2人は玄関から板の間へ上がり、和室へと戻った。
「う、う~~~~ん…………」
結姫が艶めかしい声を上げて、両手をぐぅ~っと背中を反らすようにノビをすると、Tシャツの裾も上がって、彼女の白いお腹がチラリと見えて、光輝は少しドキッとする。
基本的に付き合いが長いので、あんまり女性と意識することは少ないのだが、不意にこんな場面に遭遇すると、さすがの光輝も結姫に女を感じてしまう。
「今日は二試合全部こなせなくて残念だったねー」
「そ、そうだな……試合ももつれて長引いたしなー」
そうとは気づかずに何食わぬ顔で問いかけてくる結姫。光輝も気を取り直し返事をした。
「ねぇ、みーくん。その分、今夜はいっぱい、やろっか?」
やや、顔を紅潮させながら、そんな誘い文句を言ってくる結姫。そんな誘いに光輝は…………
「2字目を聞いてから手を出す練習をした方がいい」と言われたのは実体験です。
某漫画でも「早く取るのをやめなさい」という描写があったと思いますが、次元は違えど、似たような感じだと思います。
ちなみにこの意識で取ってても、「むすめふさほせ」の1字札には十分、1字で反応できます。




