38話 再会
「生きなければいけないのはお前たちのほうなんだよ。ヘイ……っ」
ただ一人生き残ったという少女の顔を見つめながら、私は決意した。
ヘイを天津に帰す――生きて、必ず。
私は新たな決意を心に灯すことで心を再起させた。
それが私のやるべきことで、命を落とした少女たちへの弔いなのだ。
私は腕の中で眠るヘイをそっと地面に横たえて、立ち上がろうとした。
その時――バチン、とダイダロスが音を立てた。
「ダイダロス……?」
それは回路がショートして火花が散った音だったが、なにか運命的な――あるいはダイダロスからのメッセージだと感じた私は、破壊し尽くされた愛機を調べることにした。
カラーギアの見るも無残な姿がそこにあった。どのような戦い方をすればここまで機体を破壊できるのか、それを考えるのが難しいほどにダイダロスは破壊されていた。
その腕は引きちぎられてコードが剥き出しになり、カラーブレードは半分に折れて全体にひびが入り、装甲には巨大な爪痕が残され、足はネジを巻くように曲げられている。
また腹部のビーム砲は中途半端にエネルギーが充填されたまま取り外されていた。
「お前も、よく戦ったな」
ダイダロスの損壊は、私に戦闘の激しさを理解させるには十分な痕跡だった。
それゆえに搭乗者が生きているはずはなかった。
しかし同時に私の愛機は頼りになる、ということも私はよく理解していた。
「なっ」
だからこれは、ある意味で起こるべくして起こった――必然だったのかもしれない。
千切れたコードがぶら下がってバチバチと火花を散らす愛機のコックピットブロック、出入りが難しいほどに歪んだフレームの中に動く人型の存在を目撃するのは。
「プラーズ……?」
ソレは軛から解放されるように金属の液体を振り解きながら、私の前に生まれ落ちた。
愛機のコックピットブロックからこぼれ落ちるようにして地面に落下したソレは、金属の液体でできた水溜りからゆっくりと体を起こして、その美しい顔をこちらに向ける。
「まさか生きて……いや、そんなはずはない。大阪になった人間は戻らない、はず」
お姉さんが生きている?
そんなことが現実にあり得るのか?
これは大阪の罠では?
私の前にぶら下げられた甘美な奇跡は、あまりにも安直すぎて受け入れ難いものだった。
「プラーズ……私よ。あなたのお姉さん……私のこと、覚えているでしょう?」
お姉さんは孤児院にいた頃を思い出させる微笑を湛えて私の名を呼んだ。
これが機械音声だなどと欠片も感じさせない人間の肉声で私の名を呼んだ。
その声音はあまりにも自然で優しさに満ちていて、記憶の中のお姉さんと重なった。
「あなたは……大阪だ。たとえその体の中に1%でもお姉さんの欠片が残っていたとしても、私の知るお姉さんじゃない! あなたは大阪……機械になってしまったんだ!」
私は震える手で腰から銃を引き抜き、お姉さんの姿をしたナニカへと銃口を向ける。
「プラーズ……ありがとう。あの時の約束、覚えていてくれたのね。嬉しいわ」
お姉さんは私が銃を向けたのを見て、心底嬉しそうに――笑顔を作った。
それから慈愛に満ちた顔で微笑み、まるで本物かのようにそんなことを口にする。
「大阪は……お姉さんの記憶まで取り込んだのか。それは、お前のものじゃない。お前たちがお姉さんみたいに喋るな!」
そんなことが言いたいわけじゃなかった。
約束を守りにきたよ、そう言いたかった。
「プラーズ、立派になったね」
私の全てを見透かす太陽のような笑顔でお姉さんが口にする。
「お姉さんのフリをして私を陥れる気だろう。私は騙されないぞ」
強気に言葉を放ってみせても、銃を持つ手の震えは止まってくれない。
「プラーズ……そう、あなたまだ――」
何かを悟ったようにお姉さんはすっと立ち上がり、こちらに向かって歩き出した。
お姉さんが歩くたびに鈍色の液体が滴り落ちた。それは気化して世界に消えていく。
「くっ、くるな――」
二人の距離は1mもなかった。
この程度の距離ならば、誰であれ一瞬の内に詰められる。
「ッ――」
お互いに触れ合う程の距離まで詰められた私の銃は、もはや構えた意味をなさない。
私は死を、お姉さんに殺される覚悟をした。
だがそれでも、ただで死ぬわけにはいかない。
私はヘイを生きて帰すと決意したのだ。
だから私は決意とともに、目の前の相手に銃床を叩きつけるべく、その腕を振り上げる。
「ごめんね、プラーズ」
痛みを覚悟した私が感じたのは――――ぬくもりだった。
私は抱きしめられていた。
ふわりと香る甘い香りに刺激された私の脳内に、お姉さんとの思い出が駆け巡る。
そしてようやく理解した――彼女は紛れもない本物で、私の知るお姉さんなのだと。
「そうか、お姉さんは大阪に負けてなんかいなかった。あなたは強いお姉さんのままだ」
認識を改めた私は脱力して、持っていた銃を取り落としていた。
彼女に対する敵意が消えたせいか気が緩んだのかもしれない。
それでも、やはり無理だったのだ。
――私が愛するお姉さんを殺すということは。
「プラーズ……苦しかったね、辛かったね。私が間違っていたの。私の願いはあなたにとっての呪いになってしまった。あの時、自分のことさえ自由にできない私があなたに縋ってしまったから、あなたの人生は狂ってしまった。ごめんさない、本当にごめんなさい」
お姉さんは私を抱きしめながら、懺悔するように自分の後悔を吐き出した。
ポロポロと溢れる涙が私を濡らす。
その後悔が濡れた部分からじんわりと私の中に広がって、伝わってくるようだった。
だからそれは違うよと、私はお姉さんの体を抱きしめ返すことで伝えようとした。
「私はお姉さんに出会ったときから狂っていた。お姉さんのことが好きで好きでたまらなかった。それは今も変わらない。お姉さんのことを一人の女性として愛している。だからもし、私たちの関係に間違いがあるのなら――それは出会ったこと、なんだと思う」
「プラーズ……あなた――」
突然の告白にお姉さんの涙は止まった。
それは子供に好きと言われるのとは違う、一人の男の一世一代の告白だった。
それが愛しい女性の涙を止めることができたなら、そこに意味はあったはずだ。
「だからお姉さんは悪くない。確かに苦しいこともあった。悲しいこともあった。でもね、それはお姉さんがいなくても起きたことだ。それに辛いことばかりじゃない。楽しいことも、嬉しいこともあった。だから感謝している。ありがとう――私に願ってくれて」
私はこの世界でたった一人の愛しい女性に向けて感謝を口にする。
ずっと伝えたかった言葉だ。
それは呪いなんかじゃない、純粋な願いなのだと。
その願いのおかげで今の自分が、プラーズという男の人生があるのだと。
逆に言えばあの時、お姉さんが願ってくれたから。
私に命について考えるきっかけをくれたから。
私は今日この場所までこれたのだと――今の自分になれたと伝えた。
「うう、ううっ。ありが、とう。プラーズ。あなたに出会えてよかった、本当に――っ」
「感動の再会のようだが、残念ながら時間切れだ。いや、俺様も混ぜてくれと言うべきかぁ?」




