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35話 バイオレンスモード

 「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 富士機械化要塞の最深部に弾丸の炸裂音と使い捨てた薬莢の音が木霊していた。

 発砲によって発生するマズルフラッシュに視界を塞がれていることが、お姉さんに対して兵器を使用する――殺すという行為の罪の意識を軽くすることは決してなかった。

 私はいま、自らの手で愛した女性を殺しているのだ。

 この手で狙いをつけ、お姉さんを殺すためだけに、トリガーを引いている。

 お姉さんを愛する気持ちはずっと離れていた今でも変わらない。

 あの日、私の想い人である彼女は大阪に浸食されながらも最後まで必死に抗っていた。

 その上で死を選び、死を願い、死を託した。

 だからお姉さんを殺すことは――私がやらなければならないことだ。

 やがてお姉さんへの想いを携行弾数とともに吐き出し尽くした私は、薬莢の転がる音で現実に意識を戻した。

 時間にして十数秒のこととはいえ、とても長く、苦しい時間だった。

 だが、それはまだ終わっていない。

 私は己の罪を、願いの成就を、お姉さんの――を確認しなければならなかった。

 目の前にはダイダロスの焼け焦げたコックピットブロックがある。

 私が行った行為が正しく世界に反映されているならば。

 自ら、その、中を――見る。

 そこには非情な現実があった。

 それを前にした私は、いまにも脱力して崩れ落ちそうになっていた。

 それはコックピットブロックの中に動く物体を発見したからだ。

 「そん、な……もう、いいだろう」

 私は擦り切れていく精神状態の中で――を確認していく。

 私が、確認、しな、いと。

 お姉、さん、の――を。確認しな、いと。

 「あ……う、あ……」

 ダイスに搭載したセンサー機能は使用不可になっていた。

 ガトリング砲がオーバーヒートした熱の影響でセンサーが死んでしまったようだ。

 私は精度の劣る予備センサーを使って、精査に時間のかかるスキャンを実行する。

 「もう、終わらせて、くれ……たの、む……」

 私はスキャンの実行中、黒焦げになった人体のパーツを見つける度に、愛する人を殺した証を突きつけられる度に、自らの行為を突きつけられ吐瀉物をぶちまけた。

 そして胃の中が空になった頃、私の脳は一つの疑問を提示した。

 ガトリング砲をまともに受けた人間の体が、なぜ原型を留めて残っている……?

 「まて、待ってくれ……これは、そんな」

 突きつけられた事実を完全に咀嚼する前に、私は懐かしい声をきいた。

 「プラーズ」

 真っ黒でぐずぐずになった泥の中から何かが飛び出して、私を包んだ。

 正確には私が装備するダイスごと私の全てを包み込んだというのが正しい。

 だが擦り切れた私の心は、自分自身が抱擁を受けたかのような錯覚をしていた。

 「おね、え……さん?」

 富士機械化要塞の最深部に設置された巨大なコンピューター、熱線で破壊され尽くした場所、そのさらに奥から渦を巻く鈍色の液体を纏った何かが――中から人型の存在、が。

 コックピットブロックの中にあった、今まで人の一部だと思っていたものはぐずぐずに崩れて溶け鈍色の液体となる。

 そして現れた人型の何かを取り巻く渦に取り込まれ、その一部になった。

 「そうよプラーズ。あなたが私を殺すために作戦を練るように、私もあなたたちを倒すために作戦を練ったの。騙してごめんね」

 金属の液体を操るのは、その姿は、私のよく知る女性だった。

 「そうか。最初の培養液を見せたところからフェイクで、今までダイダロスに乗って戦っていた体は大阪細胞で作られたダミー。ガトリング砲でミンチにならなかったのは、体を構成する成分の全てが大阪細胞というナノマシンで構成されていたから。そして本体は最初からその奥に閉じこもっていた、のか」

 私は目の前の現実に絶望して、ただありのままの状況を語る。

 言葉にしてようやく理解できた――完敗だ。

 少女たちの奮戦、私が作り出した隙と放った一撃、全てはお姉さんの掌の上にあった。

 私たちの行動の全ては許容範囲で、最初から逆転の一手など存在しなかったのだ。

 「すごいわ、全部当たりよプラーズ。流石は私が認めた子ね。成長したあなたに会えて嬉しい、すごく嬉しい、本当よ。でも、そろそろ――遊びは終わりにしましょう?」

 お姉さんの背中と鈍色の水溜まりから金属の触手が飛び出して私に絡みつく。

 可愛いでしょう、と言って金属の触手を愛でるように撫でているお姉さん。

 その間にもダイスの装甲が一枚、また一枚と引き剥がされ、取り払われていった。 

 「プラーズ……その可愛い顔を見せて。私のためにここまで来たのでしょう?」

 そしてついにダイスの装備の全てが剥ぎ取られ、私の顔は数時間ぶりに外気に晒される。

 目の前には愛しい女性の姿があった。カメラ越しの色彩が表現された映像の中の存在ではなく、私の肉眼が捉える――本物のお姉さんがそこにはいた。

 「さぁお姉さんと一つになりましょう。全ては大阪のために」

 優しい微笑が私を見つめ、か細い手が頬に添えられた。

 「やっぱり、お姉さんには敵わないな……」

 触れた手は柔らかかった。けれど――氷のように冷たかった。

 その冷たさはお姉さんが大阪になってしまった事実を否応なしに実感させ――そこで私はこの作戦の失敗を、私が叶えたい全てが消失することを理解した。

 「ああ、うぅ……くそっ、私は無力だ。世界を変えようと努力しても、何一つ現実は変わらない。ただただ無力な自分を嘆くだけで、誰かを助けるなんて、私には――」

 自分の心と体から力が抜けて、無力感が私を襲った。

 私はもう全てが終わったのだと諦めようとしていた。

 その時、声が、きこえた。

 「そんなことありません! 私たちはまだ終わってない、終わらせないっ、指揮官!」

 私が涙とともに諦めの言葉を呟く前に、戦場を――私の無力を一つの声が切り裂いた。

 その声にお姉さんはピクリとだけ反応して、その動きを、行為を止めていた。

 「なッ――がっ――」

 私は反応する暇すら与えられずに、突然やってきた大きな衝撃に吹き飛ばされる。


 「指揮官、私たちはあなたに救われました」冷たい声の少女が言った。

 「救った本人の指揮官には、どう否定しても取り消せないっ」明るい声の少女が言った。

 「指揮官に覚悟があるように、私たちにも覚悟があるんだ」寄り添う声の少女が言った。

 「しき、かんは、わたしたち、が、まもり、ます」おどおどした声の少女が言った。

 「指揮官はそこで休んでいてくださいね」ゆったりとした声の少女が言った。


 「「「「バイオレンスモード」」」」


 この瞬間にわかるのは感覚的なことばかりで何が起きたのかはわからない。

 強い衝撃があった、声が聞こえた。

 そして――周囲に大量のカラーが発生した。

 私は薄れゆく意識の中で、ただただ少女たちのやろうとしていることを止めなければと考えていた――しかし、意思に反して体は泥のように重く動かなかった。

 それを強く意識すればするほど、私の瞼は勝手に閉じようと視界の暗闇を広げていく。

 まずい、あのモードは……最悪の想像が頭をよぎる。

 そして最悪の想像を肯定するように、破壊を孕んだ力が世界に産声を上げた。


 「「「「があああああああああああ!!!」」」」

 現実を否定する獣の咆哮が戦場に響き、私の意識は闇に飲み込まれた。


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