光輝、7年ぶりの対外試合⑦~無段の天才、覚醒の時~
暗記時間が始まって、5分ぐらい。光輝は席を立って、頭の整理に加えて、スポーツドリンクとブドウ糖の経口ゼリーを口に入れて、糖分を投入する。
かるたは本気でやると、糖分の消耗すごいから、ぐびぐび飲んでも糖尿病には程遠いだろう。そして、ソシャゲの時間経過によるミッションを消化しつつ、3分ぐらいして自分の席に戻ると、なにやら周りがざわついていた。
「失礼しました」
そう言って、再び席に座る。先ほどまでは胡坐をかいていたが、今度は正座を崩し、右足を少し引いた座り方(いわゆるかるた座りという)で上体を少し前傾姿勢にして、右手を後ろに回し、物を数えるような指の動きをして札の位置や読まれた時のイメージをしながら、暗記の最終チェック。
「2分前です!」
そんな暗記の最終チェックをしながら、暗記終了2分前の合図が結姫の口から出る。
(ん?)
ここで光輝はようやく異変の正体に気付く。これまで舞がやっていた試合進行や見回りの役を結姫がメインでやっているではないか。そして、読手は桜花女子の顧問である斎藤先生ではなくて舞になっている。
「え? 何が起きたんだ……?」
みんなが素振りをしてる中、光輝だけが困惑し、思わずぼそっと口から漏れた。
ただ、この会場の畳の払いの感触や空気感にも慣れてきたし、ちゃんと札の配列も頭に入っている。
さっきの試合に比べれば、圧倒的にいい状態で試合に入れそうだ。舞の読みと波長が合うかどうかというところだが。
「時間です! 読手はA級公認読手の桑野舞・六段です。試合を終えられた選手は『あまつかぜ』の札を一番上にして、受付の斎藤先生のところへ持って行ってください。それでは始めます!」
結姫の試合開始の合図とともに、光輝を含めた場にいる選手全員がお互いの相手、読手の舞へ「よろしくお願いします」と言って一礼をする。そして、舞が直立不動のまま、すう~~~っと息を吸い、
「なにわずに~~、さくやこのはな、ふゆごもぉりぃ~~」
先ほどのおしとやかなのに凛として、芯の強さを持ったのとは別によく通る透き通った力強い読みが柔道場に響く。
さすがはA級公認読手。
まだ、序歌を聞いただけだが、実家のような安心感のような聞きやすさだ。余韻も震えるような感じがない。
(これなら……!!)
光輝はかなりのところまでやれるはずだと思って力強く構えた。
「よをこめて~」
シュパッ!
一閃とはまさにこれとばかりに自陣左中段にある「よをこめて」の札を拾う。相手の仙崎も手を伸ばしていたが、札へ手が下りずに俺がその手の下を掻い潜った。
(くそっ、いい札やったのに攻め取れんかった……!)
仙崎としては出鼻を挫かれた。だが、まだ、たかが1枚だ。
その後は仙崎が自陣「むらさめの」を守り、タイに戻すと、次は光輝の右下段に固まった「せをはやみ」、「おおえやま」が読まれて、その2枚は光輝が自陣でキープする。
ここで仙崎は違和感を覚える。
(コイツ……めっちゃ守り速いな。珍しいな、守りがるたか?)
(なるほど。まだ、10枚も読まれていないが、こいつの手の動きからある程度はどんなタイプかは読めた。2枚目の「む」を捨てたのは正解だったかな)
仙崎が違和感を感じていたのに対し、光輝は仙崎の取りの特徴を捉え始めていた。
(こいつ、典型的な攻めがるただが、得意な方向と苦手な方向が偏りがちだ。自陣、相手陣ともに右側が得意な身体の動きをしている一方で、左側は手が伸びにくいように見える。1枚目の「よを」の反応を見てもな……)
そして、光輝は自陣右上段にある「みせばやな」をシュパッと払い飛ばす。
(反応そのものは俺よりも上だが、札の払いに関しては粗さがある。相手の上段や自陣の上段を払ってひっかけるお手付きをいやがってるのか? 払いの動きが下段とかに比べるとぎこちないな……)
大阪明星会に所属する選手は最初に教えられる自陣の定位置がある。
その定位置では左上段に札を置かない。この辺の高校もその影響を受けているのだろう。さっき、試合をした佐藤もそんな配列だった。
だが、A級以上に上がると、定位置も我流になっていく。無論、光輝の毎日の練習相手である結姫も浮き札を主に左上段に置くから、光輝はその払いの練習もできている。
おそらく、ここにいる人たちも大会とかでは左上段に札を置く相手をした経験や払い練などはしてるのだろうが、A級レベルでの対戦はあまり経験していないはずだ。
結姫と対等に渡り合うには下段はもちろん、左だけでなく、右側の上段も抜けなきゃ勝負にならないから、自然と光輝にはそういう技術が備わった。
(仙崎の構え、重心の特徴からして、上段に穴がある……!!)
これなら、こっちの浮き札を無理に減らす必要はない。相手が狙ってくれればそれでよし、狙ってなければ多少、反応が遅れても拾えるはずだ。
(終盤の速さ勝負になる前に、できるだけリードを広げるぞ!)
「あきか……」
ダーンッ!!
ここまでお互いに自陣の札を取り合う中で、13枚目に読まれた「あきかぜに」で光輝が相手陣右上段の1列を払い飛ばし、この試合初めての相手陣での取りとなる。光輝は自陣にある「あまのはら」と「あまつかぜ」を分けるために「あまつかぜ」を送り札に選択する。その直後、
「あさぼ――」
決まり字の長い大山札が読まれ、仙崎が手を伸ばすが、
「!?」
仙崎は思わず目を疑った。既に光輝は右下段の端にある「あさぼらけう」を囲い手で覆っていたのだ。
「――らけうじのかわぎりー、たえだえ~に」
出札が読まれると、光輝はすかさずスッと手を下ろして柔らかな押さえ手でキープ。
(なんや、今の囲い手……札が見えへんぐらい、俺の手が入る余地がないぐらいに低く手で囲ってた……こいつ、マジで何者やねん!?)
「仙崎先輩、なんかヤバくない? まだ1枚しか取れてないよね?」
「出札が悪いんじゃね? 相手、守りかるたっぽいし」
この大会に出場していない部員たちからはまだ序盤だからと楽観視した声をひそひそと言っているが、A級を意識する立場にいる仙崎は自分がさっき感じた違和感を理解しはじめた。
続く光輝はさっき分けたうちの自陣に残した「あまのはら」もキープする。
(出札はいいのに、攻め取られへん……)
ここまで出札は仙崎陣が2枚、光輝陣が8枚。攻めがるたならば、出札がいいのは間違いなく仙崎。一応、光輝も攻めタイプなので光輝としてはこの出札は正直きつい。
だが、ここまでほぼキープできているのだ。長い大山札も短い一字札も、そして分けられた3字札も自在に取れている。
だが、光輝は守りに入っているわけじゃない。
「めぐりあいて~」
パチィーーーーンッ!!
そんな音を立てて、仙崎陣左下段の「め」を光輝の右手が強襲する。しっかり、1字の半音、いや、そこまでは速くない。0.75字といった速さで反応できた。
一方の仙崎は空札でも果敢に反応していたのに、今の「め」では一字札にも関わらずぴくりとも手を動かせなかった。さすがに今の光輝の取りを見て、まだ無段と侮っていた見学中の春日山、桜花女子たちの部員も唖然としている。
(おいおい、守りも速いうえに、攻めもしっかり聞き分けて速く取ってくる……空札なんか、ピクリとも動かんし……しかも、払いも正確、ほとんど札直やないか!)
その間も光輝はしっかりと舞の読みを聞き分けて、取りを重ねていく。空札にもしっかり反応して、手を止めることができている。
(こ、こんなバケモンに、勝てるわけないやろぉぉぉぉ!!)
仙崎は直接、相手しているだけあって、その光輝の無段とは思えない技術、反応、音の聞き分け、それらの圧を畳の上で感じている。
仙崎はA級を意識しているため、他のD、E級の部員よりも相手の強さを感じ取れたのだ。逆に言えば、C級二段とはいえ、仙崎もそれがわかる強さと技術を持っているのだ。
(あら~、仙崎君。みーくんに完全に感じ消されちゃってる。1試合目はあんなに元気よかったのにー)
見回りをしていた結姫が二人の試合を不意に眺めると、そんな感想を抱いたようだ。
(こうなると、仙崎君は無理な速さで突っ込んじゃうだろうから、お手付きで自滅してさらに枚数差を広げちゃうかな)
結姫の予想通り、この後も仙崎が必死に手を伸ばしたり、自陣の札を囲いにいくも光輝がその手を掻い潜るように取りを重ねて、枚数差が広がると、思うように札が取れずに焦った仙崎は「うらみわび」で「うかりける」を払ってしまうお手付きをしてしまう。
(チャンス! 終盤勝負に持ち込ませないようにここで一気に差を広げる!)
メモ
>右手を後ろに回し、物を数えるような指の動きをして札の位置や読まれた時のイメージをしながら、暗記の最終チェック。
これは自身が現役時代にやってた暗記の仕草です。たまに配信などでも見かけますが、手を体の前で必要以上に動かしながら、暗記をする人もいます。私も大会で相手がやってるのを見て、当初は真似しましたが、師匠的存在のA級選手に「相手にぶつかるかもしれないし、危ない。人によっては気が散るって言われるから、せめて動きは抑えて」と言われて、やらなくなりました。師匠と同じく後ろに手を回して、数えるような仕草で暗記するようにしました。
実際、外から見てても激しく手を振りながら暗記する姿は優雅さがないので、やめた方がいいと思います。




