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光輝、7年ぶりの対外試合④~ついに無段の天才が実力を発揮しはじめる~

 心が折れていた光輝(みつき)だったが、ガキの頃から身に付いた経験と技術というのはなかなかしぶとい。

 試合は中盤から終盤に差し掛かろうかというところ。光輝15枚、相手の佐藤陣は7枚とついに10枚を切った。枚数差としては8枚差、まだあきらめるには早い枚数差。

 ただ、残った枚数は重たく感じるし、佐藤は10枚を切っており、そろそろ決まり字も短く決まって、ラストスパートをかけてくるところだろう。反応の速さは間違いなく光輝以上。

 ここまで決まり字の長い大山札や山札、友札を聞き分けて拾ったり、相手のお手付きで自陣を減らしてきたが、さすがにそんな誤魔化しは限界が来ている。


 もう、ダメか…………


 次の札が読まれるかと思ったその時だった。そろりと結姫(ゆき)がある物を抱えて、戻ってきていたのが見えた。

 そして、結姫が舞に「少し試合を止めて」とでも言いたげな手を上げる合図をして、そろりと光輝の方へと近づいてきた。それを見た光輝は相手の佐藤に「失礼します」と言って立ち上がり、近づいてくる結姫を迎える。


「はい、これ!」


「お、おう」


 そして、結姫がずっと抱えていたものを光輝に手渡した。

 それは座布団だった。


「もう、ジャージは履かないし、ひざにサポーターするわけでもないのに、こんな大事なもの忘れて~」


「いや、いつも和室にあるからさー」


「これで、少しは普段通りできる?」


「どこまでやれるかわかんねーけど、この人の読みの音も少しつかめてきた。これで少しは相手陣まで踏み込んでいけるし、それなりにはやれるかな」


 光輝は読手の殿山の方を見て言った。

 殿山も試合が進むにつれて緊張が解けたのか、声がびりびりしたり、粗さが消えたわけではないが読みのリズムが少し安定してきたのだ。

 ただ、いつも花山邸の和室で使用しているものよりはやや小さめ。多少の違和感はあるだろうが、ないよりはマシという程度だろう。


「それに一人でも味方がいてくれれば十分」


「そっか。期待してるよ、逆転劇。こんな試合、慣れっこでしょ?」


「誰かさんが本気出してやらねーからなー……」


「うるさいな」


 結姫はそう言って、ぺちんと光輝の肩をはたいてから、柔道場の壁際のスペースへと戻る。光輝も自分の席へと戻る。

 そして、結姫からもらった座布団をボフっと置いて、その上に座り込み、相手に「失礼しました」とまずは礼をする。そして、ブンっと右手を軽く一振りだけすると、


「すいません! お待たせいたしました。お願いします」


 光輝がそう言うと、舞が殿山に向かって、OKのサインを出し、殿山が出札の下の句を読み始めて、試合が再開された。

 殿山の余韻に合わせて、光輝は座布団に膝から自分の体重を乗せるようにぐっとわずかに前へ出る。


「こいすちょう~」


 ダァーーーーンッ!!


「!!」


「こい」決まりの「こいすちょう」、光輝は相手陣右下段にある出札をスパーンと切り裂くように1枚のみを綺麗に払った。揉めるのを許さない文句なしの取りだ。

 その取りを見ていた結姫は「やっとか……」という呆れたような糸目をしていたが、舞や山上会長は目を見開いていた。明らかに今までとは取り方が違ったのだ。

 そして、光輝は迷わず、「いま」決まりとなった「いまこむと」の札を送る。光輝陣左に「いにしへの」の札があったためだ。

 これは光輝としては勝負をかけた送り札だ。間違いなく、この「い」の札の取りが勝敗を分ける、光輝は直感した。

 大会の参加経験こそ乏しいが、A級選手である結姫とは1年間、ほぼ毎日、1試合以上は取っている。それを6年間続けている。これまで軽く1500試合以上は取っているのだ。

 根拠があるわけではないが、そんじょそこらのC級やB級の選手なんかより勝負勘のようなものは持っているという自負がある。

 そして、なによりも座布団を膝にあてれるようになったことで膝の負担よりも体の重心を前に押し出す際の違和感がなくなったのが助かる。おかげで踏ん張りが効くようになった。

 フォームも安定し、読手の読みにも波長が合ってきたのもあって、取りに迷いがなくなった。それは明らかに光輝の表情にも出ているようだ。


(明らかに今までと顔つきが変わった……!? 見事な突き払いだったけど、1枚だけならまぐれってことも……)


(うんうん。いつものみーくんだぁ)


 少し抜けてるような脱力気味の表情の中にもキリっとした勝ち気な表情になっている。

 自信と自然体が備わり、力を抜きつつも、力を発揮する、という理想的な状態に仕上がってきた。


「ゆらのとを~」


 相手陣の左下段の端にあった「ゆら」の札を光輝がパシッ!と払った。しかし、相手も内側から出札の方に反応した。お互いに散らばった佐藤の左陣の札を取りに行く。

 そして、光輝が送り札を送ろうとしたら、


「今、私が先にここから払って、札を出しましたよ」


 佐藤は札押しで出札を飛ばしたのは自分だと思っているようだ。


「いいや、そいつは違うな。確かにアンタは内側から入って、札押しで飛ばしたように見えたかもしれないが、俺の方が先に出札に直接触ってたよ。飛ばしたのも俺だ。全然、問題にならねーよ」


 そう言って、光輝は「話は終わりだ」とばかりに送り札を送り付ける。ただ、佐藤はそれを返して、


「いえ、ですから、札が飛んだのは私が札押しで払ったからです。あなたの手が触れたのはそれからですよ!」


「そこまで見えてたのなら、なおさら俺の取りだろう? 札押しで飛ばして、競技線の外から出ているのなら、アンタの取りだが、俺が出札に触れて競技線の外に出てないのなら、俺の方が先に出札に触れてたということ。そして、飛ばしたのも俺。全然、問題にならねーって」


「いや、でも、私が払ったときに出札も動いてて……」


「あのなー。アンタ、さっきから動いただの、札押しで取っただの主張してるけど、競技線から出てない以上、直接、先に触ったか、触ってないかの問題だから!」


 光輝がまくしたてるように言うと、スッと舞が光輝たちのところへ近寄ってくる。


「すいません。今の取り見てたので、判定を言いますね」


 目の前にいる佐藤は緊張した面持ちになるが、光輝は自分の取りに自信があったので動じる様子はない。


「こちらの取りです。どうぞ、すみやかに札を送ってください」


 そう言って、光輝の方にスッと手を差し出した。

 そして、光輝は第三者からの判定を得たので遠慮なく、先ほど送ろうとした送り札を選択する。

 相手は少し冷静さを欠いたか、送られた札の自陣のフォローではなく激しく光輝陣へと素振りをする。攻めの意識が見られるが、ただ闇雲に素振りをしているように見える。畳を叩くような。

 そして、1枚、2枚と空札が続く。ここで、激しく光輝の陣を素振りする佐藤の様子を見て、そろそろかともう一つ仕掛ける。


「いにしへの、移動します」


 ここで、光輝は「いにしへの」の札を自陣左下段から右中段へと移す。あからさまに狙ってるのわかるし、狙いはあくまでも前に送った「いま」決まりの「いまこむと」。

 光輝の経験と勘がはたらくなら、間違いなく、そろそろ読まれるはず。そう思っていた矢先の空札が二枚続いた後の下の句の余韻の後、


「いまこむと~」


 ババンッ!!


「い」の音にお互い反応し、敵陣に手を伸ばした結果、光輝が出札を取り、相手は「いに」を払いお手付き。いわゆるダブルだ。光輝は送り札を一気に2枚送れる。

 これで佐藤8枚、光輝11枚。さっきまで最大8枚の差があったのが、あっという間に3枚差、十分に勝負できる枚数差まで縮めた。

 こうなると、追う者の強みというやつで、今のダブルで手が止まった佐藤は攻めるべき札を取ることができず、決まりの短い札さえも光輝に自陣でキープされるようになってくる。

 一方の光輝は「い」決まりになった「いにしへの」など決まり字が短くなった札を中心に送り、こっちは攻めやすく、相手は攻めづらいという構図を作る。

 さらに一字札の「せをはやみ」など攻めにいかないと取られないような札も少しは自陣に残し、相手の手の動きを封じていく。こうして、光輝は終盤は縦横無尽に取りまくり、10連取。そのまま6枚差で佐藤に勝利し、7年ぶりぐらいの大会での勝利をしたのである。


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