ドッキドキ♡大好き過ぎる先生と秘密の特別授業♡
「霧島先生、好きです……」
……やらかした、と思った。
放課後の廊下。
外は雪、なのに。顔どころか全身熱い。
世界がピンクに染まる。
そうして、言葉が口からこぼれてしまった。
振り返った霧島先生が、私を見つめる。
恐ろしいくらい美しい切れ長の目が、いつもよりほんの少しだけ見開いている。
霧島先生の視界に今映っているのは、私だけ。
「……そうですか。」
大好き過ぎるテノール。
振られるよね…。わかってる。大丈夫。ちゃんと、青春の1ページにできるから。
「では、特別授業をしましょう。ついて来てください」
……え?
え??
そんなこと、私の人生にあっていいの…?
世界で一番好きな人と、二人っきりで、“特別授業”……!?
足下がふわふわして、とびっきり贅沢な夢を見てるみたい。
案内された空き教室。
霧島先生が、丁寧な手つきでドアを閉める。
一切ヨレのない真っ白なワイシャツのカフスが眩しい。
どうしよう、密室で、二人っきり。
使ってない教室の埃さえ、夕陽に照らされてきらきら、燦めいて……
黒板に、淡々とチョークで文字を書く先生の無骨に骨張った手に、目が釘付けになる。
そうして黒板に綴られた文字は……
『未成年に手を出す男はろくでなし』
霧島先生は教壇に立ち、棚に置いてある本を開く。
『児童の性的虐待について』
……授業内容それ!?
「まず落ち着きなさい。さあ、席に着いて。」
促されるままに 私は 席に着く。
先生に一番近い席。授業内容はこんななのに、硬い椅子が、最高級の特別席みたいで。
「あなたの感情は自然です。思春期ですから。しかし、大人として、それには応じかねます」
思わず俯く。
わかってたのに、わかってたはずなのに、期待しちゃった。
酷い。
私の気持ちを、「思春期のありふれた暴走」なんかにしないで……。
私はもう先生の気配だけで、頭がぼうっとしちゃうのに。
胸が締め付けられて、小さく溜息が漏れる。
「…あなたがまだ諦められないのは、表情で分かります。」
私は溜まりすぎた熱を発散するように、椅子に座ったままバタバタと足を動かしていた。ローファーが床にぶつかってカタカタと鳴る。
「でも好きなんですもん!!
やだやだ!!すきすきすきー!霧島先生!!」
こんなに叫んでるくせに、ちゃんと姿勢は座学フォーム。
大人しく座って駄々こねるという新境地。
「……落ち着きなさい。まず深呼吸を」
「はい…」
「感情は自由ですが、実際の行動に移すには、責任が伴います。ですから、あなたの感情は否定しません。しかし“未成年への踏み込み”は大人側のアウトです」
「アウトにしないで下さいよぉ〜〜!」
「私に言われましても、法律です」
ばっさり。ロジカルすぎて泣く。
「いいですか。未成年を恋愛対象にする成人男性は、同年代の女性と対等に向き合えない場合が多い。精神的に未熟と言っていいでしょう。
自分より幼い相手を選ぶのは、自分が優位に立てるからです。」
私の恋心が、社会的事実でバッサリ切られていく。
「……ふ、不純すぎませんか……?大人って汚い…」
「そうです。だから私はそうしない。あなたの純粋な熱を、私の汚い不純で汚す権利は、私にはありません。」
霧島先生は歩み寄り、机の上に手を置いて私を見下ろす。大きい手に、目が釘付けになる。私のより、ずっと骨張って長い指。少しささくれた大人の手。
「あなたは私の大切な生徒です。ですから、私は黒板と教科書を以て全力で止めます」
「やだやだやだお願い止めないでぇ……!」
私は頭を抱え、悶え転がる。
止められて止まるような気持ちなら、私今こんなに無様になってないのに。
「というか!!そんな真正面に立ったりしないでもらっていいですか!?
本当に恥ずかしいし、本当に好きになっちゃうから!!
近いんですよ!!距離が!!」
思わず声が裏返る。
霧島先生はぴたりと動きを止め、淡々とした顔で黒板へ戻った。
「はい、適切な距離感について。
これが結論です」
「いま私、教材にされてません!?!?」
「教材として有用でしたので」
「やめてえええ教材にしないでえええ!!!」
羞恥で死ねる。
人の恋心をなんだと思ってるの、この人!?
霧島先生は黒板に追記した。
『距離は、より未熟な側が安全に感じるラインに合わせる』
「……距離、いるんですね……」
私は小さくつぶやく。
霧島先生は四角い眼鏡を押し上げ、静かに言う。
「必要です。しかし、それは必要以上に離れることではない。
あなたが安心して話せる距離。それが“適切な距離”です」
その言葉に胸がぎゅっとなる。
霧島先生の正論は、正しすぎて、淋しい。
「……はい……」
私からこんなか細い声が出るなんて、知らなかった。
でも、こんなところで引ける恋じゃない。
私はバッと手を挙げた。
「質問です!!」
「どうぞ」
「逆に!大人になっても霧島先生のことが好きなままだったら、そしたら私は……霧島先生に迫ってしまっても、いいんですか…!?」
心臓がドクンと鳴る。
もう、何もかも熱くて、止まらなくて、仕方ない。
霧島先生の呼吸が止まって、瞳孔が、開いた気がした。第1ボタンまで締められたシャツの上の黒いネクタイが、喉の動きに合わせて動く。
でもそれは一瞬で、すぐにいつもの霧島先生に戻る。
「自分で選べる年齢になったら、そのときの行動は自己責任です。」
「……つまり?」
無意識に、唾を飲む。
どうしよう、先生に聞こえてたら……。
霧島先生はまっすぐに私を見た。
「大人になり、自分の人生に責任を持てるようになったら……
誰に好意を向けるかも、行動も、あなた自身が決めることです」
霧島先生のさっきのあの表情、「気のせい」なんかにしたくない。お願いだから……本当のことを教えて、先生。
「じゃあ……今の私のことは、どう思ってますか?」
思わずスカートを強く握りしめる。
霧島先生は言った。
「私は教職にあり、あなたは未成年です。
“好きかどうか”という視点であなたを見ること自体、私にはできかねます。」
正論が刺さる。
「で、でもじゃあっ……大人になった私が本気で迫ったら、霧島先生は……」
言いかけたところで、霧島先生は制した。
「その答えは、今ここで言うべきではありません」
「えぇーーー!?なんでですか!?」
霧島先生は淡々と言った。
「未来の関係は、未来の自分たちが決めることです。
あなたはまだ成長途中で、そして時間が経てば感情は変化するものです。
しかし、あなたが大人になっても、変わらず同じ気持ちを持ち続けていたなら……
その時は“あなた自身の意思で取った行動”として、改めてお話を聞きます」
胸の奥がドクンッと跳ねた。
「……聞いてくれるんですね……」
「ええ。
……必ず。」
やだ……
なんでそんな言い方するの……
狡い。ひどい。
そんなんじゃ私、先生との未来ごと想像して、期待して、本当に好きが止まらなくなってしまうのに……人が人をこんなに好きになれるなんて私知らないのに。
私これで、本当に霧島先生から、逃げられない。
私は為す術なく、熱すぎて多分大変なことになっている顔を両手で隠した。
「……はぁぁぁ………
好き……」
「聞こえています」
「きゃーー!!!!」
おしまい!!




