光輝、7年ぶりの対外試合②~アウェーの洗礼を浴びる~
用語説明
以下、全日本かるた協会のルール詳細より。
出札:読まれた札のこと
競技線:選手が座る前方、横87センチメートルの陣の端っこ、または外周の各辺のこと。出札に直接触るか、この各辺を札押しで競技線から出た場合は取りが成立する。
さらに上中下段の間に各1センチメートルをあけて縦 に札3枚が並ぶ範囲を定め、各々の陣とすると、ルール詳細の4条にある。双方の陣の上段の間隔は3センチメートルとし、左右の競技線の延長線は一致させる。ちなみに1センチは大体、人差し指1本分ぐらい。
こんなものぐだぐだ読むより、名人・クイーン戦の動画や某すごい漫画見るのが一番手っ取り早いです。
光輝は大会の経験は少ないし、久しぶりだ。しかし、ここにいるほとんどはかるたを始めたのは高校からだそうだ。あるいは光輝みたいに小学生の頃はやっていたが、高校の部活で再び始めたという例。
しかし、光輝は小学校の低学年の頃からやっているし、この6年ぐらいはずっと結姫の練習相手に付き合っている。かるたの競技歴自体は間違いなく、この面子の中では一番長い自信はある。普段の練習でも体調がいい日や微妙な日、疲れた状態、忙しい中での試合など数多く経験している。
(たとえば、お前たちは部活が休みになる試験前や試験期間中は取らないだろう? でも、俺はそんな時でも自主的に練習してるし、1試合だけでも取ったりしてるんだよ……!)
試験勉強の現実逃避の理由もあるが、そこはかるたで鍛えた暗記力もある。定期試験程度だったら、一夜漬けでなんとかなるので赤点などは取ったことはない。だから、少ししっくりこない程度のコンディションでも取る術は身に付いてるのだ。
これが結姫みたいなA級選手が相手なら絶望的だが、相手はせいぜいDかC級に近い程度。ここまではなんとか誤魔化せている。
しかし、試合が中盤に入ろうかというところ。「おぐらやま」が読まれて、光輝は相手の右上段の左端にあった出札を払ったはずだった。
いや、払った。光輝が自陣の札を相手に送ろうとしたところで、
「今のは私が払いましたよね?」
「え? いや、俺、札直(札に直接、触れること)で取ったんですけど……」
「でも、私の方が早くに払いましたよ」
「いや、早くも何も札直…………」
あれ? なんか、話通じない。
「あなたが取る前に私が札払って、飛ばしてるんですよ」
揉めている様子を見て、舞が仲裁に入りに来る。とりあえず、それぞれの言い分はこうだ。光輝はとりあえず、出札を札直で取ったことを主張すると、
「私はあなたが取るより、先に出札を札押しで飛ばしました。競技線からもちゃんと出ていたと思います」
「え? えぇ……? その前も何も…………」
「何か言い分あるなら、ちゃんと、はっきり言ってくださいよ」
(え? 言っていいのか?
アンタ、俺の手の様子、全然見えてないだろ。アンタが俺の陣の「おくやまに」に手を伸ばしてる最中に俺が先に払ってるんだよなー。たぶん、アンタが見たって言う札押しの出札は俺が先に払った出札だぜって言いたいんだけどねぇ……)
そんなことを心の中で早口で言う。
ただ、ここまで、はっきり言うと、この後の試合もあるし、いろいろ波風立ちそうだし、上手い言い回しも見つからないしと光輝は胸に秘めた。
そういえば、取りで揉めるっていう経験も最近はあまりしてなかったなと思うのだった。
「う~ん、ちょっと、お互いの言い分が食い違っていますので、セームで進めていただけますか」
思わず、「えー、マジかー」という表情を出してしまう光輝。判定としては不服だけど、舞は直接見たわけじゃないから、話聞いただけじゃそういう風に言わざるを得ない。
「はい、わかりました」
光輝は今回の判定を甘んじて受け入れ、送ろうとした札を自陣の定位置に戻した。俄然、勢いづいた佐藤は激しく素振りをして、光輝は切り替えようと首を振りながら、どうしても「おかしい……」と今の判定に対してと、どうにも乗りきれない自分の取りへの不満を漏らしてしまう。
そもそもとして、光輝が競技線内に残すようなまずい取り方をしてしまったミスだ。“いつもの自分”ならば、そんな隙を見せるような取りはしない。
その後も一進一退の攻防で互いに抜け出せない状態が続く。相変わらず光輝の取りは冴えず、さっきの疑惑の判定を引きずって、どうにも集中できない。相手の佐藤は粗い取りながらも勢いに勝っているといった感じだ。
そして、何枚目かだったかあやふやなところで、自陣の右中段の真ん中あたりに置いてある「たま」を光輝が払う。少し遅れたが、光輝には払った感触があった。しかし、それなのに佐藤は送り札を光輝の陣に置いた。
「え? 今の俺が直接、出札にさわってたでしょう?」
「いえ、その前に私があなたより先にここから払って、札押しで飛ばしてます」
「えぇ…………確かにあなたの手もこの位置には来てましたけど、セーム(※)以上には…………」
(※同時のタイミングでとった場合、出札の出た陣が優先されるルール。この場合、光輝陣の出札のため、光輝の言ってることが本当なら光輝の取りになる)
そう光輝が言うと、周りの視線に気づく。他の桜花女子の女子部員、周りにいる選手、春日山の部員などが試合を止めてる以上、このやり取りを見ているのだが、なんとも冷ややかだ。
「コイツ、無段のくせに言いがかりだけは立派だな」と言わんばかりに。クスクスといった笑い声も聞こえてくる。
さらに光輝は見てしまった。結姫が突然、席を立って、柔道場から離れていく姿が。
きっと、自分のこんな情けない姿は恥ずかしくて見てられなくなったのだろうか。
(明らかにひどい取りしてるもんなー、今日。いくら慣れない場所、慣れない相手、慣れない読み手だからって……)
単に愛想をつかれてしまったか。
完全アウェー状態の中で唯一の味方もいなくなった光輝はなんか、すべてがどうでもよくなった。
(あー、俺、また、こんな視線浴びるためにこの世界に戻ってきたのか……一体、なにしてんだろうな…………)
光輝は無言の返事で佐藤からの送り札を受け取って、もめ事を終わらし、試合を再開させる。あとは流れ作業で適当に試合をこなすか。この空間、もういたたまれないし、いっそ、二試合目からは棄権するかな、なんて思うのだった。
『みんなもやる気ないなら、帰れよっ!!』
小学校の頃にこう言って、みんなから本気にしてバカみたいと冷ややかな視線を浴びたのに、今は高校の部活動で本気でかるたに向き合ってきた人たちに冷たい視線、さらに嘲笑されているときた。
そういう星の元に生まれてきたのかなーと思った光輝はもう心が折れていた。




