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29話 出撃

 「そんなことありません!!! 兄たちにとってあなたはヒーローだった!!!」

 軍曹は私の言葉に落ち込むどころか、強い想いを宿した瞳で否定を返してきた。


 「特務中尉の行動はまさにヒーローそのものでした。これを帰ってきた兵士が言っているんですよ。間違いなわけありません! 兵士が実際に戦場で体験した話と軍上層部が作ったカバーストーリー、特務中尉はどちらが信頼できると思いますか?」

 軍曹の示した二択は考えるまでもない内容だった。戦場で戦う兵士は軍上層部の決定に逆らうことはしないが、安全な場所で椅子に座って指示を出す者たちのことよりも、自分と同じ場所で泥に塗れて汗をかき、銃を手に取って戦う戦友を大切にする。形では従っていても心は戦友たちと共にある、それが軍隊であると先達から教わっていた。

 「ああ、私も兵士の話のほうを信じるよ。だが私は……」

 「だがじゃありません特務中尉! 仮にあなたが私的な理由で戦場の最前線にいたことが事実だとしても、それで救われた人がいるのもまた事実なんです。これはあなたがどんな言葉を並べても覆らない、兵士たちの心からの本音なんです!!!」

 軍曹は鼻息を荒くしながらも勇敢に語った。

 「軍曹……」

 本音丸出しの言葉が温かい。

 それは鬱屈とした私の心に差した光だった。

 「――――はっ。あっ、あああああああああああ。すいませんすいませんすいませんっ。私ったら上官に対してなんて口の聞き方を……そっ、それでは特務中尉殿っ、私は軍務に戻りますので〜〜〜〜」

 「気にしていない。むしろ感謝している。ありがとう軍曹」

 それでは御武運を、と言い残した軍曹は敬礼を崩さぬまま脱兎の如く駆け出していった。

 「私はヒーロー、か」

 ヒーロー。

 ありふれているようで、重い言葉だ。

 「まさかあの戦いで魔女と戦ったこと結果的にが仲間を助けることなった、とは。――ふっ」

 あの戦いで相対した魔女は味方に大きな被害を与えていた。

 私がお姉さんを助けようと魔女を釘付けにしたことで(正確にはお姉さんにご執心だったようだが)救えた命があったということなのだろう。

 ……そうか。

 そう、なのか。

 今でも鮮明に思い出せる戦いの光景――天津と敵対する大阪が恐ろしいのはわかっていたことだが、戦いに突如介入してきた魔女の恐ろしさはその質がまるで違った。

それは人間本来の生物としての本能を刺激するものであり、一目見ただけで体と心に生命としての恐怖を刻み込まれた。実際の戦場であの魔女の姿を見た者たちからすれば、私なんかがヒーローみたく映るのかもしれないな。

 「ああ、やってやるさ。ヒーローでもなんとでも言ってくれ。私はやるべきことをやる」

 私は戦いの直前に軍曹と会話できた幸運に感謝した。

 軍曹が届けてくれた言葉によって自らの行為を少しだけ、ほんの少しだけ肯定できるような気がしたからだ。今から潜入するのは大阪の二大拠点の一つ――富士機械化要塞だが、あの魔女と相対した恐怖に比べればなんということはないと思える。

 どんな内容の作戦であろうとも魔女と戦えと言われるよりは百倍マシというものだ。

 「さて、そろそろ時間だ。待機場所のミサイルサイロに向かおう――」


 全てを失った戦いから1年と少しが経過した。

 私は全てを失って、少女たちと出会った。

 デモンストレーションでミドリを喪い、命のぬくもりと重みを知った。

 それから実験に臨み、少女たちを生かすことができた。

 そしていま――少女たちと共に最後の戦いの地へ向かおうとしている。

 軍事訓練校時代、学校内に缶詰にされた時の経験から、たかが1年という短い期間でも、お姉さんのいない1年は悠久の拷問のように感じられるかと思っていた。

 ――だが、それは違った。

 この1年間は瞬く間に過ぎていったのだ。

 あの子たちは私が色を与えてくれたというが、それは逆だ。

 少女たちの存在そのものが、いまの私が生きる意味になっている。

 救われたのは私の方なのだ。

 少女たちがいなければ私の人生は色を失っていた。

 この1年間をただお姉さんの願いを叶えるためだけに動いていたならば、私はそれこそ色を失った機械のような人間になっていたはずだ。

 私は少女たちと過ごすことで見つけた。

 命の価値を問い続けることで理解した。

 お姉さんの願いを叶えた後で自分がこの世界に残せるもの――それは少女たちの人生に意味を与えることなのだと。

 この作戦に私の全てを賭ける――お姉さんのために、少女たちのために。

 部隊内通信回線をオンライン。

 網膜に投影された映像に機体情報と通信相手が表示されていく。

 1、2、3、4、5、6――よし、全員いる。

 「お前たち――――――準備はいいな?」

 「「「「「はい!!!」」」」」「……」

 各々の特徴を帯びた色めく声が五つ揃った。

 少女たちは皆一様に頼もしい姿へと成長しており、これから向かう戦場への恐怖は感じられない。

 ならば指揮官たる私が顔を上げないわけにはいかないだろう。

 《フォビドゥンバレット各員に通達。こちら潜水母艦――回天、間も無く我が艦はミサイル発射地点に到達。準警戒体制バイオレットにて待機せよ。健闘を祈る。交信終わり》

 ミサイル発射による強い衝撃が全身を揺さぶった。

 我々を載せた偽装ミサイルは発射され、目的地への距離を示した数字が減っていく。

 それは終わりの始まりのカウントダウン。

 私たちに無償で与えられるのは片道切符のみで、帰りの切符は自前で調達しなければならない。

 これは最高難度のミッションである。

 だが不思議と恐怖はない。

 それは私が一人ではないからだ。

 私たちはこのミッションをやり遂げる。

 そう確信しているから。

 さぁ始めよう。


 私の全てを賭けた――最期の戦いを。

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