第1話 プロローグ
拝啓 藤木 様
窓の外は、もうすっかり藤の花の盛りを過ぎ、青葉が目に眩しい頃となりました。
帝都もまた、日ごとに賑わいを増していることと存じます。
先日は、わたくしの為に、多忙な学業の合間を縫って、久遠寺の古い病に関する資料をご覧いただき、誠にありがとうございました。貴方の合理的なご意見は、わたくしが長年、迷信と諦めていたものに対し、希望の光を与えてくださるものでした。
ですが、やはり西洋医学の光が届かない場所というものが、この世にはございます。
わたくしを蝕むものは、きっと、貴方が想像されるような「病」ではないのです。
つきましては、大変不躾なお願いではございますが、今一度、わたくしにお時間をいただけませんでしょうか。
再来週の金曜日、黄昏時に。
わたくしの屋敷の裏手にある、古びた「桔梗の祠」の前でお待ちしております。
貴方はきっと、そこで初めて、わたくしの本当の姿、そしてこの家に潜む「影」に触れることになるでしょう。貴方を恐怖させ、幻滅させてしまうかもしれません。それでも、全てを知ってなお、貴方がわたくしの手を握ってくださるのかどうか——。
わたくしは、ただそれを確かめたいのです。
どうか、誰にも告げずにいらしてください。
貴方の知的好奇心と、あの穏やかな瞳に、わたくしは僅かな望みを託しております。
敬具
久遠寺 綾子
――私のすべてはここから始まった




