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46話 怪物の誕生

 私、禊雫は静かになった戦場で目を覚ました。


 最後の記憶を確認する。どうやら魔女に蹴り飛ばされて気を失っていたらしい。

 自分の状態を確認する。カラー、肉体、共にボロボロで補給が必要なことを理解する。

 周辺の状況を確認する。プラーズが頭から血を流して倒れている――助けなければ!

 魔女の存在は希薄になっている。これはカラーが残留しているだけで魔女は死んだ?


 目を覚ました私の目の前には少女が倒れていた。

 「ここまで蹴り飛ばされたのね。あら?」

 この子はプラーズの仲間の一人でヘイという少女だ。

 見たところカラーの使いすぎで気絶している。可愛い。

 辺りを見回せば四人の少女が倒れている。ソウルコアが長時間体から離れていることを考えれば、この子たちの肉体はすでに機能を停止しているだろう。可哀想だ。

だから私が彼女たちにできることをやろう。これは誰でもない彼女たちの指揮官――プラーズが提案したことなのだ。彼女たちも異論はないだろう。

 「……プラーズがせっかく私のために提案してくれたことだものね。ふふっ」

 私は自分が今から実行する内容の妥当性とリスクを再度検討した。

 そして導き出された妥当性とリスクを、プラーズの言うことだからと無視する。

 これは私に残された唯一の道で自由を掴み取るための選択だ。

 「どうせ天津には戻れない。ふう、人間やーめた」

 覚悟を決めた私は行動を開始する。

 意識を失って倒れているヘイに近づき、腹部をはだけさせる。そして綺麗な白磁の色をしたお腹に手を当てた私は、自分の中に残るカラーをその場所へと流し込んだ。

 すると少女のお腹はボコン、と低い音を立てて蠢き、その生を声高に主張する。

 「うんうん、元気でいい子だね。私、強い子が好きなの」

 それは倒れている母体の少女の意思とは関係ない、下腹部に寄生する生物の脈動だった。

 CEM幼体。

 大阪の元で知った知識とプラーズからきいた内容から、この怪物がどれだけ危険なのかは理解しているつもりだ。

 あの魔女と同じ生物なのだから、その危険度は語るまでもない。

 そして今まさにその生物は私のカラーを喜んで貪り、食らっている。

 おぞましい光景だ。

 だがこの生物が私の命を繋ぐ鍵になるのもまた事実だった。

 「さぁたあんとお食べ」

 私はこの行為が目の前のおぞましい光景を助長すると理解した上で、自身のカラー残量を気にすることなく少女のお腹へとカラーを注いでいく。

 それによってカラーを貪る胎内の生物は歓喜して蠢き、やがてはその全てを私のカラーに染めていった。

 「はぁ……ふふ、私に染まっているのね。食べさせ甲斐があるわ」

 そして飛びそうになる意識をなんとか繋ぎながらカラーを注ぎ続けること数分、CEM幼体の成長によって少女の腹部は異様なまでに膨れ上がっていた。

 ヘイは苦痛で顔を歪ませるが意識が覚醒した様子はない。

 気を失っている間に全てが終わっている、幸せなことだ。

 「そろそろ、かな。ほら、出てきなさい。この子よりも私は美味しいわよ」

 CEM幼体は常に進化のための糧を求めている。寄生先との均衡が保たれている場合は例外だが、カラーを得て活性状態となれば、その本能に従って捕食を開始する。

 蠢き胎動する少女の腹、その穴から触手が飛び出して私を捕食しようと口を開く。

 一歩間違えれば怪物の餌になってしまう状況で私は笑っていた。

 なぜならこの瞬間を待っていたのは私も同じなのだから。

 「うふ――いただきます♪」

 私は飛び出してきた触手の口を手で掴み――そのまま自分の口へと運んだ。

 飛び出した触手を咀嚼することなく飲み込んで、自分の腹に収めていく。

 喰らう。異形の生物を躊躇なく。

 取り込む。怪物の力を遠慮なく。

 変わる。私の存在が跡形もなく。

 「あああああああああああああああああああああああああああああああ」

 私は少女の胎内に巣食うCEM幼体、その全てを引っ張り出して喰らった。

 「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いィ!!!」

 自分という存在が根底から書き換えられていく感覚は、言葉では表せない痛みとなって私を襲った。

 それでも私は生きるために変わることを躊躇わなかった。

 しかし一人分のCEM幼体では到底足りない、満たされない。

 すでに人間から逸脱した私のお腹は切なく鳴いている。

 「もっと、もっともっと、食べなきゃ。プラーーーズ!!!」

 なにより一度の捕食で得られる程度の力では――プラーズを守れない。

 「いやはや――素晴らしいものを見せていただきました。今日、この富士機械化要塞最深部で起きた出来事は、人類の歴史に刻まれる偉業になるでしょうねぇ。くっくっく」

 私が大事な食事をしている時に、拍手をしながら声をかけてくる白髪の男がいた。

 男は天津の軍服を着ているが、着慣れていないのか、それはどこか不恰好に見える。

 そして白髪の男の後ろにはゆらゆらと体をふらつかせる少女たちの姿が見えた。

 首元に白色のチョーカーが取り付けられた少女たち。

 その目は虚空を彷徨っていた。この少女たちが似たデザインの軍服に身を包んでいることから白髪の男の部下だと察しはつく。それでもこいつらがまともな部隊でないことは、天津軍の末端だった私でも一目でわかる異様な集団だった。

 「おや、特務中尉が魔女を倒したので頃合いかなと思ったのですが。ふふふ、少々タイミングを測りすぎましたか?」

 こいつはいま、私たちと魔女の戦いを傍観していたことを喋った。

 ボロボロの姿で戦うプラーズを見ながら何もしなかったのだ。

 「ちょっと黙ってて。いま、食事中なの」

 私は声をかけてきた白髪の男を無視して食事を再開しようとする。こいつの行動は万死に値するが、いま優先すべきは食事だ。食べなくてはならない。

 しかし私の言葉を拒否するように白髪の男は言葉を続けた。

 「困りましたねぇ。僕はあなたを実験対象として天津に持ち帰らなくてはいけない。おいアイリス、残りの時間はどれくらいある?」

 下卑た笑みで私を見る白髪の男は後ろに控える少女の名前を呼んだ。

 「はい指揮官、残り15分程度かと思われます」

 「なんだって? 大阪の部隊にしては早すぎる。原因は?」

 「はい指揮官、タイタンフィールドの小隊がこの最深部に接近中です。彼らの進行速度は他の大阪の部隊よりも早いようです」

 少女たちの最後尾から足音も立てずに現れ、男の質問に答えたのはメイドだった。

 異様な少女の中でただ一人背筋を伸ばしてクラシックスタイルのメイド服を着込み、私の一挙手一投足に目を配る存在――このメイドこそが一番の強敵であると私は悟る。

 「ちっ、エリート気取りのギアハンドラーどもめ……やつらに僕たちの存在を気取らせるわけにはいかない。魔都大阪攻めから秘密裏にここへと辿り着くため、邪魔だったやつらの仲間のエリック准尉を始末したんだ。ここまできたら最後まで隠し通すさ。時間内に目標を回収、作戦を完了させろ」

 白髪の男から命令を受けたメイドは慇懃にスカートの裾を持ち上げて私に礼をした。

 「お初にお目にかかります。我が名はアイリス。ただのアイリスでございます。この度は指揮官の命令により、禊雫――あなたを天津に持ち帰ります」

 その言葉に私はギロリ、と白髪の男を睨んだ。

 「あなたたちの目的は理解した。それより――私の大切なプラーズをどうするつもり?」

 「ひ――こ、こいつにはこの場所で死んでもらう。こいつは人様の人生を踏み躙っておきながら生きているクズなんだ、ここで退場するべき存在なんだからな!」

 「そう」

 私は自分でも驚くような冷たい声で短く応えた。

 プラーズを傷つけるやつには容赦しない、私はそれができる存在なのだと知る。

 「――アイリスッ、CEMボーグ全員に攻撃指示を出せ!」

 「…………お前たち、いきなさい」


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