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かささぎ橋かるた会にVIPなゲスト

 今日はかささぎ橋かるた会の練習日。木曜なので、小中学生が参加する日だ。

 この前、大会に参加したばかりだからか、光輝(みつき)は無性にこいつらの前で取りたいと思ったのだが、そこは我慢。

 あくまでも普段通りに接して、ちゃんと結姫と協力して指導に専念しよう。ただ、その結姫(ゆき)がやけにそわそわして落ち着かない様子。


「ゆき(ねえ)?」


「え!? な、なに、みーくん」


 急に呼ばれてびっくりした結姫に光輝の方が驚いた様子だった。


「いや、なんか、様子が変っていうか明後日の方向、向いてる気がするんだけど……」


「う、うん。ちょっとね……」


 なんか、はっきりしない。そわそわしてるというか、緊張もしている様子だ。

 普段の練習なのに一体?


 そんな様子の結姫が気になったが、試合が始まると、それぞれの試合の監視に集中するところは切り替えが早い。だけど、時折、時間やバイブや音声などを切っているスマホの通知の様子が気になるようだった。

 この日は比較的、テキパキと進んだこともあり、19時前に二試合をこなすことができた。


「はい、みなさん。今日もがんばりました」


 結姫が上座に座って、前に座る子どもたちの前でさよならの挨拶をする。一方の光輝は下座で安座を組みながら、後方からその様子を眺める。

 ずっと、結姫の様子が気になっていたが、特に何事もなく終わりそうなので拍子抜けというか、杞憂に終わったという感じだった。

 そして、結姫が連絡事項などを言っている最中のことだった。


 ピンポーン。


 あまり聞き慣れない離れのインターフォンの音。そもそも、勝手知ったる人なら、静かに入ってくるし、迎えの保護者はそのまま玄関の外で待っている。  

 ということはここに全く来たことがないゲストということ。


「来たわね……」


 結姫がそうつぶやいて、立ち上がると、玄関の方へ出向いていく。ずっと、結姫が気になってた客だろうかと光輝は察する。


「どうぞ、お入りください」


 遠く玄関から、結姫が誰かお客さんを迎え入れたようだ。そのお客さんの足音が聞こえてきて、みんなが集まる大広間へとやってくる。

 そして、襖がスーッと開かれると……


「いやー、邪魔するでー」


 しゃがれつつも威厳ある声を放つ関西のかるた界のドン・山上会長。

 つい、4日ぶりぐらい。もう、何年もお会いしてなかったのにこの2週間ほどで3回ぐらい会ってる。

 その横にいたのは大阪明星会の女流エース・桑野舞。この人もこの前の総文祭の予選会で見かけた人物だ。この日は平日ということもあり、仕事帰りなのか、カジュアルな感じもありつつ、フォーマルな私服を着ている。

 もう一人はお年を召した女性だが、とても姿勢がよく背筋がピンとしており、和服が似合いそうな方だ。

 いや、光輝はすぐに気づいた。


(この人、会長の奥さんだ……)


 元クイーンで現在は専任読手も務め、名人・クイーン戦などでその読みを聞くし、読んでる姿も見る。

 かるたをやってる人なら、なんとも気圧されてしまうお三方の登場に子どもたちもどうしていいかわからないといった感じになってる。

 かくいう光輝も事態を呑み込めないのだが、とりあえず、光輝は安座していた足を正座にして、居住まいを正す。そして、子どもたちにも同じようにしろと合図を出す。


「とりあえず、挨拶しろ。こんばんは、だ」


 光輝がお三方に向けて、上体を下げた後に子どもたちの方に顔を向けて、ぼやくように言う。すると、子どもたちも同じように「こんばんはー」と挨拶する。


「これは失礼しました。こんばんは」


 その挨拶に対し、会長も座り込んで、上体を下げて挨拶する。


「こんばんは」


「こんばんは。ご丁寧にありがとうございます」


 会長に続いて、舞、会長の奥さん・千代先生が続いて座り込んで挨拶を返す。

 さすがに礼節を重んじるだけあって、この辺を率先して行えば、たとえ上の人たちも真摯に返してくれる。この辺は結姫がこのかるた会では口酸っぱく言っている。日頃の行いの成果だ。


「本当に今日はようこそ、お越しくださいまして……」


「いやいや、こちらこそ、ちょっと遅くなってしもうてな」


 結姫と会長ご一行がなにやら打ち合わせっぽい話し合いをしていて、光輝や他の子どもたちは蚊帳の外状態になっていた。


「みつき兄ちゃん、なんで桑野舞さん来てるのー?」


「いやー、なんでだろうねー? 俺にもわかんねーや」


 唐突な展開に子どもたちのこの疑問はごもっともであるが、聞かれた光輝は「そんなんこっちが聞きてーよ」状態である。会長が来てるのはなんとなくわかるんだけど……と、総文祭絡みの話だろうと光輝は察するのだが。


「ゆき姉ちゃんと舞さんが試合するのかなー?」


 しびれを切らして、いろんな憶測をワクワクしながら言う子どもたち。

 といっても月一で大阪明星会で練習はしてるだろうから、わざわざ仕事帰りにここまで試合しに来るとは思えない。

 そうこうしている間に結姫と会長ご一行の話し合いが終わったようで、結姫が光輝たちのもとへと寄ってくる。


「ごめんね~。今から、ちょっと大事な試合をします。遅くなるので、遅くなったらまずい人はもう帰ってもいいからね」


 結姫がそう言うと、子どもたちは帰るそぶりは見せない。


「ゆき姉ちゃんと舞さんがとるの?」


 ある女の子がそう言うと、結姫がふるふると首を振る。


「取るのはみーくんだよ」


「え?」


 結姫がそう言うと、子どもたちはもちろんだが、光輝が一番驚きの声をあげた。彼が呆気に取られてる間に結姫が舞に着替えの場所を教えている。


「誰があの舞さんと取るって?」


「だから、みーくんだよ?」


 光輝が念のため、もう一度、聞き直すと、結姫はにこやかな顔でさらりと言ってのける。


「ちょっと待って。理解が追い付かない……」


 光輝が右手で頭を抱えつつ、「ノー」というジェスチャーを交えて苦悩した表情で言う。


「えーっと、この前の総文祭の選考会でみーくんはグループリーグを1位通過という素晴らしい成績を残しました。初戦こそ苦戦しましたが、あとの2戦はC級二段の相手の男の子にあわや20枚差で勝利するなど他を圧倒する戦いぶりでした」


 結姫がそう説明すると、子どもたちからは「えー! 嘘だろ!?」「みつき兄ちゃんが!?」とか普段は結姫の指導や助言に素直になるのに、今回ばかりは光輝と一緒に疑いの目を向けられている。


「ホントだよ~。たぶん、みんなよりもずっと強くて上手なのよ。冗談抜きでこれまでは『俺はまだ本気を出してないだけ』って感じだったの」


 結姫が低音中二病ボイスみたいな感じで言うが、なんかコミカルに映るその様子に光輝は苦笑いを浮かべていた。というより、事態の理解ができないまま、苦笑いが止まらない。


「だからって、なんで俺が舞さんと取るのさ」


「こっからはワシが説明しようか。要は昇段試験や。普通は公認大会で入賞とかして上がるんやけど、各会の代表者が実力相応と認める者という昇段基準もあるんや。で、今日の舞ちゃんとの試合の内容で何段か、何級か、こちらで判断させてもらうわけや」


「私は大会で結果を出して、昇段するのが一番だと思うんだけど、さすがにみーくんの強さだと、ED級の人たちが可哀そうかなと……」


「はぁ、そういうことですか……」


 もう、話が唐突すぎて、とにかく受けざるを得ない空気になってきてて、何がなにやら……頼むから、こういう話は事前にしておいてほしいと光輝は頭を抱え続ける。


「私は特別扱いすることなく、一つずつ上がっていくべきだと思います」


 あまり口を開かなかった千代先生が厳しい口調で言う。夫の山上会長とはまた違う威厳がある。ただ、光輝もこの意見に同意だと、その厳しさが有難く映った。


「ですが、会長が言うなら仕方ありません」


 ところが千代先生も旦那さんには頭が上がりませんと、結局、しぶしぶ賛同したようである。

 どうも、光輝を置き去りにしたこの話の流れは止められそうになく、光輝も段々、受け入れるしかないと半ば諦めの境地に入った。


 襖がスーッと開くと、ボーダーのポロシャツと紺色のジャージに着替えを終えた舞が現れた。


「こっちはいつでも準備はいいけど、四条君はどう?」


 舞が柔和な笑顔を振りまきながら優しい口調で言う。


「こっちからの急な提案だし、もちろん、四条君には断る権利はあるわ」


 舞はそう言うが、もう着替えて臨戦態勢に入ってるというのに今更、断れる空気にはならないだろう。


「いいですよ。俺もいつでも大丈夫です」


 もう、腹は括った。

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