51話 歪みの果て
「お前が真に罪を贖うべきなのは彼女たちに対してだ」
「ハッ、笑わせるなよ。こいつらを従えて、結局はお前が復讐したいんだろ! 自分の人生をめちゃくちゃにしたこの僕に!」
「違うな。お前の小細工程度は私とお姉さんの人生を狂わしたほんの一部にすぎない。だからこうしていま、私たちは生きている」
だが、と言葉を区切ってプラーズが続ける。
「彼女たちは兵器になるためだけに怪物として生み出され、実験で狂わされ、戦場で一方的に消費されるのを待つ命だ。お前に罪を贖う気持ちがあるのなら、その銃を使って引き金を自分に向けて引くといい。それがせめてもの彼女たちへの手向けになるといいが」
あいつは何を言っている。
こんな怪物に自分の命で謝罪しろと? 馬鹿馬鹿しい。
それにプラーズ、お前は何様のつもりだ。
人生を狂わしたほんの一部だと?
それじゃあまるで、僕の計画が全て無駄と言っているようなものだ。
いつも僕を上から見下してやがって。
その言動に、今まで澱のように溜まった怒りが噴き上がるのを感じた。
目の前にはプラーズの放った拳銃がある。
幾年も積み重なった激情が僕を突き動かしていた。
「じゃあお前が死んで僕に詫びろよッ! 僕の夢を壊した責任をその命で取れっ!」
僕は気付けば銃を拾いプラーズに向けていた。
銃火器に関して詳しくないが、旧式の拳銃ならば扱い方に大した差はないだろう。
「僕の勝ちだ。プラーズ」
僕は躊躇うことなく拳銃の引き金を引いた。
そこに相手を殺すことへの迷いは欠片もない。
ははは、僕の勝ちだ。
最後には僕が勝つんだ。
軽い金属音が世界に響いた。
もう全てがどうでもいい。
ここから出られなくてもいい。
プラーズに勝てたのなら――それでいい。
「それがお前の答えか、レオ」
頭上から聞こえる声――プラーズは死んでいなかった。
いくらなんでも、この距離で外すわけがない。
そこでようやく僕は、銃弾が発射されなかった原因に気が付く。
「は――弾、切れ。このっ、どこまで、どこまで僕を愚弄する。僕の哀れな姿を見て楽しいか!」
プラーズが寄越した拳銃には弾が入っていなかった。
拳銃が響かせたのはかちゃり、という頼りない金属音だけだ。
プラーズは僕のことを掌の上で転がして遊んでいやがったんだ。許せない。
「……残念だ。お前がそこまで堕ちてしまっていたことに私は気づけなかった。あのペイント園で、軍事訓練校で、アイリス研究所で。私は手を差し伸べる存在になれなかった。自分の目的のことしか考えていなかった私を許して欲しい。本当にごめん、レオ」
なんだよ。
今更、そんな顔で申し訳なさそうに何を言っている。
もっと汚い言葉で罵りたいはずだろう。
人生を壊した相手だぞ、実験で部下を奪った相手だぞ。
なんでそんなに辛そうな顔をしている。
もっと僕を憎めよ、恨めよ、黒い感情で攻撃しろよ。
ああ、そういうことか。
僕は研究者としてだけでなく、人間として。
目の前の男に敗北したんだ。
だったら。
「くっ、はははっ。実験体は道具だ。お金をかけて作ったのだからその分を回収しないといけない。人権とか命の尊厳とか、そんな当たり前を考えていたら勝てないでしょうが!」
始まりは同じだったはずなのに。
同じ木の下で。僕たちは夢を見ていたのに。
「お前は私の影だった。もう一人の私だった。命は等しく命だ、上も下もない。そこに気づいてほしかった。そうすればレオは自分の道(夢)に戻ることができたかもしれない」
それでも僕は間違えた。
間違いと知りつつ、輝くためにあえて選んだ。
お前はどうして間違えなかった?
なあ、最後に教えてくれよ。
「くっ、はははははは。これは傑作だ。僕がお前の影なら、お前が消えないと僕は――」
僕を取り囲むCEMボーグたちが動く。
それは罪人を冥府に送る――死神のように見えた。
「おい、おまえたちっ、おまえたちを作ってやったのは僕なんだぞ。生まれたのも僕のおかげだ! 僕はお前らの神だ! お前らが優秀な個体になるよう作ってやった。待てっ、何をする、やめっ、やめろっ、うわっ、うわあああああああああああ」
レオの絶叫が響き、彼は自らが作り出した存在に命を奪われて絶命した。
その最期を見届けた私は支えを失つたかのようにその場で崩れ落ちた。
そこに仮死状態から回復したアイリスが現れ、倒れる私を支えてくれる。
「よくやってくれたアイリス、名演技だったぞ。がはっこほっ」
頼もしい活躍をした部下を労おうとしたらこれだ。
先の戦いで私の体はすでに限界を超えていた。体内の臓器は全てがボロボロで、もはや使い物にならない状態だ。お姉さんの力でもすぐに治らないほどの重傷ということか。
「ご主人様っ!」
「気にするなアイリス。私に言いたいことがあるのだろう。それを待っている」
私の容態に一瞬躊躇うも、アイリスは私の言葉に応える。流石だ。
「はっ。まずは死ぬことでしか外せない首輪を外していただき感謝します。プラーズ特務中尉、これからはあなた様に全ての忠誠を捧げる所存――そこでただのアイリスに名前をお与えください」
「ああ、名前はすでに決めていたよ――アイリス・アルファ。これが君の新しい名前だ。ようこそ、実験小隊フォビドゥンバレットへ。私が――君を導く」
「ありがたく名前を拝命致します。これからは私の全てがあなたのものです」
部隊に新たな仲間が加わった。
この関係には陰謀も計略もない。
純粋な上司と部下で――大切な家族だ。
「最初の情報提供に始まり――今回はタイタンフィールドの誘導、レオの監視、天津軍の情報操作まで、よくやってくれた。すまないがアイリスは先に帰還してくれ」
「はっ――すぐにタイタンフィールドが救援に到着します。ではまた、ご主人様」
アイリスの姿が壁に呑まれるようにして消えた。
かと思えば、それに続いてお姉さんが自らの胎内に現れる。
「ふふっ、驚いた?」
「自分自身の体内に現れるのは、お姉さんでも流石に驚くよ」
現れたお姉さんの姿は他の生物の特徴を多く露出させている。
「こんな姿になった私だけど、それでもいい?」
私はその姿を見て、ただ美しいと感じた。
「どんな姿になってもお姉さんはお姉さんだ」
「ありがとう。ねぇプラーズきいて、あなたに黙っていたことがあるの」
傷ついた私を労わるような優しい声に、私は首肯して続きを促した。
「驚くかもしれないけど、私は本物の禊雫ではないの。私は禊雫の代替品として用意されたクローン。同一の遺伝子で作られ、不完全なカラーの強化手術を受けて生まれた存在なんだ。勘違いしないでほしいけど、プラーズに会っていた禊雫は全て私よ。だからプラーズは本物の禊雫には会ったことがないことになるわね。
話を戻すけど、オリジナルの代替品として生まれた私は禊家の中に幽閉され英才教育を受ける日々を送っていた。けれど自分が本物ではないという事実を知ってしまったとき、自分の足元が崩れていく感覚がして、自分が自分でないこと、寿命が短いことに絶望した。
そんな私は自分というものを確立することに躍起になる。自分が生きたことを世界に証明したかった。だから人助けを積極的に、自暴自棄なほどにやった。だからかな、孤児という未来に希望を持てない子たちを救いたいと思った。その想いはすごく強かった。
そして私はオリジナルから引き継いだ資質――その魅力を最大限に活用して富裕層の男たちからお金を集めた。これはオリジナルに対する嫌がらせでもあったし、何より禊家のお金は私の物じゃないから使わないと決めていた。でも現実は甘くない。私が集めるお金なんて多くの子供を育てるのには微々たるもので。私は現実に推し潰され疲弊していった。
その失意の中、私は出会った。
――孤高に前を向く少年に。
あのペイント園で先に一目惚れしたのは私のほうだったの。出会ってから色々なことがあったよね。たぶん一緒に過ごした時間は短かったように思える。奇跡のような再会にも、私の願いが呪いになってしまったのではと後悔した。だからあなたが私を好きだと言ってくれたとき、本当に嬉しかった。私もあなたのことを愛しているわ。プラーズ」
お姉さんは語った――自分の出自、寄付の意味、確かな愛を。
それらはひどくいびつに歪んでいるのかもしれない。
しかし私が抱いたのは嫌悪感ではなかった。
私の反応を見ても不安そうなお姉さんに、私は言葉で伝える。
「私はお姉さんのことを愛している。この気持ちは変わらない」
「こんな本物じゃない。人間でもない怪物になってしまったお姉ちゃんでもいいの?」
「ああ、さっきも言った通りだ。外見は関係ない。それにあなたの魂はきっとあなただけのもので、そして私のお姉さんは雫お姉さんだけだから」
その言葉にお姉さんは一筋の涙を流した。
しかしすぐにハッとして涙を拭い、何かに気づいたのか、急かすように涙声のまま話し始める。
「いけない。この場所に近づいてくる人たちがいる。きっとプラーズの仲間たちね。とても名残惜しいけど、あなたとヘイを残して私も行くわ。天津軍に見つかるわけにはいかないもの。でも――その前に一つだけ、やっておきたいことがあるの」
お姉さんはそれを視線で示した。
そこには、私が守るべきだったはずの命――散らしてしまった命がある。
「あ、ああっ。アオイ、アカリ、キサラ、ミドリ……」
胎内に取り込まれた少女たちの姿は穏やかで、気持ちよく眠っているだけに見えた。
私はその穏やかな姿に安堵しつつも、自分の無力さをひどく痛感する。
「彼女たちの願いを受け取ってあげて。あなたのために戦った少女たちの最期の願いを」
「お姉さん、それは――う、あ」
私が願いの内容を聞き届ける前に意識が闇へと落ちていく。
限界を超えた肉体と精神は私の電源を切るように意識を落とそうとする。
みんな、私を置いていかないでくれ。
みんなと話したいことがあった。
みんなとやりたいことがあった。
私はお前たちと一緒にいたい、お前たちと離れたくないッ――。
伸ばした手は何も掴めない。
いや、そこには。
確かな――――があった。
「さようならプラーズ……あなたのことを永遠に愛してる。最後に――」
闇の中で最後に感じたのは愛しい人の声と――確かな命のぬくもりだった。
「……ちゅっ」
誰かが私に口づけをする夢を見た。
私の側には少女たちがいて、労わるように寄り添ってくれている。
ずっとこの夢の中にいたいと思った。
ずっとこのぬくもりを感じていたいと思った。
でもそれは叶わない。
少女たちはそれぞれの色に姿を変えて、私の元に集まり一つとなった。
そして――夢の世界は私の意思に関係なく終わりを告げる。
こうして富士機械化要塞最深部での戦いは終わった。
――口づけの夢とともに。




