5話 居場所
「我らが同胞、プラーズの特務中尉昇進を祝いまして――」
「「「「「「「「「「かんぱーい」」」」」」」」」」
私は天津の歓楽街が存在する場所、一般人が多く暮らす天津C区画の飲み屋に来ていた。
そこは煌々と光る電飾で彩られた空間で色とりどりの飲み物が提供され、言語すら不明なメタルがBGMとして鳴り響く、カオス極まる場所だ。
飲み屋――ノスタルギアはタイタンフィールド行きつけの店であり、そのおかげか店主も私の昇進祝いといって厚意で貸し切りにしてくれている。ありがたい話だ。
今日ここに集まったのは、機甲大隊所属中隊タイタンフィールドの中でも飲んで騒ぐのが大好きな気のいいやつらばかりで、当然だが部隊長のラムゼイ大尉の姿はない。
そんなメンツが乾杯を終えた今となっては、すでに各々がテーブルに分かれて酒を呷りつつ馬鹿話に興じていた。
「でぇ〜どうなんだよ〜。新しい小隊わぁ〜」
「それは機密事項だ。酒の席で漏らすほど馬鹿じゃない」
すでに出来上がった状態のウェルキンが肩に手を回して絡んできた。
私は注がれた焼酎の一杯をちびちび飲みながら仲間達との思い出話に相槌を打つ。
昔から焼酎で酔うことはないため、この後の予定にも支障はないはずだ。
「でも意外だよなープラーズが別の隊に異動どころか機甲大隊から外れるなんて」
「それ同意―機械弄りが唯一の趣味なのにー。あ、嫌味じゃないですからね!」
その一言はテーブル席にどっと笑いを起こした。
確かに私の趣味は機械弄りで間違っていない。
それでもその笑い方はあんまりではないかと言おうとして、言葉を飲み込んだ。私は酒の席での話題だと割り切り、好きにしてくれと肩をすくめて諦める。
それでも私はこれくらいの雑な扱いを不快に感じていなかった。
むしろ心地いいとさえ思っている。
タイタンフィールドを自分の居場所だと思っていたことに嘘偽りはない。
だが生きてきた過程で居場所よりも優先される存在と出会っていた。
本当にただそれだけの話なのだ。
「おい、おまえら〜それは言い過ぎだぞ〜。こいつは〜ヤルときはやるやつなんだよ〜こいつにしかできないことがあるから〜新しい小隊を任されたんだよ〜」
言いつつジョッキを呷り、ぐびぐびと黄色い液体を流し込んでいくウェルキン。
フォローしてくれるのは嬉しいが、この酔っ払いようでは説得力の欠片もない。
「昔からウェルキン少尉はプラーズ少尉、あっ――特務中尉と仲がいいですよね〜」
「おいこらアネット〜。今日は無礼講だぞぉ。階級はなしだなし。気楽にいけ」
ウェルキンの酒の席だぞという言葉にアネット准尉は、それではと気を取り直す。
「それでカラーギアの話なんですけどー。先輩は機体の整備を整備班のみんなと協力して作業していましたよね。私も積極的にお願いしておけばよかったかな〜なんて。ねね、先輩。そこのところどうなんです? 任務中はこっちに顔を出せそうなんですか?」
そう笑顔で訊ねてくるのはアネット准尉――黒髪褐色でパリッとした性格の快活な女性、西アジアの出身のギアハンドラーだ。彼女が天津にきた経緯は知らないが、ギアハンドラーとしてはアクロバティックな操縦を得意としていた。
「今回の任務は秘匿性が高いから、そこはなんともいえない。機会があれば、かな」
「だーかーらープラーズは〜。できるやつなんだっ。あ、ビールおかわり〜」
お茶を濁した私の言葉になんの脈絡もなく割り込んでくるウェルキン。
今日のこいつはいつにも増して絡んでくるし、飲みすぎているな。
おかげでいつもより酒の回りが早いようだ。
「ウェルキン……程々にしておけよ。今日は介護してやれん」
目の前で顔を真っ赤にしているウェルキンは決して酒に弱いわけではない。だがとにかく飲む量が半端ではないので、結果としていつもべろべろになってしまっている。
それを介護するのは入隊同期で同室の私の役目だった。
これは昔から――出会ったときからあの戦いの日まで、変わっていなかった。
「そーですよー。あたしたちが連れて帰るんだから勘弁してくださいよー」
「あー、先輩たちの、コンビも解散、かぁ。これは中隊が、寂しくなります、ね」
哀愁を漂わせる発言をしたのはアネット准尉の同輩のコモンズ准尉――小柄で柔和な瞳を持ち大人しく静かな性格の男性、東欧出身のギアハンドラーだ。彼が天津にきた経緯は知らないが、ギアハンドラーとしては僚機のカバーが上手く視野を広く持って戦っていた。
戦場以外での彼は口数が少ないのだが、今日は酒のせいか口が滑ったのかもしれない。
「おう〜い。それ言っちゃうか〜」
「あ、すい、ません」
どうやらウェルキンは意図して私が隊を去ることを言葉にしていなかったらしい。
あくまで昇進祝いの馬鹿騒ぎ、か。
今日は普段よりも飲んでいるなと思ったら……全くこいつはどこまでお人好しなんだ。
「だいたいよ〜。今回の辞令はおかしいんだよ」
「あ、先輩〜妬みですか〜?」
周りの隊員たちは、ウェルキンの言葉を酔いが回っての発言と受け取ったのだろう。
しかし声音を変えて話すウェルキンの表情から笑みは消えていた。
「ちげーよ。それに面白い話じゃねぇんだ」
「えーききたいです、ききたいです」
しばしの沈黙があった。
つい口にしてしまったと後悔したようなバツの悪い表情を浮かべたウェルキンは、諦めたように酒を呷ってから口を開いた。
「プラーズはいいやつだが、世渡りが下手くそでお世辞にも人当たりがいいとはいえない」
私が半目で睨んでいると、ウェルキンはごほんと咳払いをしてから続ける。
「そういうやつが手柄を上げすぎれば妬むやつは自然と出てくる。ここまではいい。組織であれば当たり前のことだ。だが、一つ噂を耳にした。プラーズは不正行為や軍規違反を犯していると。それで昇進を餌にした事実上の左遷って話だ。ギアハンドラーは軍の花形、こいつは相応しくないんだと」
なるほど。ある程度の予想はしていたが、裏ではそんな話が出回っていたのか。
実験小隊の話を表に出さないための左遷扱い(カバーストーリー)というわけだ。
「なにそれ。プラーズ先輩がそんなことするわけないじゃん」
「怒られそう、なのは、機体を、勝手に改造、してる、くらい、かな」
後輩の二人が庇ってくれるのは素直に嬉しいが、私に擁護してもらう資格はない。
その命令違反は事実だし、これから先の任務ことを考えれば妥当な扱いとさえ思う。
「まあその噂の真偽がどうであれ私は異動になったし、特務付きとはいえ昇進もした。これが結果で事実だ。自分の中ではもう受け入れているよ。みんなの気持ちは素直に嬉しい、だけどこのことを周りには言うな。自分のために」
酒のせいか、まるで練習していたかのようにすらすらと喋ることができた。
いまの自分がどのような顔をしているのかはわからない。
「ぷらぁ〜ずうぅぅぅ〜」
ウェルキンが私の言葉からなにかを察したというようなしたり顔で肩に手を回してくる。
言わなくてもわかる。俺はわかってるぞアピールだ。
「わかったから絡むな、酒臭いぞ。あと二人もありがとうな、私は予定があるから先に帰らせてもらうよ」
私は会話を打ち切るように、あるいはこの場から逃げ出すかの如く強引に席を立った。
周りに一声かけるのはウェルキンたちがやってくれた。
ベロベロなのに気が回るウェルキンに感謝しつつ、私は会計を済ませて店の外に出る。
祝いの席で暖まった体を冷気が撫でる。
それはまるで空気を読めない私を世界が咎めているように感じられた。
「先輩、頑張ってくださいね」
「また、ちょくちょく、話を、きかせて、ください、よぉ」
まだ飲んでいていいと言ったのに、後輩二人とウェルキンも店から出てくる。
私はいい同僚に恵まれた。
どこまでも気のいい彼らに、私は心の中で感謝する。
だからそんな彼らの行末を、その健闘を願わずにはいられなかった。
そしてそう願う分だけ、これから私が歩く道に彼らを関わらせるべきではない。
「………………」
彼の人生を台無しにしたくない、そう思っているから。
「じゃあ、元気で」
私はそのまま解散しようと軍事区画とは別方向に歩き出した。
それからしばらくしてメッセージの着信音が鳴る。
メッセージの相手はウェルキンだった。
その内容は、『何かあれば俺を頼れ』との一文のみ。
相変わらずいいやつだ。いいやつすぎて私にはもったいない。
私は一言だけの返事をウェルキンに送ってから、再び目的地に向かって歩き出した。
それは軍事区画とは別の方向、天津B区画――通称研究区画と呼ばれる場所だった。




