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27話 離別

 いまは前に進むことだけを考えろと自分に言い聞かせた。

 ダイダロスが起こした爆発はあまりに強く、破壊のエネルギーが周囲に拡散する。

 私は地面に張りつくことで体に受ける衝撃を最低限にしたはずだが、その威力はパワードスーツの表面が溶けてしまうほど強力だった。

 このスーツにも改良が必要だと、あえて別のことを考えて、今は顔を上げる。

 顔を上げた視線の先――パワードスーツの表面を溶かすほどに強力な爆風は、同時に車両を囲んでいたCEMをもまとめて吹き飛ばしていた。

 「う――くっ、大丈夫だ。溶けたのは表面だけ、まだ動けるはずだ。ダイダロスはここまで考えて行動してくれたっ、あいつの置き土産を無駄にして、たまるものかッ」

 先ほどの爆風で各種センサーの機能が失われている。また補助パワーを回すための導線が焼き切れたのか、思うように立つことができなかった。

 どうやら自分の身体も相当のダメージを受けているらしい。

 視界はぼやけ、耳もキーンという音しか聞こえず、気を抜けば意識を持っていかれそうになる。さらにぐるぐると乗り物酔いのような状態が続いていた。

 「はぁ……はぁ……それでも、行かないと、行くんだ。助けるんだ、ろうがッ!」

 ここが戦場だと忘れてしまいそうになるほど、辺りは静まり返っていた。

 私は静かな戦場を這って、お姉さんの元へとひたすらに進む。

 「はぁ……はぁ……お姉さんの元に、行くんだ」

 音が聞こえた。電子的な音だ。

 焼き尽くされた大地には灰と煤が舞い、電子的な音色だけが響いていた。

 「あ……これ、は。いま、いく、よ。おねえ、さ……ん」

 その聞き取りやすい機械的な音色は一台の車両から発せられている。

 ぼやけた視界の中でも、輸送車の車体に大きく書かれた31の文字は認識できた。

 私はそれを道標に軋む体を無理やり動かし、這って進む――進んでいる。

 それがパワードスーツによる補助なのか、自分の力なのかはもはや判別できなかった。

 近づくごとに明瞭になる輸送車の姿は、見るも無残な状態で原型を留めていなかった。

 無惨な状態の車両の中に入るためには、歪みひしゃげた扉を開かなければならない。

 しかし扉を開こうにも、力んで力を入れた体は泣き喚くように悲鳴を響かせ、脳に大量の痛みの信号を送りつける。

 「うううううう。ふううううううう!!!」

 痛みに耐えようと歯を食いしばっていたら歯が折れた。

 痛みで途切れそうになる意識を、舌を噛むことで無理矢理に繋ぎ止める。

 口の中が血の味で満たされた。

 折れた歯は舌に突き刺すのにちょうどいい。

 「ねぇふぁん、ねぇ――げほっ、ふぁ――ごほっ」

 口内の血のせいかうまく喋ることができない。

 それでも私は黙々と作業を続けた。


 私は希望を捨てなかった。

 まだ未来は確定していない。


 だから信じていたんだ――お姉さんと笑い合える未来を。


 「大阪、の――ためっ――プラー、ににににに――」

 開かれた扉の先で――儚い未来への希望は打ち砕かれ、醜い現実が私を嘲笑った。

 「プラーズ――大阪の――だめ――大阪――殺して――大阪のた――私を、殺し、て」


 そこに、お姉さんはいた。

 いや、正確には。

 お姉さんだったものが、いた。


 それは機械的な音色を奏でる存在だった。

 その首元には見覚えのあるペンダントが付けられていた。

 人間二人分の肉と、機械が混ざった、それ、は。

 「私を――大阪――殺して――大阪――」

 大阪になったお姉さん。彼女が私を殺してと叫ぶ。

 すでに意識のほとんどが大阪に侵食されて、助けられる見込みはない。

 「あああああああああああ」

 私は無意識に腰のホルスターから銃を抜いていた。

 自分の意志で抜いたわけではない。

 訓練で体に染み付いた行動が、軍人としての私が、反射的に自衛の構えをさせていた。

 「私を――大阪――殺して――大阪――」

 しかし銃を抜いたところでどうするというのだろう。


 大好きなお姉さんを殺す?

 それが彼女のためだから?

 お姉さんのことを大好きな僕がこの手で、お姉さんを殺す――――???


 できないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできないできない。


 「私に、大阪のために、あなたを、大阪のために、殺させないで」

 「う、ぐ……くぅ……あぁ……」

 私は懇願するような言葉に、泣きながらもお姉さんに銃口を向ける。

 そして――震える手で狙いを定め、トリガーに指をかけた。

 「い、い、子、ね……」


 そうだよ。おねえさん。

 ぼくはいいこだから。

 おねえさんのいうことはなんだってきける。

 だからさ、おねえさんがそれをのぞんでいるなら。

 ぼくは――おねえさんをころすことだって、できるはず、なん、だ。


 「――――――ペン、ダン、ト、ありが、とう」


 そして残酷な世界は闇に閉ざされ――――――私は失敗した。


 お姉さんの望みを叶えることはできず、かといって自分が死ぬこともできなかった。

 だから私はここに誓おう。

 お姉さんを撃てなかった拳銃に――必ずお姉さんを殺すと誓う。


 こうして私の人生に二つの点が穿たれた。

 何もできなかった失意と、願いを叶える決意の点。

 プラーズ・ペイント――歳は十七の頃だった。

 


 この記憶は今でもなお私を蝕み続ける。

 己の失敗が他者を、それも最愛の人を奪われた。

 これが自分の罪でなくてなんなのだろう。

 そして罪人が再び罪を犯さない保証があるのか?

 こんな私にお姉さんが救えるのか――

 

 未来は暗く、目の前に広がる闇の先は見えなかった。


 


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