21話 刻まれたモノは溢れて
私たち実験小隊フォビドゥン・バレットは、港から出港した潜水母艦に搭乗していた。
すでに潜水母艦は作戦海域へと近づいており、搭乗員の顔は緊張感に包まれている。
作戦名――『オペレーション・富士』。
本作戦は機甲大隊による反転攻勢に見せかけた要塞奪取作戦だ。
最初に天津コロニーから出撃した機甲大隊が大阪に向けて侵攻を開始、旧千葉県方面から大阪の首都を目指す。
そして本隊を囮にした我々実験小隊が単独で富士機械化要塞内部に侵入、最深部を制圧するという作戦内容だった。
正直、概要を伝達されたときは突拍子もない作戦だと思った。
大量の大阪兵が駐留する要塞を単独で攻略しろというのだから無謀にもほどがある。
だがその後のブリーフィングで得た情報によれば、要塞の指揮は拠点のリーダー格が担っているため、リーダー格が機能を停止した場合軍団は統制と連携能力を失うらしい。
要はさっさと潜入して本命を撃破、その混乱に乗じて脱出しろということだ。
「果たして天津の作戦がうまく機能するのか……少女たちの命を繋ぐには……」
カツカツカツと、潜水母艦内のタラップを歩く金属の音がやけに響いて聞こえる。
潜水母艦のクルーたちは作戦海域が迫っていることもあり、その表情は皆一様に緊張に満ちていて、私も皆と同様に緊張と不安で頭がパンクしそうだった。
「なんだこの漠然とした不安は。少女たちの状態、作戦内容の把握、自身の準備、何も問題はないはずだ」
この作戦を決行するにあたって多くの準備をしてきた。
VR訓練による潜入の予行演習はもちろんのこと、敵に発見され囲まれた場合を想定した複数の大阪兵との戦い方、少女たちの連携パターンの強化、大阪兵がカラーを使うことまでも想定して訓練を重ねてきた。
今の少女たちは武器、技術、思考、肉体に至るまで、その全てを最高の状態で引き出せるようになっている。
「だというのに、こんなにも不安になるのは……」
今でも夢にみる。あの戦い、赤黒き戦場の光景。
『ふはははは。どうした人間ども。こんなものかっ、俺をもっと楽しませてみろっ』
規格外の怪物――魔女による圧倒的な殺戮の瞬間。
『諦めないでください。まだ未来は確定していません。グッドラック。マスター』
自分を犠牲にして私を生かした愛機の存在。
『プラー、ズ。ペ、ン、ダ、ン、ト、あ、り、が、と、う』
そして――大阪に姉を奪われる無力な自分の姿。
それらは再び戦場に赴く私に対して悪夢のようにリフレインするのだった。
《メーデーメーデーメーデー、こちら第31補給部隊、CEMに襲われている! 繰り返す、こちら第31補給部隊、CEMに襲われている! 大至急、救援を願う! 繰り返す、大至急、救援を願う! あれは――魔、女――――――――――――――――――》
あの緊急通信から少しの時間が経過した。
私の現状――カラーギアを駆って大阪と戦い、CPからの指示を無視して命令違反を犯し、半端な修復率の機体状況のまま救難信号の元へと全速力で向かっている。
通信の内容からこの敵は大阪ではない――隕石から現れた未知の生命体――CEMだ。
第31補給部隊は対大阪の作戦行動中にCEMの奇襲を受けたと推測される。
「考えれば考えるほどに最悪の状況だ。お姉さんを失えば、私は、私は……」
救難信号の発信地点に近づくごとに、私の中で自分を作り上げてきたものがボロボロと崩れ落ちていくのがわかった。
ああ――そうか。
雫お姉さんが軍隊に徴兵されたことを知ったときに体を駆け巡った不安、その正体。
もしかすると私は、漠然とだがこの未来を予想していたのかもしれない。
しかし私はそれを直視しなかった。
こんなことは起こるはずがない、あってはならないと。
だが案の定、あのときの漠然とした不安は最悪の形で現実となった。
「……お姉さんが戦場にいる可能性は? ペンダントの位置情報は受信できたか?」
不安に耐えかねた私はAIに尋ねる。
《回答――検討材料の不足。ペンダントの位置情報は電波状況の悪化により取得は困難》
僅かな希望を抱く私へと、AIは想像通りの返答を返してきた。
そうだよな……わからない。お姉さんが生きているのかも、死んでいるのかも、そもそも巻き込まれてすらいない可能性だってある。
「引き返すなら今だ。ここから先に進めば戻るのは困難。だが、それでも――」
私の思い過ごしならばそれでいい。
だがもし、お姉さんの命が危機に瀕しているならば、私は駆けつけなくてはならない。
命令違反? 軍法会議? 死刑?
――知ったことか。
私は今までなんのために勉学に励み、誰のために訓練を続けてきた?
それは雫お姉さんのことが好きだから、彼女が私の全てだから助ける。
私はお姉さんを助けるために強くなった、そうだろう?
自分の愛と覚悟の原点を再確認した私は、カラーギアの速度をさらに上げた。




