44話 大阪になるということ
「ああ、そうね。プラーズには話しておくわ。私が体験したこと、今までのことを」
お姉さんは語った。――一年前の戦いから今日までの、全てを。
「大阪に取り込まれてからの日々は夢心地のようにふわふわしていて、まるで他人の人生を俯瞰して見ているようだった。それは決して気持ちのいいものではなくて、自分がどこにいるのか、立っているのか座っているのか、何もわからなかった。だから私はプラーズのことを想って自分の意識を保った。それから自分という存在が何なのか、個人の定義がわからなくなってからは、次第に自分は大阪なんだと思うようになった。自分が大阪なのだから大阪のために行動するのは自然だ、という風に思考するようになっていったの」
「この時、私は個人として、禊雫として死んだのだと思う。でもある日――私は再び生まれた。もちろん大阪には従っていたけど、個人として一定の自由が与えられた。どうやら大阪は優秀な個体に自由を与えるみたい。そして同時に特別な役目を与える。私に与えられた役目は優秀な個体を生み出すことだった。それがなぜ私だったのかはわからない。大阪は優秀な個体を首都大阪に集め、優秀な人間の研究をしていた。大阪が進軍を停止したのもそこにあって、ある日カラー技術を全軍に共有しようとしたら中枢に支障が出たらしいの。そこで、より強力な生体制御システムが必要になった。私はそれを生み出す役目に選ばれたわけだね。それからの私は優秀な兵士を生み出す日々を送った――」
「ふと、気づけばその役目は終わっていた。その行為に対する嫌悪感も、役目を終えた感慨に耽る間も与えられることなく、次に与えられた任務は富士機械化要塞の防衛だった。この時間は要塞を守ることに大半のリソースを割きつつも、多少の自由があった。だから最近はあなたとのメモリーを反芻しながら、大阪兵を操る要塞の司令塔をやっていたわ。そして今日この場所にあなたたちがやってきたことで私は大阪から解放された。私は再度生まれたことで肉体の機械化が最低限になっていたの。だから大阪から切り離されてしまえば普通の人間として生活できる――そう考えていた時期もあった」
「天津にいた頃からカラーの才能はあったけど、まさか自分が魔女に気に入られるとは思わなかったな。まぁ魔女の腹に触れたプラーズの拳へカラーを供給してあげることができるくらいだし、そこそこすごいのかもね。で、その後はプラーズのおかげで魔女の腹から脱出できましたとさ。めでたしめでたし〜」
お姉さんは大阪に取り込まれた話を、尊厳を踏み躙られた話を、魔女に取り込まれた話を、めでたしめでたし終わりよければ全てよし、というような軽いニュアンスで締めた。
「長かったような気もするし、思い返せば一瞬のような気もしてきたな〜」
お姉さんは、お姉さん自身が、そう言って笑うのだ。
「――――――っ」
筆舌に尽くし難い経験をしたお姉さんにかける言葉を探す。
その中で私は、天津に戻ったらお姉さんはどうするのかというふとした疑問から、重大な事実に気づいてしまっていた。
「お姉さんこれから……天津には、もう」
このまま天津に戻ったとしても、彼女が当たり前の生活を送ることは絶対にできない。
なぜならお姉さんは大阪と魔女に取り込まれたにも関わらず生きて帰ってきた人間だ。
そのような存在が格好の研究材料だということは、一研究者である私でなくとも簡単にわかることだった。
「あ、プラーズ気づいちゃった? そうだねぇ〜ここまで話せばプラーズならわかっちゃうよね〜。――私が人間の世界には帰れないってことにさ」
この事実に辿り着いたとき、私はきっとひどい顔をしていたのだろう。
だからお姉さんはふっと微笑みかけてから、私を赦すように言った。
「この状況はプラーズのせいじゃないよ。さっきも言ったでしょ。大阪から解放されたのはプラーズのおかげだし、魔女から解放されたのだってプラーズのおかげだよ。だからそんな顔をしなくていいの。私はプラーズに、その仲間たちにもすごく感謝している。きっと生きていればまた会える。だからこれが永遠の別れじゃない。あの時みたいな悲しい願いもいらないんだよ。だからまずは私に、助けてもらったことのお返しをさせて」
お姉さんは何も悪くないのに、また奪われるのか。
お姉さんは奪われ続けたのに、また虐げられるのか。
そしてこれから先に待つ、天津から追われ逃げ続ける人生。
彼女は一人の人間として自由に生きることを否定される。
それはきっと、想像するまでもなく過酷な人生だ。
ダメだ。雫お姉さんは自由になるべきなんだ。
では私にできることは。
お姉さんに与えてもらった私が、何かを返すことはできないか。
そう、それは。
今までずっと果たしたかった――私の目的で。
それを遂行することで成される、私からの恩返しだ。
「私がお姉さんの願いを叶えてみせる。あなたを――殺すよ。これでお姉さんは天津から解放されて自由になれる」
私は語った。お姉さんが自由になるためにできることを――その方法を。
「プラーズ、それは――」
「おい人間ッ! この程度で、終わる俺様じゃ、ねぇぞ。俺様と、戦えッ!!!」
私がお姉さんを救うための方法を伝えようとしたとき、突如として魔女が現れ、私を狙って大きな片足を振りかぶった。
「は――魔女」
私は動けなかった。
お姉さんと話した時間でいくらか休めたとはいえ、休めば治る程度の負傷ではなかった。
その中でも私の思考は眼前の光景に対して回転を止めなかった。魔女は体が破裂しても動けるのか、今までどこにいていつ移動したのか、どうすれば倒せるのか――今はどうでもいい思考が浮かんでは消えるが、状況を解決する策は一向に出てこない。
「ダメッッッ!!!」
だが、突如現れた魔女に対してお姉さんは反応していた、できていた。
しかしそのお姉さんも反射的に体が動いてしまったという様相で、なにか考えがあるというわけではなく、ただ魔女の蹴りの前に飛び出しただけのようだった。
「お姉さん!」
そうか。お姉さんは何も考えず、ただ私を守ろうと前に飛び出したのだ。
常に誰かのために行動する。彼女はいつだってそういう人だった。
「ごめんね。いつも勝手な私を許して、プラーズ」
それは何に対する謝罪だったのか、それを理解する暇はなかった。
私を庇って前に出たお姉さんは魔女によって蹴り飛ばされる。
その瞬間にグシャ、と嫌な音が聞こえて。
お姉さんは跳ねるように地面を転がった。




