52話 生還者たち
長い戦いだった。悪夢のような戦いだった。
目が覚めると、あれは夢だったということになっていないだろうか。
アイリスが起こしてくれて、少女たちがみんなで迎えてくれる、
そんな朝を迎えられたりしないだろうか。
いや、違う。
その必要はない。
だって少女たちは。
いつも私のそばにいるのだから。
『オペレーション・富士』における簡易報告
天津軍の決行した作戦『オペレーション・富士』により、大阪の拠点である富士機械化要塞は陥落した。
目下、天津軍は同要塞の占拠に伴う作業に追われている。
ここには『オペレーション・富士』における富士機械化要塞で起きた戦いの人員の損失を記載する。※首都大阪誘引における本隊の損失は別紙にて記載
機甲大隊タイタンフィールド所属 ジョン・エリック少尉 KIA
実験小隊フォビドゥンバレット所属 アカリ・アルファ MIA
実験小隊フォビドゥンバレット所属 ミドリ・ベータ MIA
実験小隊フォビドゥンバレット所属 キサラ・アルファ MIA
実験小隊フォビドゥンバレット所属 アオイ・アルファ MIA
以上。
私とヘイは富士機械化要塞の最深部でウェルキン率いるタイタンフィールドに救助された。
その体は重傷ながらも、ウェルキンたちの迅速な行動により天津コロニーへと帰還することができたのだった。
天津に帰還したのは私とヘイ、それからアイリスの三名だ。
実験小隊フォビドゥンバレットは四名が生死不明(MIA)となった。
天津に帰還して落ち着く暇もなく、私は軍の査問委員会から取り調べを受けた。
重傷の私は医療ポッドに入れられたままの状態で軍事裁判にかけられることになる。
軍事裁判では全ての疑念が私に集中した。
それは富士機械化要塞の司令塔と魔女の存在が消えていたこと、ウェルキンの部下エリック准尉の死亡、レオと彼が率いていた部隊の失踪、私の体に実験体の臓器が移植されていること、その内容は様々だった。
それに対して私は覚えていないという姿勢を貫き通した。
最後まで全ての疑念を知らぬ存ぜぬで貫き通した私は、裁判期間と一ヶ月の勾留期間を経て、ようやくアストレアパレスへの帰還を許可されるのだった。
総合して私が戦犯という証拠は弱く、何より軍の表沙汰にできない暗い部分が絡んでいる事案だ。これによって軍上層部は証拠不十分の結論に至ったらしい。
軍事裁判から解放され、医療ポッドから出た私は久しぶりに外の空気に晒された。
そこで私は自分の中にみんなが根付いていることを感じる。
私は少女たちの臓器と一緒に、天津へと帰ってきた。
戦いから戻った自分の体は、少女たちの臓器を継ぎ接ぎした肉体となっていた。
その肉はしっかり私の体に馴染んで、血が通い、機能していた。
私が天津に戻った時にはすでに、使い物にならなくなっていたはずの臓器が生死不明の少女たちのものに取り替えられていたのだ。
「これが、これがお前たちの最期の願いなのか……みんな」
それが事実だとしても私は、この感情をどのように受け入れればいい。
だがそれが自分の体に起きたことならば、もはや否定のしようがない。
誰かが私の体に少女たちの臓器を移植した。
そんなことができるのは、きっと。
あの時、あの場所で医療の心得を持つ人物の存在。
私は該当する人物のことを誰よりもよく知っている。
私はその心当たりを天津の誰にも話すことはなかった。
彼女は、天津の中では生きられない。
だからせめて。
これまでの人生の分、これからを自由に生きる権利が彼女にはあると思ったから。
さようなら――私の愛しい人よ。
どうか幸せな人生を。
私は天津の軍事法廷で――禊雫の存在を黙殺した。
これにより『私を殺して』、という――お姉さんの願いは叶えられた。
アストレアパレスに戻った私は、すぐにヘイの自室へと足を運んだ。
まだ体を動かすのに慣れていないために杖を使っての歩行だが、ただ歩くだけならば多少の違和感がある程度で特に問題はなかった。
それに何よりも早く、ヘイに会いたいという気持ちが強かった。
仲間のためなら自分のことなど二の次になってしまう。私の悪い癖だ。
「指揮官……っ!」
私の姿を目にしたヘイが起き上がろうとした。
私はそれを視線で制して自らベッドに歩み寄る。
「ヘイッ!!!」
私は彼女の体を、その存在を強く抱きしめていた。
生還の喜びを再認識して涙が溢れ、それを皮切りにして様々な感情が湧き上がる。
そして私と同じくヘイも泣いているのを肩越しに感じた。
「指揮官っ、指揮官っ。ううっ」
「ヘイ。お前が生きてくれて嬉しい。よく生き残った。生き残ってくれたっ」
ヘイの存在を確かめるように、肯定するように、優しくも強く抱きしめる。
「し、き……かん――――ありがとう、ございますっ。ううっ――」
私のことを強く抱いてひとしきり泣いたヘイが、涙を拭って顔を上げた。
「どうした、ヘイ。言いたいことはなんでも言ってくれ」
「いま、指揮官の中にみんなを感じました。みんなも帰ってきたんです……この天津の、私たちの場所(家)に、指揮官と一緒に、みんなで」
「ああ、そうだな……私たちは、みんなで……ここに帰ってきた」
私の声音が暗かったせいか、ヘイは気遣うように言葉を続けた。
「私、考えていたんです。なぜ指揮官の体にみんなの臓器が移植されたのかを」
これは私の考察ですと前置きした彼女に、私は続きを促す。
「私たちはあの戦いの中で体も心も魂さえも、その全てを指揮官に捧げる覚悟で戦っていました。それは部隊の中で誰一人として違えることなく、皆同じ気持ちでした。
これは私たちが生まれた施設で教え込まれた『命令を遵守する』、という催眠暗示から生まれたものではありません。指揮官が与えてくれたぬくもりから生まれたものです。
そして――私たちは、あの戦場で全てを出し切って戦い、完全に敗北した。体と心はボロボロになって、もう捧げられるのは魂くらいだと、そう思っていました。
もしもあの時『自分たちの体で指揮官が助かる』、そう言われたら私たちは喜んで体を差し出したと断言できます。補足しておきますが、みんなはバイオレンスモードのせいで助かる見込みがありませんでした。もう助からないならば、助けられる命のために自分を差し出す――これはとても、合理的な、考え、ですっ」
涙声で自分達の行動を合理的だという彼女の表情は、温かな感情に満ちていた。
「おそらく私たちを治療した存在は、みんなの気持ちを汲み取って、願いを叶えるために臓器移植を施したのではないか、と私は考えます。みんなの使える臓器を一つずつ、指揮官に託す形で想いを伝え――みんなの最期の願いを叶えた」
自分が死ぬ運命でも、最期まで私のために……か。
「ヘイ……考えを聞かせてくれて、ぐすっ、ありがとう。やはり私は、お前たちに救われている。いや、救われてばかりだ。でも、それでも私はお前たちに――」
私はみんなの願いに救われ、今まさにヘイの言葉に救われていた。
聡明なヘイのことだ。もしかしたら私の心すら見透かしていたのかもしれない。
彼女は全てを見抜いた上で私のために、亡くなった仲間たちのために、繋がれた命の尊さを理解してほしくて、自ら言葉にして伝えてくれたのだ。
天津に帰還して目覚めたとき、私は生き残ったという現実に喜びを感じなかった。
むしろ生きて欲しかったのは少女たちの方だったからだ。
それなのに、私は生き残った。
生き残ってしまったのだと、そう考えていた。
本当は自分の命を引き換えにしてでもみんなを助けたかった。
だがそれでも生き残ったのなら、前を向いて歩き出さねばならない。
生き残った者が命を無駄にすることは許されない行為だ。
それは死者に対する冒涜だ。
それは願いに対する冒涜だ。
ヘイは彼女たちの最期の願いを言葉にして伝えてくれた。
その温かな願いを知って、私はどうする。どう応える。
「――――――――――ッ」
私は自分の内側に発生した怒りとも悲しみとも判別のつかない感情で、自らの無力に対する憤りを晴らそうと拳を振り上げる。
しかしその拳を叩きつけることはできなかった。
なぜならこの体はみんなの願いの結晶だから。
みんなはここにいて、私は大切なものを守りたい。
ならばこの体を傷つけるわけにはいかないだろう。
「指揮官、きっと――きっとみんなは考えたんですよ。指揮官は自分の体を大事にしない人だから、私たちのことばかり優先して自分のことを疎かにする人だから。どうすれば体を大事にしてくれるのか。みんなで指揮官のことを考えて、考えて、考えたんですよ」
この体が、その答えか。
ああ、そう考えると、みんなの優しさが、ぬくもりが伝わってくる。
「私は……お前たちの気持ちを無駄にしない。誓うよ。この体を大切にする」
つぎはぎだらけの己の体を見つめる。
ここにはみんなの想いが詰まっているんだな。でも、だからこそ。
私は誓いを胸に新たな決意をする。
「それでも私は戦うよ。みんなから大事なものをもらった。だから、それを私の道のために使わせてもらいたい。この体は仲間を助けるために、命を繋ぐために使わせてもらう」
みんながくれた、繋いでくれた命を、仲間たちの命を救うために使おう。
私の大切な人が生きる世界を守るために。
みんなの想いを繋いでいくために。
私は決意とともにその心を立ち上がらせた。
そして――次の、次への継承のために一歩を踏み出す。
「なぁヘイ、一つ提案があるんだ。きいてくれるか?」
「はい。なんでも仰ってください」
「私たちの部隊には部隊章がなかっただろう。だからさ――」
私たちは大切なものを忘れない。
だから繋いでいく――その想いを。




