48話 レオナルド・ペイント
「――っ」
すでに反撃の策を練り終えた私だったが、白髪の男の言葉に動きを止めてしまい、回避できたはずの怪人の蹴りをまともに食らってしまった。
その衝撃のせいか、かつてペイント園にいた白髪の少年の顔が脳裏に浮かぶ。
レオナルド・ペイント。
プラーズと同じく周囲から孤立して木陰にいた白髪の少年。
気弱で孤独な少年の姿が印象に残っていた。
それでも、彼には夢があった。
夢を叶えるために軍事訓練校に入った彼は、シャイボーイといじられながらも努力を続けているとペイント園の園長が話していた。
そして努力を続けた彼は軍事訓練校を次席で卒業――そんな輝かしい成績を残したと聞いている。
「まさか……レオナルド、くん?」
私の目の前に立ち軍服に身を包んだ白髪の男は、かつての純朴さを失い、ただただ異常な研究者となった――孤独な少年の成れの果てだ。
その姿は夢を追うというよりも、夢にしがみついているという表現が正しく思えた。
「ええ、やっと気づいてもらえましたか。ペイント園のレオナルドです。あの頃からあなたは全く変わりませんね。僕はあまりの憎しみと恨みで変わってしまいましたよ。プラーズに首席を盗られ、夢を打ち砕かれてからはね」
ああ、そんな。
なんて世界は残酷なのだろう。
「……なぜあなたは、そこにどんな理由があってプラーズを憎むというの?」
蹴り飛ばされた私はよろめきながら立ち上がった。
そして少年の成れの果てへと問いを投げる。
これだけは聞いておかなければならなかったから。
「僕は孤児だ。何の後ろ盾もない。ネイチャーヘッドに入れるほどの研究を行うには何もかもが足りなすぎた。その時、僕に手を差し伸べてくれた人がいた。天津の上層部にパイプを持っていた彼は、訓練校で主席になれば後見人になってくれる――僕にエリートの道を用意すると言ってくれた」
天津には孤児院に寄附をしてくれる富裕層が一定数いた。
幼いレオナルドに声をかけたのはその中の一人だろう。
だがその中には碌でもない人間がいることを私はよく知っていた。
「だが、それはプラーズのせいで白紙となり僕の夢は壊された。それからどうにか手を尽くして転がり込んだ研究所で、僕は雑用係として一から人生を再スタートさせた。だが僕と違いプラーズは若手エリートとして機甲大隊に配属され華々しいスタートをした。あいつは人の夢を壊しておきながら自分だけ夢を掴み取った。これでもまだプラーズのことを憎むのは間違っていると?」
孤児という境遇に置かれた子供は自分の人生を軽視しがちだ。
それは愛を知らないからで、守るべき大切なものを――ぬくもりを知らないからだ。
大切なものを持たない彼らは、本当に大切かわからない何かを守るために躍起になる。
それはプラーズにとって私という存在で、レオにとってはネイチャーヘッドに入るという夢だったのだ。
私は彼に同情していた。
確かに彼の境遇を考えればプラーズを恨みたくもなる。
でも、それでも。
「プラーズが首席になったことで、あなたが夢への切符を失ったのは事実なのでしょう。それでもプラーズに悪意はなかった。彼があなたの夢を壊すために首席になったわけではないことくらい、長年プラーズのことを見てきたあなたならわかるはずよ」
プラーズが悪意を持って彼の夢を壊そうとすることなど絶対にない。
私は断言できる。私には確信がある。
「それでもッ、プラーズが僕の夢を壊したのは事実、紛れもない事実なんだッ……」
「そんなのは一方的すぎる!」
「では訊こう。あなたが大事なプラーズを喪ったと仮定して、殺した相手に過失がなければ許すことができるのか。不慮の出来事だったからといって大切なものが奪われることを許容できるのかッ!」
「それは……がふっ、ぐふっ、があっ」
嘆きのようなレオの問いかけに私は言葉を窮した。
もしも不慮の出来事でプラーズを喪ったならば、私は相手に過失がなかったとしても問答無用で殺してしまうかもしれない――そう思ってしまったからだ。
レオの言葉を返せなかった私は、そのままCEMボーグに嬲られ続けた。
「僕にはできない。できるはずがない。大事なものを喪って壊されて、冷静でいることなど不可能だ。そして――奪われたなら奪い返す。僕にはその権利があるッ!」
「レオナルド……が、かはっ」
執拗に振るわれるCEMボーグの攻撃がレオナルドの慟哭と重なる。それは私の身も心も切り裂いていった。
「これは正当な復讐だ。人の夢を壊すことがどれだけの罪か、わからせてやる」
「あなたがそこまで、自分の夢に全てをかけていたなんて。気づけなくてごめんなさい。大人の私たちが正しく導いてあげられなくてごめんなさい」
夢と復讐に取り憑かれた少年の成れの果てへ――私は謝罪していた。
彼の中に闇が芽生えたとき、それを照らす光になれなかったことを。
子供の間違いに気づき、優しく守ってあげることが、正しく導いてあげることが大人の役割だと私は知っているから。
「あくまでプラーズのついでですが、僕はあなたのことも嫌いでした。いくらペイント園のためとはいえ、男をアクセサリーのように付け替えるあなたのことが心底嫌いでした。あなたは自分の持つ武器を、特性を理解していた。だから優秀なプラーズを誑かした。自分のためだけに行動する、便利で従順な駒に仕立て上げたかったのでしょう?」
その言葉に私の中で何かが弾けた。
彼に対する同情や躊躇が霧散するほどの想いが己の内側から湧き上がる。
それだけは正さなくてはならない。
この想いは本物だと証明しなくてはならない。
「――私のことを、やってきたことをどう言おうが構わない。でもね、私の想いを他人に否定される謂れはない。私のプラーズへの想いは、この焦がれる気持ちは本物だッ!」
ああ――私の中から激情が溢れる。
そして、その気持ちに腹の中の怪物が応えようとしている。
そうだ。私は怪物になったのだ。
私の帰る場所はもはやどこにもない。
プラーズの存在だけが私の生きる意味なのだ。
それを否定することは――許さない。
「―――――――――!!!」
激情を溢れさせる私は産声の代わりとでもいうように咆哮した。
獣性を帯びた声が魂の奥底から解き放たれ、全てのCEMボーグを硬直させる。
この叫びは思考を切除された怪物の魂さえ震わせ、恐怖を与えていた。
「指揮官、危険です。下がってください」
ずっとレオナルドの傍に控えていたアイリスが一歩前に出る。彼女は恐怖しているように見えないが、それでも私の変容に感じるものがあったのだろう。
上官であるレオナルドに危険を伝えているようだ。
やがて咆哮を響かせ終えた頃には私の全身が変態を完了していた。
そこには様々な生物の特徴が露出していた。手と足には鋭利な爪が伸び、背中には翼が生え、尻尾は一本から五本に増え、それぞれが少女たちの色を備えていた。
「禊雫、完全に人間をやめたな――――アイリスッやつを殺せ!」




