34話 逆転の一手
「うぐっ、あがっ――ああああああああ」
その時、一人の少女が咆哮した。
それは人のものではなく、限りなく獣に近い声だった。
「まさか。だが、あの力は」
少女の獣のような咆哮に、私の頭の中に暴走という最悪の二文字が浮かぶ。
自身の胎内にCEM幼体を宿している少女たちは、常人よりも多くのカラーを使用できるが、本来CEMという怪物は人間に制御できる代物ではない。
ゆえに人間と怪物の共生関係というお互いの生命を守る関係に、幼体の段階から置いてくことで安定した力を引き出せている。
そのためこの力を運用するルールとして、共生関係の破綻を防ぐこと――人間と怪物の均衡を守ることは大前提であり、私はカラー能力を抑制する薬剤を適時投与することを義務付けていた。
このカラー抑制薬の効果が切れるということは、CEM幼体が持つ全ての力が発揮されるということであり、同時に少女たちへカラーの過剰供給が起こる確率を跳ね上げる――それは私の定義する暴走を意味していた。
「ヘイ! 指揮は任せるぞ!」
「了解! ミドリはこっちへ戻って! アオイとキサラは時間を稼いで!」
ヘイはすぐさま私の意図を汲み取って、この状況で最適な指示を最短最速で飛ばした。
私は冷静な少女に感謝しながら、カラーを抑制する薬を投薬して落ち着きを取り戻しつつある少女へと向き直った。
先ほどまでの毛が逆立つように攻撃的になっていた様子も、今では薬の効果により一時的に落ち着きをみせていた。
「すまないアカリ――もう、大丈夫だぞ」
私はぐったりとしたアカリの姿を見て自分の想定の甘さを悔いた。
カラーを抑制する薬の投与は潜水母艦内で事前に済ませており、今日一日は追加の投与なしでも問題ないはずだった。
しかし圧倒的な強敵を前にした極限の戦闘に加え、アカリは少女たちの中でもカラーに特化した戦い方をしているため、CEM幼体からの干渉が大きくなっていたのだ。
「指揮官……わたし、うっ――体が、熱い」
アカリがうっすらと目を開き、こちらを見たかと思えば苦しそうに体を強ばらせる。
その表情は薬を追加投与する前に比べればいくらか穏やかに見えるが、その下腹部ではCEM幼体が活動を活発化させ、燃えるような赤い紋様をアカリの全身に広げていた。
「指揮官……私はどうなっても、かまわ、ない。これは、みんなが、私たち全員が思っていること、だよ。この状況を生き抜くためなら――――私、暴走したっていい」
なぜ、と言葉にしようとしたところをアカリに目で制された。
「指揮官はいつも私たちを想ってくれる。それがすごく嬉しくて。ずっとお返しがしたかった。この力は危険だけど、強くなれるってわかるの。だったら、私が――」
「だめだ! この力を全開にして使えば、もう、元に戻れなくなるんだぞ!」
それ以上は聞けなかった、聞きたくなかった。
ふと、私は自分が怒鳴っていることに気づく。
何を怒っているのか。何に怒っているのか。
それは仲間に対してではない、不甲斐ない自分に対してだろう。
私がお姉さんのために全てを捨てる覚悟をしたように、少女たちが仲間のために自分の命を犠牲にしようとする――それはきっと自然なことだ。
しかし少女たちが自らその選択肢を選ぼうとしていること自体が、私の不甲斐なさを露呈させていた。
これでは彼女たちの指揮官として情けないことこの上ない。
だから私は自分の信念に従うことにする。
これが私の覚悟で、お前たちが信頼する指揮官としての――誇れる選択だと信じて。
「すまないアカリ。私はお前たちを犠牲にするつもりはない」
「でもこのままじゃみんなが――指揮官の命が!」
「ああ、言葉だけで現実は変わらない。だから私が――変えてやる。ここで見ていてくれアカリ。私がお前たちの信頼に足る指揮官で、導く者としての存在の在り方を見せるよ」
アカリをそっと地面に横たえた私は拮抗が崩れ始めた戦場へと切り込んだ。
「お姉さん!!! いま、いく!!!」
「きた、のねプラー、ズ! さぁ、一つに、なりましょしょしょううううう!!!」
前に出てきた私の声に反応したお姉さんは、それ以外の一切がどうでもいいというように、アオイ、キサラ、ミドリの3人を弾き飛ばし、一目散にこちらへと向かってきた。
――想定通りだ。
私は砲弾のように突っ込んできたカラーギアの巨体を闘牛士のようにひらりと躱す。
最低限の動きで巨体を回避した私は、突進を回避されたせいでこちらに背を向ける格好となったダイダロスの背面へと仕掛ける。
「どれだけ装甲が厚かろうと――ここならばっ」
私は回避から攻撃の態勢へと瞬時に移行していた。
そして己が身に纏うパワードスーツを改良した兵器である――小型二足歩行戦車カラーギア――ダイスに搭載された装備を起動する。
ダイスの兵装は至ってシンプルな軽装備程度のもので、ダイダロスと比べるまでもない。
しかし小型化したカラーギアにも兵器と呼称するに足る装備が積み込まれている。
リニアレールガン――背部に折り畳まれた二つの砲身を展開して放たれる砲弾は、電磁加速によって驚異的な速度にまで加速して標的に命中させる強力な兵装だ。
「この場所での長期戦は望めない――だったら、一手で終わらせるだけだッッッ」
リニアレールガンの砲身から電気を帯び加速する弾丸が発射された。
それは空気を引き裂きながら目標へと高速で飛翔する。極限まで加速して音速で飛翔する弾丸がその目標へと命中するのに時間はかからない。
その結果として発生したのは小規模の爆発だった。
「そんなもの、は――効かない。プ、ラーズ、手加カカか、減っ、しっていうる、のっ???」
お姉さんがレールガンの直撃を受けた感想を述べた。
その言葉の内容は大阪によって分析され、検証され、脅威の判定がなされたものだろう。
確かに、私が作ったダイスに搭載されているのはダウンサイジングした兵器ばかりだ。
そのような兵器では大阪細胞の強力な修復能力の前に、すぐさま修復される小さな穴を穿つ程度が精一杯で、機体に大きな損傷を与えることは叶わない。
「そんなことわかっているよ。――お姉さん」「んんっ!?!?!?」
お姉さんが困惑の声を発したのと同時、こちらに向き直るため姿勢を安定させようとしたダイダロスの巨体が傾き、私に背を向けたまま前後にふらついて前向きに倒れた。
私の放った弾丸が着弾したのはダイダロスの脚部であり、その関節部分だ。
機体を支える関節に直撃した弾丸は着弾と同時に小規模の爆発を起こし、そこへ転倒を回避するため踏ん張ろうとしたことで、ダメージを受けた関節部へさらに負荷がかかる。
ダイダロスの巨躯が持つ大きな負荷こそが最後の一押しとなったのだ。
ここまで戦闘を俯瞰し、分析を続けてきた私が打つ一手は――巨体の突進を紙一重で回避したことにより可能になった背面への攻撃、ダイスのリニアレールガンの火力、重い機体を支える脚部関節の負荷、これらの要因が重なったことで完成した。
――ついに、完璧なお姉さんの動きに隙が生まれた。
内包する要素の何か一つでも狂えば実現しなかったこの展開、目の前の掴み取った希望を私は手放さない。
「少女たちとの戦闘を分析して導き出した一手で――この瞬間に辿り着いた」
私は転倒の隙を見逃すことなくダイダロスの背中を駆け上がった。
「雫お姉さん、ありがとう。そして、さようならだ」
そしてコックピットブロックの背面にあたる場所へとたどり着き、その場所に向けて自分が装備する全ての兵器を撃ち込んでいく。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
富士機械化要塞の最深部には、弾丸の炸裂音と、使い捨てた薬莢の音が木霊していた。




