45話 魔女グレン
「女ァ、俺様はお前を再び喰らうッ。だがそれはこいつを殺した後だッ!!!」
「お姉さん!!!」
地面を転がるお姉さんの体は、やがて倒れているヘイの体にぶつかって止まった。
雫お姉さんとヘイ――私が守るべき二人の存在がそこにある。
いま彼女たちの命を守れるのは私しかいない。
ならば私が自分の全てを懸けて守る。
それがどんなに辛くても、苦しくても、立ち上がれ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
私は吠えるように叫びながら、再び赤く染まった戦場に立った。
すでに体は限界で、もはや立ち上がれたのが奇跡と呼べる状態だった。
それでも私は最後に残った想いを武器に魂を奮い立たせ、魔女へと向き直る。
「立ち上がったことは褒めてやる。だがお前はここまでだ。俺様はあの女が欲しいッ、俺様のものにすると決めたッ! だから、俺様と女の邪魔をするやつは、消すッ!」
私を始末してお姉さんを自分の物にすると魔女は宣言した。だが、その体は生物としてまともな状態ではなかった。
人間とは違いCEMである魔女の構造はわからないが、少なくとも体内にできた空白と抉り取られた肉、骨が露出した箇所の多さは、先ほどのダメージがいかに大きかったかを示していた。
しかし逆にいえば、その状態で生きていること自体が魔女の強さの証明でもあった。
「吠えるなよ、魔女。そんな状態で私を殺せるのか?」
そして今もなお、魔女の体の各部は白煙を上げながら再生を続けている。
しかしその再生速度は、お姉さんを取り込んでいたときよりもかなり遅いように思えた。
「どうした、早く来い。それとも弱っているから無理なのか? ははっ」
私は目の前の強大な存在を前に口を動かした。
我ながら安い挑発だった。側から見れば滑稽に映るに違いない。
それでも体を動かすより口を動かすほうが効果的な気がした。
残り全ての力を一撃に込めるため、この場所から動けない私は安直な言葉を並べる。
「最強の魔女が、無様、じゃないか。そんなお前は、私が、倒してやる。さっさと、かかって、こい」
魔女は私の安い挑発に乗って突進してきた。
やつも私のこれが挑発だと気づいている。
「やってみろ人間。それが言葉だけではないと証明しろ。お前の手で、お前の力で!」
だがそれでも魔女は自分から近づいてきた。
それを引っ括めても勝てると考えているのだ。
「助か、る。もう一歩も、動くことが、できない、から……これで、終わりにし、よう」
私はボロボロの左手を掲げて集中し、そこへ体内に残ったカラーの全てを掻き集める。
私が最後の一撃にと作り出したのは火球だった。
お姉さんから与えられたカラーの全てを注ぎ込み――核として火の玉を形成、そこへみんなのソウルコアを宿したときに貰ったカラーの残滓を注いでコーティングする。
「その程度の小さな火球で、俺様がやれると思ったかッ!」
「ただの火球なら、そう、かもな……まだ、楽しませて、やるッ!」
そのボロボロの外見とは正反対の威勢のいい言葉を吐きながら、私は火球を超圧縮してさらなるカラーを注ぎ込む。
意識が持っていかれそうになりながらも細心の注意を払い、アイリスとの特訓で得たカラーの制御を駆使して己のカラーを溶け込ませていく。
「完成、だ」
それによって作られたのは、サイズ自体は小さいがカラー密度の高い火球だ。
この技は今までと違い、私自身のカラーを使用している。
私のパーソナルカラーは全ての色と根本的に異なり、色であって色でない特殊な色。
全ての色となる可能性を秘めた無の色。
――その名は無色透明。
他の色に強く干渉する白と黒のような色もあるが、無色だけは全てが特殊。
重なり混ざり合っても、それを犯すことなく受け入れる。
まさに無我――絶対許容の色。
「これが私の想い、その――――覚悟だッッ!!!」
「――ぬぅ!? ぐうおおおおおおおおおお!!!」
超圧縮された火球が魔女の体に炸裂する。
私の透明のカラーが全てを成立させた火球――みんなのカラーが少しずつ、手を取り合うように作られた重なりは、その威力を倍増させて魔女の体に破壊をもたらした。
「まさか、まだ、このような力が――だがぁ、まだ、まだだあああああああ!」
己の赤きカラーを盾にした魔女が私の生成した火球に再生途中の腕を突き込む。
魔女は自分の片腕を犠牲にしてでも火球の核を破壊して崩壊させるつもりだ。
このまま押し切られれば中心の核が維持できずに全体が崩壊してしまう。
「お前、は――私が、ここで、終わらせ、るッッ」
こちらも火球を維持、守るためにカラーを注ぎ込む。
くそっ。火球を維持するだけの、残りのカラーが、もう。
「指揮官っ! まだです! 私が繋ぎますっ、私も戦わせてくださいっ――」
声がきこえた。
振り向かなくてもその想いは伝わってくる。
そうか、どうやら諦めるのには早いようだ。
ヘイが私に想い(カラー)を託してくれている――これならッッ!
「みんなと一緒に私もいますっ――私の想いを、あなたに、指揮官っっっ!!!!」
「ヘイのカラー、確かに受け取った。これで、私たちの、想いを――一つに」
お姉さんから貰ったカラー、ミドリ、アカリ、アオイ、キサラのカラーを、ヘイから受け取った黒きカラーで再統合する。
それにより魔女の猛攻で崩壊しかけていた火球が安定――そこに私の魂から搾り出した透明のカラーを使い、さらなる強化を施した。
「こいつッ、黒のカラーで他のカラーを統合しただとッ。人間がカラーをここまで、ぐうううううう馬鹿なああああああああああ」
再びその勢いを取り戻した――いや、先ほどよりも勢いを増した火球は、その威力を黒き結束で倍増させて魔女の赤きカラーを消し飛ばす。
「消し飛べえええええええええええええええええ」
「ぬああああああああああああああああああああ」
ここにカラーの均衡は崩れ、魔女の体へと火球が突き込まれた――そして、爆発。
「く――が、ふっ」
己の眼前で発生した爆発の威力に、踏み止まる力をもたない私は受け身をとることさえままならない。
おかげで勢いよく後ろに倒れてしまい、後頭部を強打していた。
ああ、頭がべっとりと濡れて気持ちが悪い。
そして地面に横たわる私の耳に届く――聞きたくなかった声。
「ははははははっ、最高だ。これだ、これこそが戦い。血湧き肉躍る本能同士の衝突!」
聞こえた声に首を傾けた先――戦場には体を震わせて笑う魔女の姿があった。
その震えが恐怖からではなく歓喜によってもたらされたものであることは、その恍惚とした表情が物語っていた。その顔を半分、両腕と胸下の全てが欠損し、もはや彫像のような姿で歓喜の涙を流す魔女がそこにはいた。
「俺様の負けだ、人間。女を再び食らうことが、俺様のものにできなかったことは残念だ。しかし俺様は満足している。やはり戦いこそが生きる意味だ。これこそ生命が生まれた意味なのだ。俺様は生を謳歌した。ぐあっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
血と涙を流しながらの呵々大笑。
戦いの決着を確信して心底嬉しそうに、魔女は雄弁に語る。
「お前はよく戦った。俺様を心の底から楽しませた。これは誇れることだぞ。だから最後に名前を教えてくれ。俺様の名はグレン。お前の名を胸に刻んで逝くとしよう」
「プラーズ・ペイント」
私は考えることもなく反射的に答えていた。
あの戦いから今日まで、この魔女とは奇妙な縁があった。
だからその縁に対して私も感化された部分があったのだろう。
そして返答を聞いた魔女がふっと笑ったかと思えば、その体が崩壊する。
魔女の体は再生することなく、風に浚われる砂のようにボロボロと崩れていき、最後には世界へ溶けていった。
グレンはそのような状態にありながら、自分の死を自覚してなお笑っていた。
「やはり、お前は、強い。魔女――グレン」
「当たり前だ。だから次に死合うのは冥府で、だ。それまではせいぜいこの地獄を楽しむといい。ではなプラーズ、先に冥府に行って待っているぞ。ぐはははははははは!!!」
魔女のカラーが尽き、その肉体の全てが塵となる。
「戦うことこそ、我が至高なりッ――」
魔女の最期の言葉を聞き届けた満身創痍の私は、その後を追うように意識を暗闇に落とした。




