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光輝の昇段認定試合 VS.桑野舞六段③

(みーくん、いつもより相手陣への意識が強すぎる。取りのバランスや暗記が乱れなきゃいいけど……)


 その結姫(ゆき)の予感は的中する。空札を何枚か挟んだ後の29枚目。


「これやこの~」


 光輝(みつき)の自陣右下段にあった「これ」が読まれると、光輝はさきほど送った舞の陣の「こい」を払い、舞はきっちりと出札を鮮やかに払い飛ばす。

 お互いが相手陣を払った後、舞が「チャンス!」と意気揚々に発すると、光輝は「あぁっ……!」と苦虫を噛み潰したような表情で天を仰ぎ、悲痛な叫び声をあげる。そんな対照的な両者の声が広間に響き渡る。舞が相手陣の札を取り、光輝はお手付きを犯す。送り札を2つ送れるいわゆるダブルだ。


「あ~、やっちゃったぁ」


 翔太がそう言うと、他の人も「もったいない」とばかりの落胆の声をついつい漏らす。


(やっぱり、やっちゃたか~。でも、みーくん、お手付きなんて年に数えるほどしかしないのに…………ダブルなんて、すごいレア)


 いつもとは違う様子の光輝に不安を覚えていた結姫だったが、それは杞憂に終わることはなかった。

 しかし、見据えたのは席に戻ると、落ち着きを取り戻し、2枚の送り札を長考する舞の姿。


(でも、みーくんのミスを生み出したのは自陣、敵陣を自在に鋭く取る舞さんのかるた。さすがと言わざるを得ない。きっと、舞さんはここで一気に勝負をかけてくる……)


 舞は「はな」決まりになった「はなさ」と今、光輝が狙っていた「こい」の2枚を送る。

 この送り札に「きっつぅ……」と苦しい表情でつぶやきながら、もらった2枚の札を並べる。光輝の陣には「こころあ」、さらに「はるす」があり、これらをケアした中で2字決まりの札が送られてきたのだ。

 この送りによって、舞は「は」と「こ」が読まれれば、相手陣へと手を伸ばしやすい。自分は攻めやすく、相手は攻めづらいという陣形を作りだした。

 終盤まで食いついて行って出札勝負にかけたい光輝、それに付き合いたくない舞はここが勝負どころで一気に差を広げる好機と見る。

 試合を眺める山上会長、読手をしながらも戦況を見つめる千代先生も同じく、ここが中盤にかけての勝負所。ここで舞が引き離しにかかれば、たちまちいつもの勝負師たる舞のペースになるはず。しかし、それは普通の選手が相手という仮定の話だ。


(だけど、みーくんが相手なら…………スパートをかけるポイントは()()じゃないのよね)


 しかし、やはり、ここがチャンスとばかりにスパートをかけたのは舞の方だった。舞が連取の後、光輝が1枚取り返すと、舞が再び連取とジリジリと光輝を引き離しにかかる。


(ハナから勝てるなんて思ってなかったけど……!)


 逆転の糸口を探りたい光輝だが、舞の絶妙な送り札もあって、自陣の読まれる回数が多く、舞の攻めのスパイラルから抜け出せない。


(どこかでゆき(ねえ)とも試合をしてるし、それなりにできるんじゃないかと思っていた。でも、攻めて取ろうにも攻め取れない、こっち(自陣)の出札は無理のない速さで取ってくる。送り札の選択が絶妙だ。甘かった…………!)


 どこかで自分は結姫と毎日、取ってるからそれなりの実力はあるんだと自惚れていた。しかし、今回ばかりは相手の格が違う。

 思えば、クイーン候補ともいわれ、結姫にも完勝するほどの選手なのだ。そもそも勝てると考えることがおこがましい。


(まだ、諦めたくはないけど……! 俺はこのままじゃ、一方的に負けるだけだ。せめて、少しでも差を縮めたいけど……)


 そんな感じで試合は進み、光輝19-8舞と束の枚数差が付き始めたところで舞の持ち札が残り10枚を切る。もう、この場にいる全員が自他ともに舞の勝利は秒読みに入ったかと思われた。ただ、一人を除いては。


(舞さんの自陣が10枚を切ったけど、中盤ぐらいから舞さんは勝負を決めにいってる。しかも、その間、みーくんの札ばっかり出てるから札を送る回数も多い。きっと、ここまで暗記に負荷がかかってるはず……

 それにもともと、舞さんはガンガン攻めるタイプじゃない。ここを持ちこたえれば、どこかで手が緩む。みーくん、そこまで踏ん張れるかしら?)


 そう思いながら、頭を抱える光輝を見つめる結姫。


(みーくんの本当の強みは中盤から終盤までのつなぎ。そして、あきらめの悪さ…………そこを見誤ってると、舞さんでも足元をすくわれかねない)


 と、結姫は舞が優位な戦況を見つめつつも光輝では見つけられない逆転の糸口の可能性を考えていた。


(まぁ、自分ではその強みがわかってないだろうし、わかっててもそれが簡単にできる相手ではないんだけど……)


 ところが50枚目を過ぎたあたりで読まれた舞の陣の右下段にある「せをはやみ」を抜群の速さで抜いた光輝。


(あれ? 意外と攻め取れるもんだな。俺の陣に意識が向いてるからか?)


 光輝は自陣にある「みか」決まりとなった「みかのはら」「みちのくの」の2枚ある内の1枚である「みち」を送り札に選んだ。

 普段は音を聞き取りやすい「みかのはら」を送り札として選択することが多いが、劣勢で自陣にシフトしたいためか、「みかのはら」は自陣に残した。その分、暗記は念入りに行った。

 ただ、この送り札が後の戦局に大きな影響を及ぼすことになる。

 続いて、読まれたのは光輝陣の右中段にある「はるすぎて」の札。これをドンピシャのタイミングで払い飛ばしてキープしたのは光輝。それと同時に舞が自陣左中段にある「はるのよを」を払う。セミダブルだ。


(え? 舞さんがお手?)


 確かに友札なので聞き分けのミスでお手付きというのは考えられる。ただ、ここまで動きのない友札で暗記が乱れるということはないはず。

 それにここまで無理のない速さで攻めてきていた舞がこんな3字の分かれ札でつい触れてしまうなんてことあるだろうか。光輝はこの舞のお手付きが不可解だった。


(意外と舞さん、こういうお手多いのよね。ずっと、みーくんの陣を攻めて、札を送りまくってたから、暗記と札の位置の把握が忙しくなって負担は大きい。

 そして、今送った「みち」、送り一発ではなかったけど、ずっと相手陣を意識していた舞さんの意識を自陣に向けさせるには十分。枚数差は今ので10枚は切ったかしら? 舞さんはこのまま勝負を決めにかかってる。でも、それで決めきれなければ…………)


 舞がお手付きによって、光輝から送られてきた札を受け取って、それを自陣に並べた。暗記も兼ねた軽い素振りをしてから、「ハイ!」っと声を出して、気合を入れなおした。

 その様子を見ながら、結姫がさらに思案を続ける。


(舞さん、勝負師って言われてるけど、終盤のあの癖が出てくれれば…………終盤勝負まで持ち込めれば、みーくんの取りを見誤ってるままなら、まだ、勝ち目は残されてる!)

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