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50話 歪んだ少年

 「ここは……淫売の腹の中か。くそっ、こんなところで終わってたまるか。この僕がッ」

 僕は全ての準備を整えた上でプラーズに挑んで敗北――無様に淫売の腹に収まった。

 完全な敗北を喫しつつも諦め切れない僕の目の前にあるのは、ピンク色の壁と管で作られた空間だった。

 「ひっ、なんだ死体か」

 そしてその壁には体を埋める無数の少女たちの姿がある。

 少女たちは壁に取り込まれているという表現が正しいように思える状態で、それは死んだ人間の成れの果てのように感じられた。

 だがそんなことはどうでもいい。

 「僕はこうはならないっ。必ずプラーズに思い知らせる。どちらが上なのかを」

 いま大事なのは少女のことではなく、この絶望的な状況から脱出する方法なのだ。

 異形の肉壁に拳を叩きつけてから、僕は探索を始めようとした。

 「――私に言いたいことがあるんじゃないか、レオ」

 その中で僕に声をかけてくるやつがいた。

 その凛々しく忌々しい声を忘れるわけがない。

 「プラーズ!!! 貴様、死にかけのはずだっ。まだ生きてッ――」

 「ああ。ボロボロだったがお姉さんの胎内で治療を受けてね。お前との決着をつけるため、ここに立っている」

 やつは僕を見下ろすように立っていた。その体は言葉通りにボロボロだが、瞳に宿る光は僕を射抜くように強く輝いており、とても死に体になっていたようには見えない。

 「お前が執着しているのは私だ。他の人を巻き込むべきじゃない」

 プラーズはこちらに向かってゆっくりと歩きながら告げる。

 そのどこまでも冷静な言葉に僕の怒りが爆発した。

 「周りを巻き込むな……? 僕の人生を壊しておいてよくもそんなことが言えたな!」

 周りを巻き込んでいるのはお前だろう!

 プラーズ、お前が全部壊した、全部悪いんだ!

 「確かに結果としてはそうなったのかもしれない。だがそれはお前が弱かったからだ。お前の才能が、努力が、覚悟が足りなかった結果だ。そこに甘えるな」

 プラーズは冷たく言い放った。

 お前は足りない人間だと。お前は弱いと。

 「な――」

 プラーズはなおもその歩みを、言葉を止めない。

 「人間は弱い。光を目指して走り出しても、足元が見えずに転ぶことなんて日常茶飯事だ。さらにそこで立つための足を失うことだってある。だがな――人間は強い。転んでも立ち上がることができる。足を失っても義足をつけて立ち上がるやつだっている」

 「そんな人生論は聞きたくないな。そもそも僕たちは孤児だ。最低の底辺からのスタートだった。転んだ状態からのスタートだったじゃないか!」

 「一般的には最下層の底辺から始まった私たちには、さらに下の地獄があっただけのことだ。そして絶望の底に叩き落とされたときにこそ、人間の真価が問われると私は考える。お前は夢が壊れてどうした、何をした?」

 「僕は――研究所で這い上がって、お前に復讐する計画を立てて、そしてここまで」

 プラーズは冷たい言葉から一転して諭すような口調で、穏やかに続けた。

 「私はレオの科学者としての力量を疑っていない。むしろ私以上だと思っている」

 「何が言いたい、僕を褒めて懐柔でもしたいのか」

 プラーズはゆっくりと首を左右に振った。

 「お前はどんな形であれ絶望の底で立ち上がった。その事実を誇るべきだ。お前はすごいよ、レオ」

 こいつは何を言っている。何が言いたい。

 「レオが真に心から研究一本に打ち込めば、ネイチャーヘッドに入るくらいのことは容易いと、私は思う。似合わない軍服を着て、戦場の第一線で指揮官をやらなくたっていい。嘆く前に、私への復讐を考える前に、その時間を研究に充てることだってできたはずだ」

 プラーズの発言が理解できない。頭が理解を拒んでいる。

 僕がネイチャーヘッドに入れただと。

 そんな、そんなはずは。

 「だがお前は夢よりも復讐を選んだ。何より優先すべき目標をすり替えてしまったんだ」

 「だから――なんだというんだ。今更そんな言葉に何の意味がある。今から人生をやり直せるわけでもない。人の人生の間違いを語ることに何の意味があるんだッッッ、答えろプラーズ!」

 プラーズの言葉に対して無性に腹が立った僕は叫んでいた。

 ありもしない理想を語ったところで、今という現実は変わらないのに。

 「お前は自分が卑下しているよりもすごいやつだってことを理解して欲しかった。私に勝つことでそれを証明するまでもなく、自分が優秀な科学者なのだと気づいて欲しかった。だから自分の過ちを後悔して悔い改めろ。そうすればまだ引き返せる」

 「僕の過ち、だと?」

 「そうだ。一年前の戦場から仕組んでいた――第31補給部隊の孤立、帰還した私の配置転換、研究所の実験への参加――そしてあのデモンストレーションを」

 「なんだよ。ははっ、僕が全てを仕組んだことに気づいていたのか」

 「ああ、軍部と研究所に深い繋がりがあることは知っていた。証拠も押さえてある」

 つまり、今の僕はプラーズに生殺与奪を握られている。

 こいつは何がしたい? 僕に自白させて何をしようとしている?

 「くく、そうか。そうかそうか。お前は社会的に僕を殺して復讐するつもり――」

 「悔い改めるなら私と姉さんへの諸々の行為は忘れてやろうと考えている」

 「は――?」

 なぜ、なぜここまでした相手の所業を忘れるなんて言える。

 人生を歪めた相手だぞ。禊雫を大切な存在だと知って危険に晒したんだぞ。

 それを忘れるなんてできるはずが。

 「だから私とお姉さんからはこいつをくれてやる」

 「え――ごふっ?!」

 僕はプラーズに顔を殴られていた。

 「そしてこれはお姉さんの分だ」

 そして気づいたときには腹を思い切り殴られて吹き飛ばされ、肉の壁に激突していた。

 あまりに重い、重すぎる拳だった。

 「私がお前を許すことは一生ない。だが私にはまだやるべきことがあって、これ以上お前に付き合う暇はないんだ。今後一切私の人生に、私の周囲に関わるな――!」

 「なに、言ってる。勝手に終わらせる、な。僕はまだ――あ? な、なんだよ、これは」

 すでに聞く耳を持たない姿勢のプラーズが僕の前に銃を放った。

 それは大阪にもCEMにも通用しない時代遅れの古い銃で、その程度の銃弾で殺せるのは人間くらいの骨董品だった。

 「レオ、お前は科学者として実験対象への敬意を忘れた。命を扱うということの重さを軽んじた。それは到底許されることではない。だからお前を裁くのは私でもお姉さんでもない――お前に実験で弄ばれたものたちだ」

 プラーズの言葉に呼応したかのように肉壁が蠢いた。

 そこから人の手が無数に溢れ、僕の体を掴む。

 「ひっ、なにを」

 やがて肉壁からは顔が現れた――それらは全て少女のもので。

 その少女たちは、全て嗤っていた。

 見知らぬ少女たちが僕の体を掴んで嗤っている。

 気が触れているとしか思えない笑みに僕は恐怖を抱いた。

 「なんなんだ、なんなんだお前たちは?!」

 「……顔も見ても誰かわからないか。そこにいる少女たちは全て――お前が作ったCEMボーグだよ。そして復讐のために弄ばれた命だ」

 「こいつらが僕の作ったCEMボーグ? 思考を奪われて自由に行動できないはずなのに」

 「彼女たちはお姉さんの胎内でのみ自由に行動できる。ここでは自分の人生を壊した相手に復讐することができるんだよ」

 僕を掴んでいた手が、嗤う顔たちが、硬質の怪物へと変わる。

 他の生物の特徴を取り込み、強靭で禍々しい外見になったソレは紛れもなく――僕が作り出したCEMボーグの姿だった。


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