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33話 苦戦

 「プ、ラーズ! プラー、ズ! プラ、ーズ!!!」

 お姉さんは壊れたように私の名前を叫びながら、鋼鉄のタコ足をバネにして跳躍する。

 そして次の瞬間、その体は――ダイダロスのコックピットブロックに収まっていた。

 「なっ――まさか! 大阪の狙いは、そういうことかッ!」

 私の想像を肯定するように、お姉さんの体から鈍色の液体が溢れ出した。

 それは生物を大阪に組み換える、取り込むためのナノマシン。

 溢れ出した鈍色の液体がダイダロスの全身を喰らっていた。

 それは機械による機械の捕食。

 生物さえ喰らう機械の細胞が、同じ機械を取り込めない道理がどこにあろうか。

 「――?! ――!!! ――、――、――――――!!!」

 ダイダロスの発したそれは叫び――常に冷静な回答を出力する機械の叫びだ。

 大阪のナノマシンに己の全てを蹂躙され、陵辱される機械が発した最後の抵抗であり、消されまいと己の存在を世界に主張するための咆哮だった。

 少女たちの連携によって破壊したはずの各装備、ダメージを与えた部位がナノマシンによって瞬時に再構築されていく――それは倒したはずの敵が復活する悪夢の光景だった。

 そして機体の全身を包むように這い回る鈍色の液体の奥、沈黙していたダイダロスの目が怪しく光った。

 「ッッッ――――回避だっ!!!」

 この指示を私が発したとき、ソレはすでに攻撃の態勢に入っていた。

 「間に合えっ!」

 私はこのタイミングで敵が選択するであろう、私たちに対して一番有効な装備――その兵器の種類を予測して、それが装備された箇所に攻撃を仕掛ける。

 しかし全ては遅かった。

 私の放った攻撃はカラーギアの火力に押し負け、その存在ごとかき消される。

 大阪の合理的な判断によって選択され、放たれたのは焼けつくような赤い熱線だった。

 それは放射状に拡散して富士機械化要塞最深部全体に破壊をもたらした。

 「「「「うああああああああああ」」」」

 少女たちの悲鳴が戦場に木霊する。

 私は即座に少女たちのバイタルを確認する――少女たちが装着するスーツから受信したデータによれば、少女たちは負傷しているものの肉体の欠損などは起きていない。

 それどころかカラーを消費することで驚異的な速度で傷を回復させていた。

 「私たちは、まだ戦える。だが……これは……」

 果たして私たちが眼前の強大な敵に勝つことは可能なのだろうか。

 初手から見せつけられた圧倒的な暴力、相手は大阪の能力とお姉さんの素養、私と天津機甲大隊整備班の技術の結晶たるカラーギア――ダイダロスが融合した存在だ。

 そんな圧倒的な脅威を前に、私は次の行動が定まらない。

 戦いの終点は決まっているはずなのに、最初の一手目が打てずにいた。

 その時、迷う私を呼ぶ声がきこえた。

 「指揮官」誰かが、背筋の伸びるような冷たい声で言った。

 「指揮官っ!」誰かが、こちらも笑顔になってしまうような明るい声で言った。

 「指揮官……」誰かが、側に寄り添って宥めるような声で言った。

 「しき、かん」誰かが、控えめなながらも力強い声で言った。

 「指揮官様」誰かが、包容力と敬意を込めた声で言った。

 少女たちはすでに回復して立ち上がり、私を呼んでいた。

 その姿が、心を込めた声が、私を思考の海から引き上げる。

 「おまえたち……」

 私は少女たちを見つめる。

 一人ずつ、目を合わせた。

 一人ずつ、心を重ねた。

 少女の瞳には諦めも、後悔も、絶望もない。

 その眼差しにあるのは――私への絶対的な信頼だ。

 私はお姉さんを悲しませることはしない。

 だがそれと同じように、私は少女たちの信頼に応えたい。

 そう強く自分の心が訴えていた。

 ――ならば、やることは一つだ。

 「目の前の敵は強い。だがこちらにはこちらの強みがある。私たちは全員で連携して手数で圧倒する。私たちは勝つ。絶対に負けない。最初から全力で行くぞ!」

 「「「「「はい!」」」」」

 私が発した根拠のない言葉を信じて、少女たちは強大な敵に立ち向かっていく。

 その戦闘の中で私は、後方で戦況を分析し仲間をサポートするヘイに声をかけた。

 「おまえに頼みたいことがある。これはお前にしかできないことだ。ヘイ」

 聡明なヘイは私が何を伝えようとしているのかを表情から察したようだった。

 「了解……しました」

 ヘイは私の伝えた任務を承諾した。

 しかしその言葉とは裏腹に彼女の表情は暗く、翳りが見えていた。

 「繰り返すが、これはお前にしかできないことだ。任せていいな、ヘイ」

 「はい……この任務、必ず果たします」

 逡巡の後、彼女の顔から翳りは消えていた。

 ヘイの瞳は凜然と戦場を見つめている。

 ああ、そんなお前だから――任せるんだ。

 これが私からの最後のオーダーになる。

 あとは頼むぞ――ヘイ。


 「アオイは右に回避! キサラは背後から支援、ミドリはもっと下がって! アカリは熱線を警戒しつつ左腕を狙って! 連携を意識! 訓練通りにやればできますっ!」

 大阪のナノマシンによって再生したダイダロスと少女たちの戦いは熾烈を極めていた。

 確かにダイダロスに搭載された装備の数――つまり手数だけでみれば、ヘイを司令塔とする少女たちの連携によって戦いを五分以上にもっていくことは可能だ。

 しかしダイダロスのコックピットにはお姉さんが搭乗している。

 彼女が持つ生来のポテンシャルは私にも測れない。そのように数値化不可能の要素によって今この時も機体スペックが引き上げられつつあった。

 それを戦場で示すようにダイダロスは、正確かつ大胆な動きで少女たちを翻弄し始めていた。

 「うう、うああああああああああ」

 ダイダロスの腹部から放たれる拡散熱線は複雑で回避が難しくなり、腕から繰り出されるカラーブレードは二本から四本へと増加、自由自在に動き回るホーミングミサイルの軌道は次第に読み辛くなっていった。

 カラーギアの巨躯から振るわれる圧倒的な暴力――それらの動きは全てが完璧に計算され、有効的に組み上げられて、戦場を支配せんと無慈悲に行使される。

 「はあっ! せいっ!」「そこっ」「ううう、うううう!」

 アオイが大剣で複数のカラーブレードをまとめて弾き、キサラが執拗に関節部分を狙撃、アカリが熱線を牽制するように赤きカラーの炎をちらつかせ、ヘイが後方から全体を見て次の攻撃を予測し、盾を持ったミドリに致命的な攻撃への防御を指示する。

 私たちはギリギリの綱渡りを繰り返すことで、なんとか現状を維持できていた。

 それは針の穴に糸を通す作業を延々と続けるようなものだ。

 この戦い方は少女たちへの負荷が激しすぎる。

 しかし少女たちを休ませようとして一度でもこの連携が途切れてしまえば、ダムに小さな穴が開いたときの如く一気に戦況が崩壊することは容易に想像ができた。

 「くっ……させるか! させてたまるか! ここでなにもできずに終われるものか!」

 直接戦闘に参加していない私も後ろで手をこまねいて見ているだけではない。

 後方からヘイと共に指示を飛ばし、敵の攻撃を撃ち落としては逸らすことを続けていた。

 それから少女たちへカラーを補給、維持するための薬品を適時注射していく。

 私はここまでバックアップに徹してきたが、私自身が戦況を変えなければこちらがジリ貧になっていくのは目に見えている。

 よって一刻も早く作戦を立案して手を打ち、戦況を変える必要があった。

 「プラ、ーズ! プラーズズズ! ププ、プラーズうううううううう!」

 お姉さんは狂ったように私の名を叫びながら、少女たちを相手に機械の体で舞い踊る。

 大阪によって強化されたカラーギアをその身に纏い、装備を無駄なく使用して、効率よくしなやかに、美しく破壊を撒き散らしながら――お姉さんは戦場を支配していた。

 「くそっ。どこかに、どこかに隙はないのか。探せプラーズ、どこかに必ずあるはずだ」

 お姉さんの操るダイダロスには一切の隙が見当たらなかった。

 あれだけの巨体で縦横無尽に動きながら、どこにも付け入る隙を見せてくれない。

 どこまでも完璧で計算の上に成り立つ動きをしながら、AIに制御されているとは思えないお姉さん由来の大胆な行動でトリッキーな攻撃を仕掛けてくる。

 そして大阪のナノマシンが機体の無理を押し通すように損耗箇所を修復していた。

 あまりにも圧倒的で理不尽な強さを見た私は、絶望的な状況を前に歯噛みする。

 単純な話、私が前衛として介入することで一時的に戦況を変えることはできるかもしれない。

 しかしそれは最後のカードだ。

 これがもしもお姉さんに対応された場合、文字通り私たちは全滅する。

 ゆえに最後のカードを切るタイミングは、相手に反撃および対応を許さない状況を作り出してから実行しなければならなかった。

 だが、その状況を作るためには。


 「うぐっ、あがっ――ああああああああ」

 その時、一人の少女が咆哮した。


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