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37話 想いの先に

 私は体中の痛みで目を覚ました。

 視界の中は『対処が必要です』とダイスから投映された大量のエラーメッセージで埋まっていた。

 しかし視界を埋め尽くすほどのメッセージ量に、もはやどのエラーから手をつけていいのか判断できない。

 この状態では、もはやダイスは使い物にならない。

 私はダイスの放棄を決めた。

 いま最優先で行うべきなのは少女たちの安否とお姉さんがどうなったのか。

 ――その、確認だ。

 私は異様な静寂に包まれた周囲の状況に不安を覚えつつ、一人行動を開始した。

 「うっ。つ――」

 ダイスの装甲をパージした私は自分の体を支えきれず、その場に転倒する。

 転倒した私は地面に這いつくばりながらも状況を確認しようと、エラーメッセージの消えた視界で辺りを見回す。

 そこにあるもの全てを見る。

 私の目が捉えて、脳が認識し、理解する。

 「そん、な――なんで……こんな、ことに。ああ、うぁ……」

 富士機械要塞の最深部は怖いほどの静寂に包まれていた。

 壁や地面の至るところに破壊の爪痕が残され、激しい戦闘があったことを示している。

そこに――地面に点々と転がっていたのは。

その体を半分獣に変貌させた少女たち。


 破壊し尽くされた空間には沈黙したカラーギアと変貌を遂げた少女たちの姿があった。

 少女たちはピクリとも動かず、そこからは命の気配が感じ取れない。

 「また、私だけ生き残るのか――。みんな……私を、私を置いていかないでくれっ」

 私は痛みをこらえながら地面を這って進み、一人の少女の元へと辿り着いた。

 誰かを選ぶつもりはなかったが、その少女はヘイだった。

 彼女は他の4人よりも獣化している肉体の部位が少なく見え――いや、ない……? 

 獣化した部分がないということは、つまり――ヘイは暴走していないことになる。

 あるいは、獣化した部分が少なく服の下に隠れているということも考えられるが……。

 違う。そんなことを考えても無駄だ。

 どちらにせよヘイが戻ってくるわけではない。

 「ごめんよ。私がもっと上手くやれていれば……くっ、う……すまない……」

 涙が溢れた。冷たい涙だ。

 少女たちの指揮官として情けない涙だ。

 私はヘイの体の上で後悔と自責の念に駆られ、泣いていた。

 やがて溢れたものは頬を伝い、少女の美しい顔へと落ちる。

 「ん……んぅ」

 ふと、ヘイの眉が動いた気がした。

 その動きは自然なもので、わずかだが浅い呼吸も感じ取れる。

 彼女は生きている、生きているんだ。

 ヘイは死んでいなかった。

 ヘイ・アルファの命はここにある!

 「ヘイ! しっかりしろ! ヘイ!」

 私はその事実に歓喜し、その命を確かめるように名を呼ぶ、呼び続ける。

 「げほっ、うっ、し、き……かん……?」

 やがてヘイが苦痛を孕んだ声で私を呼ぶ。

 私はその声に、先ほどとは別種の熱い涙を溢した。

 「ああ、そうだ。私だ! 私はここに、側にいるぞ!」

 私は宙空を彷徨うヘイの手を包み込むように握った。

 握ったその手は冷たい。

 けれど私がそうすることで、苦痛に歪むヘイの表情が緩んだ気がした。

 「指揮官……謝って、おきたい、ことが――あり、ます」

 ヘイは目を閉じたまま、弱々しい声で言葉を紡ごうとする。

 それでも手を握り返す力はとても強い。

 それは私の存在を自分の手で確認しているようだった。

 その手の感触に応えるように、私はヘイの話を聞くことにする。

 「ああ、きくよ」

 私の返事を確認したヘイは、過ちを告白する罪人のように滔々と語り始めた。

 「――あの時、指揮官を撃って気絶させたのは私です。申し訳、ありません……」

 そうだったのか……だが、それを聞いても私の中に怒りが湧き上がることはなかった。

 ヘイならば必要だからそうしたのだろうと私は思う。

 「あの敵は強すぎました。私が頭の中で組み上げた予測によれば、私たちが最大限の連携をもって挑んでも、勝てる確率はほとんど0%に等しいものだった……」

 ああ、お姉さんは強い。

 私はあの状況で全てを諦めかけていた。

 「ですが、それでも私たちは勝たなくてはならなかった。天津のため、日本のため――いえ、仲間のため、なによりも指揮官のために。でも、そのためには暴走を覚悟して無理にでも力を引き出す必要があった。ですが、指揮官はその行為を許さないと思いました」

 そうだ。私はお前たちを生きてここから天津へ帰すと決めていた。

 ゆえにその選択はあり得ない。

 「私たちは指揮官と出会い、人並みのぬくもりを与えられ、救われた」

 ああ、前にも言ってくれたよな。

 私に感謝していると。

 「だから、私たちは指揮官のためなら、自分の命を投げ出すことができる。だってこの命は――指揮官からもらったものだから――ッ、げほッ、ごほッごほ」

 言葉を重ねるヘイが咳き込み、血を吐いた。

 「ヘイ……それ以上は体に障る――」

 私の静止も聞かず、ヘイは言葉を続けた。

 これだけは伝えなければと、まるで遺言かのように。残りの命を振り絞るように。

 「指揮官はあの時、私に言いました。もしもみんなが暴走しそうになったら、お前が止めてくれ、と。だから私は自分だけ暴走を起こさないように、そもそも力を引き出さなかった。みんなには限界まで力を引き出させて戦わせたのに。私は、みんなが限界を超えないように、ギリギリのタイミングで抑制剤を打ち込んで、戦わせて、打ち込んで、ひたすらみんなを戦わせた。私だけ、私だけ生きているのは、みんなが私の代わりに死――」

 「ヘイっ! もういい……それはお前の罪じゃない。本来は私がやるべきだった。お前は何も悪くない。悪いのは私だ。私がお前に任せたから、これは私の責任だ。辛かったよな、苦しかったよな。お前が背負う必要はない。全ては私が背負うべき罪なんだ……!」

 私は心中を吐露して今にも壊れてしまいそうなヘイを抱きしめる。

 痛みが全身を駆け抜けたが、それでも強く、強く強く、ヘイのことを抱きしめた。

 仲間の死を見届けるのがどれだけ辛いことか、自分だけ生き残ることがどれだけ心を蝕むのか、私はあの戦いで経験し、知っている。

 「指揮官……生きて、ください。私たちがやった、ことは、無駄じゃ、なかったって……これがわたしたち、全員の……願い、です……」

 ヘイはそれきり言葉を発さなくなった。意識を失ったのだ。

 その体からは薄らと呼吸が確認できるため、彼女は生きている。

 「生きなければいけないのはお前たちのほうなんだよ。ヘイ……っ」

 ただ一人生き残ったという少女の顔を見つめながら、私は決意した。

 ヘイを天津に帰す――生きて、必ず。


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