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20話 戦いの前に

 「おおっ! プラーズじゃねぇか! おまえ久々に顔だしやがってこのっ、連絡くらいしろっ」

 「すまん。ここのところ根を詰めていたんだよ。あと昇進おめでとう。中尉殿」

 私はとある目的のために機甲大隊ハンガーを訪れ、そこで偶然にもウェルキンと再会していた。

 彼とは久々の邂逅だったが、そのいつもと変わらぬ砕けた態度に私は、彼が何も変わっていないようで安心していた。

 「うっせ。おまえがいなくなって昇進の対抗馬が消えただけだろ」

 「何を言うんだウェルキン。君のカラーギア操縦技術は中隊一だ。ついでに噂話の収集速度もな」

 たっぷりと皮肉を込めて言ってやれば、彼はやれやれと頭を掻きながら深いため息を吐き出した。

 「はぁ。ついでは余計だっての。これだから謙遜野郎は……で、今日は何か用があってハンガーまできたんだろ? 中隊が恋しくなったか、おぉ? プラーズよぉ?」

 皮肉の切り返しにしっかり煽られてしまった。

 懐かしいな、このやりとりも。

 「ち、違うっ! 整備班の人たちに個人的な頼み事をしていたんだよ。ハンガーにカミン曹長はいるかな?」

 「あー次の大規模作戦のせいで整備班も大忙しだってのに。こんな時に頼み事を引き受けてくれることが人徳の成せる技だって気づけないのかねぇ。やれやれ……おぉ〜いカミーン」

 なにやら呆れ顔でボソボソと口を動かすウェルキンが声を張り上げた。

 溌剌とした声がハンガー内に木霊して十数秒が経過すると、一人の女性がこちらに小走りで駆け寄ってくる。

 「なんすか〜? おおっと、これはプラーズ殿っ。例のブツ、準備はできております!」

 女性は私とウェルキンの顔を交互に見た後で、私に向かってのみ敬礼した。

 それは形式だけでのものではない、敬意の伝わるキビキビとした敬礼だった。

 「おい、カミン。俺には挨拶なしかよ」

 「ええ〜ウェルキン中尉はまぁ。いいかなって〜あっはっはー」

 「これでも俺は上官なんだが???」

 このからからとした快活な女性はカミン整備曹長だ。機甲大隊下のハンガーでは一番の働き者として知られており、ハンガー内に彼女の声が響かない日はないというほど。

 そんなカミン整備曹長は体の上から下まで迷彩柄の整備服に身を包んでいるが、彼女の小柄ながらも成熟した身体は服の上からでもわかるほどに主張が強い。

ウェルキンなんかはいつも軽口で対応しているが、その魅惑のボディに気圧されて強く言えないところがあるらしかった。

 「ありがとうカミン曹長。外に輸送用の車をつけてあるから、そこまで頼めるかな」

 「はっ。了解しました。プラーズ殿っ! よろしければ整備班の連中に声をかけてやってください。忙しそうにしていますが、皆プラーズ特務中尉に会いたがっていますので!」

 「わかった。そうするよ」

 「俺と対応の落差ありすぎだろ……」

 かつて私が中隊にいた頃は、整備班のみんなにカラーギアの装備や要求仕様に関して無理な要望を通してもらっていた。

 そして中隊から離れた今も無理を言ってしまっている。

 残された時間は少ないが、少しでも話をしていくべきだろう。

 「なぁプラーズ、ちょうどいいし中隊のやつらも集めるから会っていけよ。そういや中隊にさ! 少ないが新人が入ったんだよ! これが才能はあんのにやたらオドオドしたやつでさぁ――」

 小走りで去っていくカミン曹長を見送りながら、ウェルキンは笑顔で言葉を並べていく。

 まくしたてるように喋る彼の姿は、私がいなくなった時間を埋める行為のようで。

 「流石に隊舎からハンガーまで来てもらうのは悪いよ。会うのは……また今度、だな」

 「……ああ、わかった。おまえ……次の作戦、必ず生き残れよ。絶対だぞ」

 「当たり前だ。改めて、タイタンフイールドのことは任せたぞ、ウェルキン!」

 あの酒場で別れた日と同じくウェルキンは何も訊かなかった。

 彼は私が部隊のことを口にできないと理解している。

 「お前がピンチの時は! 必ず駆けつける! 覚えとけ!!!」

 私はどこまでも優しい友に感謝しつつ、整備班の皆に声をかけてから機甲大隊ハンガーを後にした。


 アストレアパレスに戻ってきた。

 両手はカミン曹長がまとめてくれたカラーギアのパーツでいっぱいになっていた。

 訓練場からは、少女たちが各々の訓練に励む音が聞こえてくる。

 すでに私自身が彼女たちへと技術を教える段階は終わった。

 そんな少女たちには、いま自身に必要な訓練は何か、それを自主的に考えて行うよう指示している。

 自分に足りないものを自ずと理解して行動できる少女たちに、それでも足りない経験や知識の部分は、アイリスが先達としてフォローしてくれていた。

 「彼女たちは強くなった。ならば私も強くならなければ――作業、再開だ」

 私は機甲大隊下中隊タイタンフィールドを去った。

 ゆえにカラーギアは使えない。

 大阪に対して生身では戦えない。

 そこで私は決戦の日のため、中隊を去った日から密かに作っていたものがあった。

 そしてようやくその日が迫る中で今日、ついにそれを完成させるべく、私は最後の仕上げに取り掛かる。

 私はカラーギアと呼ぶには小さく、パワードスーツというには大きなそれを見て、自分の役割と成し遂げるべき目標の難しさを悟る。

 「こいつで全てが成し遂げられるわけではない。それでも、成功の確率を1%でも上げられるなら、私は躊躇わない」

 それからアイリスに教えを乞うてカラーの訓練を続けた。

 少女たちと比べれば貧弱な自身のカラードとしての力。

 それでも少女たちのサポートくらいはできるはずだ。

 「やるべきことはやった。私は――お姉さんの願いを叶える。そして私たちを陥れる者にも負けるつもりはない。常に自分の手の上で踊っていると思うなよ」

 これは命を繋ぐ最後のピースで、私の人生を歪めた者に対する報復の一手になるはずだ。


 己の全てをかけた決戦の日は――すぐそこまで近づいていた。


 大阪との決戦の日を前に、私はレオとの会話を思い出していた。

 それはあの実験が成功した日のこと――実験を終えて機材の整理をしていた時の話だ。

 「おめでとうございます。特務中尉。実験の成功、とても素晴らしい結果でした」

 他の研究員が忙しなく作業を続ける中で、私に声をかけてきたのはレオだった。

 「この日のために準備をしてきた。そしてこの結果は少女たちが頑張った成果だよ」

 「ですが、これであなたが研究を成し遂げたことも、また事実です。僕も驚きましたよ。くくっ。これほどの成果があれば世界の科学者の頂点――ネイチャーヘッドに選ばれる日も近いかもしれませんねぇ」

 最高の科学者に与えられるネイチャーヘッドの称号、それが私に?

 その栄誉については知っているが、自分がそこに――というのは考えもしなかった。

 「まさか。カラーの基礎研究の第一人者やカラーギアの設計者、カラーデバイスの開発者と肩を並べるなんて……考えただけで恐れ多い」

 「ですが次の作戦で実験体の有用性を軍上層部に示すことができたならば、これは天津にとって大きな成果となる。僕も次の作戦では部隊を率いて参加することが決まっています。特務中尉がもたらした実験データに閃くものがあったのでね。それを戦場で示し、あなたより先にネイチャーヘッドへの道を開いてみせましょう。くっくっく」

 以前からレオは軍部との繋がりを匂わせていたが、彼は部隊を率いるほどの権限を持っていたのか。

 「なぜ、そこまでネイチャーヘッドにこだわる? 全科学者の夢なのは否定しないが」

 彼の語るネイチャーヘッドへの参加は夢というよりも責務や執着のように見えた。

 「僕には僕なりの理由がある。まぁあなたには理解できませんよ」

 「何か悩みがあるなら相談してくれ。一時的とはいえ一緒に実験を成功させただろう」

 私は私なりの勇気を出して、彼に歩み寄ろうとした。

 「あなたの手だけは絶対に借りませんよ。――かつて僕は何も持っていない日陰に生きる人間だった。それでも、何も持たないなりに夢はあった。だから夢を叶えるために、それ以外の一切を捨てて勉学に勤しんだ。しかしその夢は一人の無自覚な天才によって壊されたのです。悲劇でしょう? だから僕は誓った。自分の有用性を示し、夢を壊した天才を見返してやるのだとね。くく、くくくっ」

 振り払われた手、その瞳には暗い炎が宿っていた。

 その白い髪と対比するように燃える暗い炎は妄執を孕んでいる。

 私が見てきた彼は研究のために倫理観を欠如させる傾向にあった。研究成果を出すためならどんな犠牲も厭わず、クローンの命に心を砕くことはなかった。

 「おい、私の研究データを何に転用した。まさか実験体の安全に配慮を欠いた――」

 アイリス研究所の研究員たちは、いまも忙しなく動き回っている。

 実験は終わったばかりだというのに、彼らは今から何を始めようというのか。

 「この実験は僕が主導するプロジェクトです。あなたに口を挟む権限はありません」

 そう言ったレオは私を研究所から締め出した。

 私を締め出すことに躊躇する研究員たちに代わって、レオに従順な機械兵が私を阻む。

 私も自身のやるべきことが山のようにあったため、やむなくその場を後にした。


 彼の瞳が見せた妄執は、常に私の頭に残り続けるのだった。


 あの日から今日に至るまで私とレオは顔を合わせていない。

 研究所に赴くこともなかった。

 レオのことは気がかりだが、それでも作戦成功のためにやれることは全てやった。

 この全ては、現実という結果として世界に示されるだろう。


 ここに私の人生の全てを精算する時が訪れた――プラーズ、歳は十八の頃だった。


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