俺は無段のかるた選手。普段は普通の男子高校生やってます
「やまのおくにも~、しかぞなく~なる~」
今じゃ国語や古典の授業中に聞くと、つい眠くなってしまう百人一首の歌だ。全文は世の中よ……よのなかよ……あれ? なんだっけ? 詠み人は皇太后宮大夫俊成っていうのは覚えてるんだけどなぁ。
しかし、現在、ガキの頃から聞き慣れた歌が聞こえる場所は高校の教室じゃない。柔道場の柔道畳の上。そして、とてもじゃないけど、眠くなるような状況じゃない。
歌を詠みあげる読み手の声が響いた余韻のあとの1秒を置いて、
「ひさかたのー」
ダダダダダンッ!!
次の歌を詠みあげると、無数の激しく畳を叩く音が柔道場に響き渡る。それと同時に場に置かれた百人一首の札が乱雑に飛び交う。
「ふぅ……しんど」
そして、俺は一目散に自分が払い飛ばした「しつこころなく はなのちるらむ」と書かれた札を気だるげな表情をしつつも、立ち上がって取りに行く。
そう。ここは畳の格闘技と呼ばれる競技かるたの大会会場。そんな中で普段はボケーっとしてると評判の俺がいるだけでも不釣り合い。さらに場違いなことにこの試合会場にいる全員が有段者の中、
俺だけ、無段なんだよなー。
* * *
キーンコーンカーンコーン。
この日もみんなが待ち望んだ本日の授業終了のチャイムが鳴る。教室内には30人ぐらいの男子の野太い喋り声でざわざわし始める。内容は今日の部活、帰りにどこ行く? といったようなものだ。そんな喧騒の中で黙々と帰り支度を始める陰キャ組の野郎ども3人組。
「よう、光輝。今日、帰りラウサン寄っていかね?」
「四条君、ゲーセンもいいけど、今日はこちらのソシャゲのミッション一緒にやらないか?」
男二人に放課後の誘いに呼ばれた男の名は四条光輝。下校前に様々なクラスメートから放課後のお誘いを受けていた。
さて、男子30人って多くね? って思った人もいたことだろう。というのも、彼らの通う翔国高校は男子校だ。中堅の進学校から底辺校ぐらいの偏差値の生徒を幅広く受け入れ、それぞれコース別に振り分けている。
また、スポーツ推薦の生徒を中心に集めたアスリートコースなどを併設。以前は不良が集う漫画にありがちなヤンキー底辺校だったようだが、現在は今のように改革したことで校風が改善。
少子化で続々と共学化が進む学校が増える中、逆に男子校というブランドを生かして、生徒数を増やし続けている。今では全校生徒数が2000名を越えたという。
そんな光輝の教室での立ち位置だが、教室の隅っこにいるような陰キャでもなく、かと言ってカーストレベル上位の陽キャでもないってところだ。
比較的、陰キャ寄りだとは思うが、陽キャみたいなヤツとの付き合いもあるし、進学講座などで一緒になる陽キャの典型でもあるアスリートコースの生徒からは成績上位の俺の勉強の方法やノートを見せてくれと頼まれることもある。
体育会系の生徒っていうのは勉強せずに部活一辺倒のイメージがあるが、全国やインターハイ、甲子園を本気で狙ってるだけあって向上心の塊。意外と何事にも勉強熱心なのだ。実際、今のスポーツ強豪校は学業成績も多少は見られることもあるようだ。
そんな中、光輝は友人二人から放課後の付き合いに誘われた。特に用事もなければ、両方の誘いに乗るところだが、
「悪い。今日、俺、ちょっとバイトみたいなのがあるんだ」
「おっ、そうか。そりゃ残念だな」
「そういえば、今日は木曜日。毎週、木曜日は四条君はいつもバイトとは別の用事入れてますよね? ボランティアか何かですか?」
メガネをクイッと上げたインテリっぽい男子生徒(ただ、光輝の方が成績は上)が、光輝の習慣を思い出したかのように言った。普段は夕方、コンビニでバイトをしているのだが、今日はシフトは入っていない。バイトとはまた別のバイトのような用事があるのだ。
「ボランティアか……まあ、たしかにそうだな。ただ、今すぐってほどでもないから、帰り道ぐらいまでなら付き合うぜ」
「ふっ、なら電車の時間までソシャゲのミッションに付き合ってもらいましょうか」
「おっ、いいな。俺もやる」
お調子者Aとインテリ系メガネBと光輝の3人で教室を出て、下校を始めた。学校の最寄り駅に到着すると、待合室で今ハマってるソシャゲのガチャの戦績を見せ合っていた。
『君に会えて、うれしいな』
光輝のスマホからガチャの演出とともに美少女の声が惜しげもなく漏れる。光輝はイヤホンは使わない主義で、消音処理をしていないと、どうしてもこういう事故が漏れてしまう。
「これ、無料10連で当てたSSR詩織。」
光輝がこれ見よがしに2人に見せびらかすと、2人は「おー!」と感嘆の声を上げる。消音にしてもいいのだが、せっかのボイス入りのSSRキャラを当てたのに、それでは味気ない。
「俺、詩織ちゃん来ないどころか無料10連、期間中爆死だったよ」
「さすがは四条君。普段から徳を積んでるからこそ、こういうところで強運を発揮するんだね」
「ははっ、こういうところで運を使うのもどうかとは思うけどなー。でも、ガチャを天井まで回して当てたって報告相次いでるから、すげー引きがよかったのには違いないな」
非常に出現率が低いSSRカードのため、どうもこの詩織はユーザーの間ではラスボスと呼ばれているようである。
「あー、光輝はいいなー! スマホの中だけでも彼女ができてよー。俺らなんか現実で彼女できないのにさー」
「僕たちと一緒にしないでいただきたい」
少し顔を引きつらせながら、メガネをクイっと上げてインテリ系メガネがお調子者Aに言う。とはいえ、この3人に現実で彼女がいないことは否定できない事実だ。
「それに男子校だからというのはいいわけだ。うちの学校は男女交際を禁止しているわけではないし、実際に他校の女子と付き合っている人もいるだろう?」
「まー、確かにそうなんだけどさー。でも、実際のとこ、彼女ほしくね?」
「む……欲しいと言われれば欲しいが」
冷静を装うインテリ系メガネBも今のお調子者Aの発言にポロっと本音を漏らす。
「四条君は共学ならモテただろうね。やっぱり、四条君も彼女とかほしいというか、そういう人がすでにいたりとか……」
「俺は…………別に今はいいかな」
「おうおう、強がりかよー」
「いや、だって……なんか、男女が混じるとめんどくせーじゃん」
物憂げな感じで光輝が言う。
これは強がりではない偽らざる本音。ただ、誤解しないでいただきたいのは決してホモとかではないし、光輝も一人前に彼女みたいな存在は欲しいぐらいにはリアル恋愛に興味はあるということだ。
今は男子校で出会いがないということもあるが、正直、あの女子特有のルールや価値観に巻き込まれるのが本当に面倒なだけ。中学まではそんな空気が嫌だった。
そのため、男子しかいないのは青春的には寂しい面もあるが、そういったいざこざもなく男同士の付き合いしかない今の学園生活はそれなりに気に入っているのだ。
そんな思いに耽っていると、駅のホームを近隣の高校の女子生徒の集団がソシャゲの中の女の子に興奮してる様子の光輝たちオタク集団に冷たい視線を向けながら通っていく。
『ちょっと、強いからって調子に乗らないでよね!!』
『あたしらのこと、馬鹿にしてるの見え見えなのよねー』
『ていうか、こいつ、一人で本気になって、バカみたい』
そんな時、光輝の脳内に小学生時代の冷たい女子の視線と罵声を浴びせられた記憶が横切った。
光輝はそんな記憶を振り払うかのように頭を振った。きっと、彼女たちは俺たち陰キャ三人のバカ騒ぎを物珍しさに何気なく見ただけだ。
気持ちを切り替える。
「だから、今はお前たちとこうやってバカやってる方が楽しいよ」
光輝は清々しさ全開に微笑みながら言った。
「そうだよなー、やっぱ、恋愛よりも友情だよなー!」
光輝の言葉を受けて、感激した様子のお調子者Aがそう言いながら、肩をバンバンと叩いて、光輝は思わず「いって!」と叫ぶ。ただ、光輝はなんとなくこういうやり取りの方が落ち着く。
そんなバカをやりつつ、時計に目をやると、そろそろ次の電車あたりで行かないと用事に間に合わない。
「あっ、やべ。そろそろ、行かねーと」
そう言って、光輝は今やってきた電車に飛び乗ろうと、鞄を担いで待合室を出ようとする。
「おう。じゃーな、また明日」
「今度はゲーセンでも遊ぼうな」
光輝はそう言って別れの挨拶を済ますと、手を振る2人に見送られて、帰りの電車に乗車した。
「そういや、バイトみたいなものって言ってたけど、普段やってるコンビニのバイトとは別なのか?」
「なんでも、近所に住む幼馴染の年上の女子大生がいて、その人の用事のお手伝いだとか……」
「はあ!? 年上の幼馴染のお姉さんのお手伝いだって!? だから、あいつ、あんなに余裕なのか! ムキーッ!!」
「バカ、やめろ! 苦しいから、首からその手を放せ……!」
待合室に残った二人の間でそんなやり取りが行われたことなどつゆ知らず、光輝ははやる気持ちを抑えて、帰りの電車の中でスマホで時間を潰して過ごして帰路に着いたのであった。




