エピローグ 継承
世界は残酷だった。
世界が定めた運命は立ちあがろうとする者にさえ容赦しない。
それは私の決意を踏み躙るように、一本の電話から始まった。
「アゼル、これはどういうことだ? なぜ装置を動かしたんだ!」
電話でありのまま事実だけを聞いた私は、即座にその足でアイリス研究所へと赴き、電話の主である研究員を問い詰めていた。彼――アゼル・ディフォニングはレオとともに研究所で一緒に研究をしてきた仲だ。信頼もしている。だからこんな真似をするとも思えない。
「私にも何がなんだかわからないんです。主任がいなくなったかと思えば装置が稼働状態になっていて」
アゼルは彼自身も困惑を隠しきれない様子で私への応対していた。主任とはレオのことだ。つまりこれはレオが実験体とともに天津から出撃したあとの出来事ということになる。
「つまり、これを誰が行ったかわからないんだな。他の連中や上層部への報告は?」
私は研究所の奥へと歩みを進めながらアゼルに状況の確認を続けた。アゼルはそのいくつもの問いへと的確な返答をしながら研究室の扉の施錠を外し、先へと案内してくれる。
「まだです。この子たちの姿を見たとき、まずあなたに伝えなければと思いました。この子たちに何もしてあげられず、あなたに連絡する以外のなにもできなかった私をお許しください」
そう言ってアゼルは目の前に並ぶ医療用ポッドから目を逸らした。いや、彼が上層部を通さず、最初に報告を上げてくれたことに感謝すべきだろう。
彼に責められる点はない。
だが、現実はあまりにも残酷すぎた。
私の心を抉るには充分すぎるくらいだ。
「――こんな、なんで。くっ」
目の前に並ぶ稼働中の医療ポッド。
その中には少女たちがいた。
そしてその姿は。
私が最初に出会ったときの姿をしたーー
ヘイ、アオイ、キサラ、ミドリ、アカリ。
5人の少女がいた。
少女たちはその幼い姿で眠りながら――下半身にはCEM幼体を纏っている。
「プラーズさん」
アゼルが私を気遣うように声をかけてくれる。
「いや、すまない。それより私に連絡してくれてありがとう。感謝してもしきれない。それとこの件を上層部に連絡するのは待ってくれるか?」
アゼルはそれを二つ返事で了承した。どうやら彼には一定の信頼を置かれているらしい。そのおかげで目の前の少女たちに向き合える。
私は一人になって少女たちのデータを確認していった。
そして判明したことがある。
この新たな少女たちを造ったのはレオだった。
彼は私との決着の内容に関係なく、自分が出撃するのに合わせて少女たちを造ったらしい。
以前デモンストレーションの時にミドリを造ったように、少女たちを造ったのだ。
消費されれば複製される少女たち。
決して許される行為ではない。
だから私は少女たちを死なせないように努めた。
「レオおおおおおおおおお!!!」
私は叫んだ。
それは叫ぶしかできなかったから。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!」
自分の不甲斐なさを突きつけられ、虚無に満たされようとも、目の前の現実は変わらない。
生まれた彼女たちに罪はない。
だが。
レオはさらなるハードルを私に課した。
それは少女たちの体を見れば明らかだった。
この新しい少女たちの体には、最初からCEM幼体と同化させられている。
これにより私が少女たちをただの人間のまま実験に関わらせないという、最も簡単な選択肢を選べないようにしたのだ。
あまりに醜悪な嫌がらせに頭を抱える。
それでも。
少女たちに罪はない。
存在を祝福されるべきなんだ。
だから私は。
君たちが生まれたことを後悔しないように。
生きることに喜びを感じられるように。
最大限の手を尽くす責任がある。
だが、目の前には以前にも増して危険度の上げられた少女たちの姿がある。
無機質な少女の状態でCEMと融合させるのは極めて危険な行為だ。
このケースが失敗するとこを私はアイリス研究所に訪れた初日に目撃している。
彼女たちを兵器としてではなく真っ当に生きられるようにするだけでも、さらなる研究が必要になるだろう。
だとしても。
私は諦めない。
世界が、レオが、どのように過酷な選択を突きつけても、私は少女たちが生きられる道を探し続ける。
それが私の背負う罪であり、失ったものへの償い。
そして心から祝福されるべき命への――偽らざる愛なのだから。
「私が君たちを導く、必ず――」
「――――――指揮官?」
強い人工太陽の光に眩さを感じていると、アカリが私の顔を覗き込んでいた。
その広大な空間には多くの石が並べられて、石の表面には数多の名前が刻まれていた。
ここはその中でも特殊な軍人や要人向けに特別に確保された場所で、生あるものが亡きものを悼むための場所だった。
この場所に訪れる度に突きつけられる。過去の戦い――その記憶。
自分の弱さ、愚かさ、不甲斐なさ、その全てが堰を切ったように溢れ出して止まらない。
私はアカリになんでもないよと強がりを言って涙を拭い、特別な花が咲き誇るその場所へと向き直った。
そこでは部隊の皆が私とアカリのことを待ってくれている。
「墓前にお花を供えました。ほらアカリも、指揮官も並んでください」
ヘイが少女たちの統率をとるように言った。
その声に少女たちは整列して綺麗に並んだ。
「ありがとう。ヘイ――そしてみんなも」
そこに整列するのは新たな少女を迎えた部隊の姿だった。
どれだけ同じ容姿をしていようと、新たな少女はかつての少女たちとは別の存在だ。
この世に同じ遺伝子はあっても、そこに宿った命――同じ魂は存在しない。
富士機械化要塞での戦いから一年が経過――私の歳は十九になっていた。
私たち『フォビドゥンバレット』は新たな少女たちを迎え、今日この日、再び始動した。
今日はその姿を遠くで眠る少女たちに見せておこうと、皆を連れて天津の墓所を訪れたのだ。
「みんな見ていてくれ。私はみんなの分まで生きていく。そして大切な人が平穏に生きられる世界を掴み取ってみせる。これが――新しい『フォビドゥンバレット』の姿だ」
「総員、敬礼ッ――」
ヘイの凛々しい言葉に、少女たちは一糸乱れぬ動きで敬礼する。
「アオイ・ベータ」「ミドリ・ガンマ」「キサラ・ベータ」
「アカリ・ベータ」「ヘイ・アルファ」「アイリス・アルファ」
「プラーズ・ペイント」
それぞれが自分という存在の証――名前を告げた。
これは誓いだ。
今は亡き少女たちへの誓いだ。
命を賭して戦った彼女らの献身に感謝を。
私たちはその名前を――想いを引き継いで誇りとともに戦うと誓った。
私は一人の男の運命を決めた拳銃をゆっくりと取り出して、頭上に掲げる。
そして空へ――今は亡き少女たちへの手向けとして、新たな少女たちへの門出の祝砲として――――放った。
空へと放たれた弾丸は空気を切り裂き、世界に音を響かせて、飛ぶ。
誓いは立てられた。私たちから、今は亡き少女たちへと。
想いは引き継がれた。今は亡き少女たちから、私たちへと。
フォビドゥンバレットは、今は亡き少女たちから、新たな少女たちへと受け継がれる。
墓前には部隊章に描かれた花――継承を意味するユズリハの花が揺れていた。




