2話 戦いの顛末
《カテゴリー――――――タイプセカンド》
大阪兵――タイプセカンド。元の生物の原型を維持したままナノマシンの恩恵を受けて行動するタイプファーストとは異なり、その戦場に最適な異形化を果たした個体を指す。
周囲に転がっていた大阪兵の骸を繋ぎ合わせ、一つにまとめて最適化する変化形態。
それにより通常個体と比較して数十倍のエネルギー量を獲得することを可能にした、ある意味で進化とも呼べる形態変化を遂げた個体のことだ。
「相変わらず面倒な相手だよ。だが、この程度はシミュレーションで散々やったさ!」
動き出した肉と機械の塊はもはや人とは程遠い姿で、怪物という表現が相応しい。
その怪物は自身の形をぐにゃぐにゃと変態させながら、こちらを赤く光る巨大な単眼で捕捉して襲いかかってくる。
「当然自己修復機能も強化されているか。レーザー砲のエネルギーさえ満足にあれば修復を上回る一撃を加えられたが、やむを得ない。武装の火力不足を考慮したプランでいく」
こちらの機体は脚部を完全に伸ばした状態でも6mほどの大きさだが、大阪兵の残骸を吸収して巨大化を続けるタイプセカンドは、現時点で優に10mを超えていた。
「時間がない、さっさと終わらせるぞ。ダイダロス、敵個体の解析は終わったか?」
《敵個体の変化数値パターンの解析終了まで10秒》
「了解。だったら――私はいま出来ることをやる!」
私は機体脚部のローラーをフル回転させ、カラーギアの背面が地面すれすれになるまで背中を倒して巨大な敵の足元へと滑り込む。
絶賛変態中の怪物は、周囲の骸を取り込んで再活性処理を行いながら巨大化を続けているとはいえ、その中で機能しているコアは一体分のものだ。
つまりコアの位置を特定し破壊してしまえば、巨大な怪物は再び鉄クズに成り下がる。
「ファイア、ファイア、ファイア!」
私は怪物の足元を潜り抜けながら、その体表を削るように満遍なくガトリング砲を撃ち込んでいく。毎秒勢いよく消費され排出される薬莢の音、焼け付くような熱を帯び回転する砲身の音、弾丸に抉られミンチになっていく肉の音、それらの狂想曲が戦場に鳴り響く。
その中で私は――鈍色に輝く光を見た。
「残弾40。こちらの武器が与えるダメージが想定よりも低い。これは――」
攻撃を終えて一旦距離をとった私が見たのは、超至近距離からの連続射撃を受けてなおも健在の敵の姿であった。私はその能力を目の当たりにして一つの確信に至る。
《敵個体識別完了。敵個体名、タイプセカンド――ジャイアント》
AIの下した判定と同時に解へとたどり着いた私は、そうだろうなと頷きを返す。
大阪兵の変異体タイプセカンド――呼称名ジャイアント。こいつは時間の経過とともに強固な防御シールドを形成してしまうため、タイプセカンドの中でも非常に厄介な種類だ。
こちらの攻撃が効果的なダメージになっていないのも、ジャイアントの体を覆うシールドが強化されつつある証拠であり、加えて再生能力も向上しているとなれば、時間を味方にダメージを与え続け、その蓄積によって勝つという手段を封じられたのも同じだった。
「私たちのタイムリミットはあと何秒だ?」
《敵個体完全変態まで――30秒》
変態中の敵個体――ジャイアントの完成を許すことはできない。
ジャイアントの完成はこちらの武器が有効性を失うことを意味し、さらに怪物の破壊が不可能になることは、拠点確保を任務とする私にとって敗北を意味するからだ。
「時間がないッ――だが、対応してみせるさ。私はいま打てる手を全て、打つ!」
結論として私は、怪物に対してダメージ覚悟の突貫を決意した。
機体各部から回せるありったけのエネルギーをシールドと脚部に回して強化、怪物の中心目掛けて機体上限の最大速度で突撃を敢行する。
当然だが接近する私に対して、ジャイアントはレーザー照射で応戦してきた。
「私は止まらない。多少のダメージは覚悟の上だ! いくぞッ、ダイダロス!」
私はジャイアントの赤い単眼から放たれたレーザーを体捌きによってギリギリで回避しつつ、その余波をシールドの最大展開によって防いでいた。
そして攻撃のインターバルに怪物との距離を一気に詰めようとする。
《機体損耗率上昇――シールド展開率20%、肩部に甚大なダメージ》
AIによる報告の直後、シールドが悲鳴を上げて肩部のシールド発生装置が爆発した。
敵のレーザー出力がこちらのシールド出力を上回っている証拠だ。余波でこの威力か。
これで機体を守ってくれるシールドは使えない。次はない。だが、それでも――
「この程度のダメージは想定内だ――この一撃で終わらせるッ」
私は機体肩部の爆発を利用して、敵の目の前で急速な横回転をかけていた。
さらに脚部ローラーの出力を遠心力とともに上乗せして、腕部に装備した鉄の楔の先端を怪物に突き立てる。
「オオオオオオ!!!」
強化された敵のシールドを割って体表に打ち込まれた楔に、ジャイアントが咆哮する。
「そう騒ぐな。もう仕込みは終わったぞ」
私の自信作たる愛機に装備された鉄の楔は、ただ突き刺すだけの兵装ではない。
通称、パイルバンカー。
勢いよく突き出された楔――もとい杭は、敵の表皮を破った場所で、その真価を発揮するときを、射出されるのを待ちわびている。
《敵個体完全変態まで――2秒》
「これで、チェックメイト」
ガチリ、と重い金属の音が響いた。
敵の体表を貫通していた杭は、その巨大で鋭利な先端部分を敵の中心まで到達させる。
《敵個体完全変態まで――1秒》
伸ばされた杭は鉄と肉を引き裂き、怪物の体内を突き進んだ。
そして――鈍色に輝く敵のコアへと、鋭利な突起を突き立てるのだ。
敵のコアは体の背面から勢いよく体外に弾き出され、空中で爆散する。
「――ふぅ。最初の攻撃で敵のコアの位置を確認できたのが幸いした。コアの位置を探るのに時間をかけすぎれば確実に私の負けだったろう。危なかった。だが訓練スコア一位もなかなかやるとアピールの材料にできそうだ。帰還するのが楽しみになってきたな」
コアを失ったことでナノマシンの統制がとれなくなったジャイアントが崩壊を始める。
ぐずぐすと崩れて広がる鉛色の液体は、やがて揮発して世界に溶けていった。
戦場に残るのは動かなくなった骸の山だけだ。
「この現象はCEMの溶滅に似ている……とはよく言ったものだな」
自分がやるべき仕事は終わったのだと、他人事の感想が口をついて出た。そしてそんな私を嘲笑うように、地獄の始まりを告げる通信が発信される。
《コア消失及び敵個体の完全停止を確認。再度旧埼玉サービスエリアの確保を確認。戦域ネットワークを更新中。通知、救難信号探知――緊急通信を開きます》
「これでこの場所は完全に確保された。あとは帰還の準備――――――なに?」
大阪を旧埼玉サービスエリアから排除した安堵も束の間、後は母艦に帰還するだけという時、戦域ネットワークから救難信号が受信され、緊急通信回線が開かれる。
これは救難信号の発信元からの通信、いいニュースではないことは明らかだ。
私は最悪の状況を想像して息を呑み、恐る恐る緊急通信へと耳を傾けた。
《メーデーメーデーメーデー、こちら第31補給部隊、CEMに襲われている! 繰り返す、こちら第31補給部隊、CEMに襲われている! 大至急、救援を願う! 繰り返す、大至急、救援を願う! あれは――魔、女――――――――――――――――――》
通信が途切れた後、その内容に私は任務の全てをかなぐり捨てて、対象の救助に向かう。
たどり着いた戦場は灼熱で燃え尽きて、全ての命が灰に還された場所だった。CEMの頂点たる魔女と大阪による次元を超えた戦いが繰り広げられ、私は自分の無力を痛いほどに味わう。
私が思い描いた未来への希望は打ち砕かれた。
こうして残酷な現実は闇に閉ざされ――――――私は、失敗した。
この時、私の人生に二つの点が穿たれる。
何もできなかった失意と、願いを叶える決意の点。
プラーズ・ペイント――歳は十七の頃だった。




