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22話 魔女

 戦場を最速で進んだ私は救難信号の発信地点付近までたどり着いた。

 ここら一帯はかつて森だったと思われるが、辺りは地獄かと見間違うほどの赤と黒の炎に染められていた。

 その赤と黒の物体には樹木だった頃の面影が僅かに残されている。

 何がこれほどの火を大地に振りまき、赤く黒く染め上げたのか。

 周囲に残存する炎の熱程度であればカラーギアの耐熱レベルに問題はなかった。

 しかし周囲を一変させるほどの炎を発生させた現象は、どれほどのものかと想像するのも恐ろしい。

 「ここで一体、何があったというんだ……」

 《微弱な生命反応を探知。数1。位置をマップに――――生命反応が消失》

 センサーが探知した声明反応、それがたった今――消失した。

 「待て、待て待て……待ってくれ、頼む。お姉さんっっっ!!!」

 結論から言えば、消滅した生命反応は雫お姉さんのものではなかった。

 目の前で倒れている少女の虚な瞳はどこも見ておらず虚空を映している。その彼女はどう見ても訓練学校に通い始めたくらいの十代前半の年頃にしか見えない。

 そんな少女の首元では、白色の細いチョーカーが奇妙な輝きを放っている。

 「はぁ。彼女は死んでいる。これが死、か……」

 私は目の前の骸がお姉さんのものでないことに安堵を覚えていた。

 いくらか平静を取り戻した私は死んだ少女の姿を確認する。彼女の装備は見たことのない部隊のものだが、少女が天津所属であることは味方識別マーカーで明らかだった。

 《死因は重度の火傷。部隊照合――閲覧権限がありません。チョーカーに電子反応あり、アクセス拒否。部隊章に通信機器の反応を確認、回収を推奨》

 私は一度カラーギアから降りて少女の軍服の一部とドッグタグを回収していた。

 それから骸を埋葬するか迷い、かぶりを振った。

 私がいますべきことはお姉さんの生存を確認することだ。

 その折に彼女の仲間を助ければ、それが死んだ少女への手向けとなるだろう。




 『あ……突然……襲われ、て、地面が。炎が、みんな、散り散りに……げほっ、わたしは、もう、助からな、い……赤い、悪魔が、くる。どうか、みんな、を、たす、け……』

 カラーギアのコックピットに戻った私は部隊章の解析をAIに任せて、録音されていた少女の音声を聞いていた。

 少女の最期の言葉に何も思うことはなく、私は無機質にAIの解析完了を待った。

 「ドクロマークに花……これはユズリハだろうか」

 天津軍の部隊章には必ず通信装置が埋め込まれているため、そこから部隊内通信に使用される周波数を割り出して発信することで、仲間の現在地を特定することが可能になる。

 お姉さんの補給部隊は負傷者の後方輸送も行うため、救難信号の座標付近で闇雲に捜索するよりも、味方部隊の生き残りや負傷者を探すほうが発見の確率が上がるはずだった。

 《解析完了、同時に通信周波数設定の同期を完了――サーチ開始》

 「頼むぞ。こい、こい、こい、頼む――――――――――きた」

 しばらくして少女の部隊と同じ周波数の短距離通信を拾うことに成功する。

 私は通信チャンネルに耳を傾けつつ、通信相手の座標を割り出していく。

 《そっち――危険――にげ》

 《もう――助からな――大阪――いやぁぁぁぁぁぁ!!!》

 乾いた音を最後に通信は途切れた。

 5秒にも満たない通信だったが、最後の音は拳銃の発砲音で間違いない。

 私は再度の交信を試みるも、そこに返答はなかった。

 最後に聞こえた発砲音が私の頭の中で最悪のシナリオを作り上げる――

 そのとき――ドン、と。戦場を衝撃が駆け抜けてカラーギアの機体を揺らした。

 その衝撃は機体の装甲表面の温度を急激に上昇させる。

 機体の装甲温度を上昇させた衝撃の正体は――赤い熱風だった。

 《装甲温度上昇。現状、行動に支障なし。修復は継続中。熱風の発生源、座標を特定》

 まさか戦場を焼き払った炎、それを引き起こした元凶が現れたとでもいうのだろうか。

 私は機体の修復率に目を瞑り、自分の最優先事項を踏まえて決断する。

 先ほどの衝撃波が発生した中心地点――赤い熱風の発生源へと向かうことを。

 「先ほどの通信と赤い熱風、そこが戦いの中心か。ならばお姉さんもそこにいるはず!」


 決断すれば後は進むだけでよかった。

 なぜならその場所は、すでに目的地として地図に登録されていたからだ。

 目的地は熱風の発生源で――通信相手の銃声が聞こえてきた場所だった。


 大地は燃え尽きていた。

 そこに林立していた木々は燃え尽きて、大地に残るのは炭化した物体のみ。

所々に点在する黒い人形――それはかつて人だったモノの成れの果てだ。

 「くそっ――なんだ、この災害はッ。頼むお姉さん、生きていてくれ――っ」

 私は黒い屍の山を築いた災害に憤りながら、その中で命を――お姉さんを探す。

 やがて機体のセンサーがその地獄の中心で動く物体を検知した。

 その場所まではまだ少しの距離がある。

 《炎の中心に高エネルギー反応と生命反応を検知、個体数1》

 私は機体の迷彩機能を起動、周囲に溶け込んで身を潜めつつ電子スコープを覗いた。

 そこにいたのは3m以上の体躯を持ち、鍛え上げられた肉体を躍動させる、人のカタチをした怪物だった。

 そいつはかつて人だったモノを踏みつけて、不満げに言葉を漏らす。

 「この程度か、人間。こんなに弱いんじゃ熱くなれんだろうが」

 潰された黒い人形はその重さに耐えきれず簡単に砕け散り、黒い霧となって霧散した。

 「は――、はっ、はっ、はっ」

 呼吸を忘れていた。

 言葉を失っていた。

 カラーギアの画面越しでもはっきりと伝わる圧倒的な存在感。

 その体から溢れ出る生命エネルギー、暴力的なまでの命の奔流。

 あれが本当に生物なのかを疑いたくなるほどの、精巧な完成度。

 一眼見ただけで理解させられる生物としての差、圧倒的な強さがそこにあった。

 ここら一帯に振りまかれた異常な破壊の痕跡も、この一個体が行ったと言われれば納得せざるを得ない。

 その存在はあまりにも強大で、残酷なほどに規格外だった。

 《敵性個体解析結果――CEM――――》

 そしてAIが判別した敵の正体、その名称。

 CEM。それはカラー・エフェクト・モンスターの略称。

 やつらの姿は虫を模したカラーインセクト、獣を模したカラービーストのように様々で、多種多様な生物の外見をしているはずだ。


 しかし目の前の存在は――どう見ても人のカタチをしていた。


 衣服を身につけていない代わりに赤黒く厚い皮が体全体を覆い、その皮に線を引くようにして赤黒い炎を身体全体に纏っている。

 その赤黒い見た目と炎はマグマを想起させ、翼と尾が生えていれば悪魔とでも形容したかもしれないほどに、本能的な恐ろしさがあった。

 スコープ越しに見る人のカタチをしたCEM――この存在の特徴に、私の中で緊急通信の内容が思い起こされるのと、AIが眼前のCEMをカテゴライズしたのは同時だった。

 《敵性個体解析結果――CEM、脅威ランク4――魔女》

 それはCEMの中で最上位に位置する存在のカテゴリーだった。

 世界的な統計によれば、他のカテゴリーに比べ極めて遭遇例が少ないものの、一個体で戦況をひっくり返してしまうほどの力を有する存在の名称だった。

 日本では未だ出現が観測された記録はなく、ここにいるはずのない存在だった。

 「なんで、なんでこんな怪物がここにいる。ここは日本で大阪の支配地域だぞッ!」

 私は未知の存在に恐怖し震えていた、怯えていた。

 ――こんな怪物に勝てるわけがない、と。

 自分が積み重ねてきた知識の限りを尽くして改造したカラーギア――ダイダロス。

 その性能は機甲大隊の僚機に比べて高く、隊長が搭乗する新型にも引けを取らないという自負が自分にはあった。

 そして機体の性能に驕ることなく、操縦技術だって誰にも負けるつもりはなかった。

 総合して私は、ことカラーギアに関して誰にも負けない自信があった。

 しかし――現実はどうだ。

 私はいま自分が心血を注いだカラーギアのコックピットの中で、頭を抱えて縮こまりガタガタと震えている。

 まだアレと相対しているわけではないのに、スコープ越しに見たその強大すぎる力は私に生物としての格の違いを見せつけ、その防衛本能を逆撫でしてくる。

 本能は訴えていた。

 ――危険だ、逃げろ、と。

 ――勝てない、無理だ、諦めろ、と。

 怪物を前にした私の本能は逃避に類される言葉を発し続ける。

 お姉さんを探すために動かなければいけないはずなのに。


 私は硬直したまま画面に映る怪物を、恐怖に染まった瞳で見つめるだけだった。


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