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43話 教えと愛で駆動して

 「どうした人間、足掻けよ。最後まで抵抗しろ。それがお前たち人間だろう?」

 魔女の攻撃を受ける、受ける、受け続ける。

 魔女に殴られ、蹴られ、吹き飛ばされ、突き落とされる。

 私の体はまるでボールように戦場を跳ねて転がった。もう、終わりだ。

 「がっ、ぐ、がはっ、げほっ、があっ」

 人間がどれだけ体と精神を鍛え、便利な道具を生み出して頭数を揃えても、結局のところ象と蟻では、そもそも同じ土俵に立っていない、話になっていないのだ。

 「おいおい……お前はやれる個体だろ。人間の想いとやらはこの程度か?」

 「この、悪魔め……ぎりぎりの、手加減、して、くれる……」

 私は殺せるのに殺さない魔女に対して苛立ちを覚え始めていた。

 もはや自力で立つこともできない状態の私は、その当てつけとして嫌がらせのためだけに拳を放った。

 満身創痍の自分にできたのは、ひたすらに強者を求める魔女に対してそんなやつはいないと弱者の拳を振るうくらいだ。

 当たり前だが、やはり手応えはなかった。

 頭を魔女に掴まれて地面に足のつかない状態から放たれる拳では、魔女以前に人間すら倒せない。

 わかっていた。私の拳に意味がないことは。

 でも、それでも、悔しかったから。

 「悔しい……悔しい……悔しいなぁ」

 再び、意味のない私の拳が魔女の腹に命中する。

 なんの手応えもない。虚しさとともに涙が溢れた。

 「では最後は潰れて死ね。楽しかったぜ、人間」

 これで終わりか。結局のところ私は、何もできなかった。

 何もできないちっぽけな存在だった。

 己の命を賭けてすら、みんなの願いを叶えることができない哀れなやつだ。

 それでも、最後まで魔女に向けて拳を放つことをやめなかった。

 この意志だけは負けていないと、魔女の腹に拳を当てる。

 それは哀れでちっぽけな存在の、意地だった。

 「ごめん。ヘイ、みんな……お姉さ、ん」

 最後の抵抗に意味はなく、麻痺した体の感覚が遠のいていく。

 その中で――私は声をきいた。


 『プラーズ……ここにいるわ……助けて、プラーズ……』


 お姉さん……お姉さんが私を呼んでいる……?

 どこだ。どこから。

 私は必死にお姉さんを探す。

 「そうか、そう、なのか」

 それは私が拳を当てる魔女の腹から。

 お姉さんの命の鼓動が拳を通して伝わってくる。

 その鼓動は私に勇気を与えた。

 そして戦うための力が私の外側と奥底――魂の内側から湧き上がってきていた。

 『あなたのことを信じています。プラーズはできる子で、私の自慢なのですからね』

 そうだ。私はできる子なんだ。

 それはお姉さんの自慢になるくらいにすごくて、どんな困難にも屈しない、たとえ相手が魔女だったとしても――負けるはずがないんだ。

 それは孤児院にいた頃からなにも変わらない。

 それが命を、大切なものを、愛するものを守るためならば。

 お姉さんから教わった命を大切にするということ。

 その教えとお姉さんへの愛が、私を駆動させる。

 「くっ…………うぅ――――――あああああああああああああ」

 私は吠えるように叫んで消えかけた意識を繋ぎ止め、麻痺した体を無理矢理に動かした。左手を支えにして右手を構え、迸るカラーを掌に収束させて眼前の魔女に放つ。

 「やる気になったようだな人間、嬉しいぞ! だが、そんなものが俺様に効くとでも?」

 魔女は私の一撃を防ぐこともせず体で受けた。

 どうやら防御するに値しないと判断されたらしい。

 確かに私が赤のカラーから生成したのは小さな火の玉だ。

 炎を操る魔女からしてみれば可愛いものだろう。

 だがそれは私にとってはよくできた――いや会心の出来といっていい一撃だった。

 「おまえ、笑ってやがるのか?」

 私の一撃を下腹部に受けた魔女は平然としていて、私の笑みに困惑してさえいた。

 一見して攻撃の効果は皆無で、ダメージを与えたようには見えないだろう。

 だが、それでいい。これでいい。

 「ああ、効かないよな。安心しろ――お前を壊すのは私じゃない」

 ああ、知っていたさ。

 お前がこの程度の攻撃でびくともしない怪物だということくらい。

 だから、最初からすでに。

 初めから狙いは――決めていたんだ。

 「あぁ? まだ何か――」

 魔女は私の狙い、放った一撃の意味が――わからない。

 その時ドクン、と魔女の腹が大きく胎動した。

 「すぐにわかるよ」

 魔女の全身に供給されていたカラーの流れが揺らぎ、纏う炎の鎧が消失する。

 それは魔女の体に起きた明らかな異常だった。

 「なに、が」

 そして魔女は悟る。自分の何が壊されたのかを。

 「これは俺様の女を解放するため――うがあああああああああああああ」

 私の拳は魔女の腹にカラーを浸透させ、取り込まれたお姉さんの拘束を破壊していた。

 私の狙いは魔女の体にカラーを打ち込むこと、お姉さんを拘束して閉じ込めている魔女の肉体――その下腹部にカラーを込めた一撃をお見舞いすることにあった。

 「こんな、こんなことが。ぐう、ぐおおおおおおおおおおおおおおおお」

 魔女はこちらのことを気にする余裕がなくなったのか、私は地面に落とされる形で魔女から解放されていた。

 私は地面に転がりながら、ふらふらとよろめく魔女に言葉をかけた。

 「どうだ。これで満足したか?」

 魔女は自身の腹を抱きかかえ、押さえつけながら一歩二歩と後退する。

 しかしその腹の膨張は止まらず、はち切れんばかりの大きさになっていた。

 「く、くくく。はははははははっ。いいぞ、いいぞぉ。想像以上だ。まさかこのような形で敗北することになろうとは。人間は、俺様の女は、最高だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 魔女は笑う。腹部を異様なまでに膨らませて。

 魔女は盛大に笑う。人間のことを称賛して。

 そして、ついに魔女はその体を破裂させた。

 戦場に破裂音が響き、赤き血の雨が降る。

 「これで、私たちの、勝ちだ」


 一面に広がる赤の中で、大切なものを探した。

 そして見つける。かけがえのない大切な存在を。


 「………………………………お姉さん」

 「………………………………プラーズ」


 私は溢れ出しそうな感慨からか後先を考えずにお姉さんの元へと駆け寄ろうとして、地面を転がった。

 ボロボロの体が心についてきていない。

 今すぐにでもお姉さんを抱きしめたいという心からの欲求を体は実行できない。

 全てが限界を超えた中での戦いは自分の想像以上に、私自身を死の淵へと近づけていた。

 「プラーズったら本当に無理をするんだから――ふふっ」

 「無理をしたのは、お姉さんの、せい、だよ――ははっ」

 お姉さんは地面に転がる私を抱き寄せ、寄り添って優しく介抱する。情けない姿を見せるのは嫌だと思いつつも私は彼女にされるがままで、いつの間にか膝枕までされていた。

 「こういうの、久しぶりでしょう。あの頃を思い出すわね」

 「もう、そういう年齢じゃない。私だって成長しているのに」

 「膝枕に年齢は関係ないと思うけどなー」

 お姉さんがそう言って顔を膨らませると、お互いにぷくっという笑顔が溢れた。

 血塗れの戦場で私はボロボロ、お姉さんに至っては生まれたままの姿で血塗れなのに、状況に不釣り合いな会話をしているのがおかしくて、吹き出すように笑ってしまったのだ。

 「はははっ、はぁ……。ねぇ、お姉さん。お姉さんにきいてほしいことが、あるんだ」

 お姉さんの柔らかな体から伝わる体温が心地よく、温かい。

 私はずっとこの温もりを求めていたんだと思い出して泣きそうになる。

 でもまずは、お姉さんに伝えるべきことを伝えようと思った。

 それが今日まで待たせてしまったお姉さんに対する謝罪であり誠意だと思ったからだ。

 「ふふふっ、いいよ、なんでもきいちゃうぞ」

 「じゃあ――――――」


私はお姉さんに今までのこと、私の過去の全てをありのまま話した。

お姉さんを失った戦場で見たこと、感じたこと、お姉さんの願いを叶えると誓ったこと。

そして私の新たな仲間たちの存在――少女たちのこと。

天津の上層部、研究所の実験、少女の死、世界の裏側から見えた景色の全て。

そこから学んだ――与えること、育むこと、教えること、導くこと、伝えること、残すこと、その中で自分に芽生えた感情――命を守りたいという想い。

お姉さんが教えてくれた命の大切さをようやく理解できたこと。

私はその全てを包み隠さずお姉さんに話した。

お姉さんは静かに、私の話を聞いていた。

「そっか……あの子がプラーズの守りたい、大切な子たちなんだね……」

遠くのほうに横たわるヘイと動かないみんなの姿を見て、お姉さんは少しだけ悲しそうな顔をした。

私はその表情に疑問を覚えたが、訊いておかなければならないことは他にもあった。

「お姉さんに確かめたいことがある、あんなことの後だ、体はその、大丈夫?」

お姉さんはあの戦いから今の今まで大阪に取り込まれ機械と同化していた。

そしてようやく大阪から解放されたと思えば、次は魔女に取り込まれたのだ。

すでに解放されたとはいえ、そのように壮絶な体験をしたお姉さんの体調が心配にならないわけがなかった。

「ああ、そうね。プラーズには話しておくわ。私が体験したこと、今までのことを」

お姉さんは語った。――一年前の戦いから今日までの、全てを。


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