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1話 機械との戦い

 「はああああああああ!!!」

 裂帛の雄叫びを上げ、立ちはだかる人型の敵に向けて鉛玉を撃ち込んでいく。

 高速で発射される弾丸によって蜂の巣となった人型のそれは、それでもなお動きを止めることはなかった。

 「大阪、のため、に。オオ、サカ、osa、kaaaaaa!!!」

 人間の肉体と機械のナノマシンを混ぜたソレは、生命としての活動を停止しても、腕の一本、指の一本、筋肉の一筋でも無理やりに動かして戦闘行動を継続する怪物だった。

 《敵性個体、戦闘継続を確認――警告、ロックオンされています》

 「さすがにしぶとい。こいつはおまけだ!」

 自身の搭乗する機体に搭載されたAIが敵の健在と危険を報告する。

 私はそれならばとこちらに向けて武器を構えるそいつの頭に、機体背面に装備された迫撃砲を追加でお見舞いしてやった。

 高火力の迫撃砲が直撃して頭が綺麗に吹き飛んだそれは、ついに機能を停止する。

 やつらの頭部内の海馬には命令系統の大元である首都の大阪、あるいは戦場ごとに配置された指令個体との接続を司る部位がナノマシンによって形成されているため、そこを破壊することで命令が途絶えて行動不能に陥る。頭部という場所は他をいくら破壊しても動きを止めないヤツらの唯一の弱点とも言える部位なのだ。

 それから私はこの区域に配置された最後の一体と思わしき個体の頭を機体の腕で握り潰して、鉄と肉の山と化した場所に放った。念の為、AIにも追加の指示を出す。

 「よし、ダイダロス。おそらく周辺の敵はこれで全部だろうが、確認しておいてくれ」

 《了解。周辺区域と敵性個体大阪の残敵をスキャン開始――スキャン中、スキャン中》


 「――いつもありがとう、お姉さん。いつまでも私を見守ってくれ」

 機体に搭載されたAIこと――ダイダロスに命令を出して人心地ついた私は、無事に戦い抜いたことをコックピットに貼り付けた写真に写る――女神に感謝した。


 長く美しい漆黒の髪に整った目鼻立ち、神々しささえ覚える体のシルエット――男女問わず人から崇敬されるために生まれ落ちたような、私の愛しき存在だった。

 私はこの人がいるから戦える。

 否、私はこの人のために戦っている。この人のために存在している。


 孤児の私を救い、心に生きる希望を灯してくれたお姉さんためなら――私は他者の命を摘み取り、踏み躙り、世界だって敵に回すことを厭わない。

 「あなたが世界に存在しているから私は戦える」

 私は自分という存在の在処を再確認した数瞬の後、果たすべき軍への報告に移った。

 《こちらプラーズ少尉、旧埼玉サービスエリアの大阪拠点の破壊に成功、繰り返す――》


 漆黒の宇宙が汚れた星を見下ろしていた。

 戦争で疲弊した人類に待っていたのは、割れた巨大隕石の落下だった。

 さらにそこへ追い討ちをかけるようにして始まった怪物――CEMとの戦い。

 その戦いの中で日本という国は、巨大国家の手の上で三つに分かれて内戦を続けていた。


 そして三国の内の一つであり、私の所属する北海道と東北を支配下に置く天津は、関東から関西、中部から近畿までの本州を幅広く支配する大阪に対して大攻勢を仕掛けていた。

 私はその大規模作戦の先陣として自身の愛機である漆黒のカラーギア――ダイダロスを駆り、大阪の巣食う拠点を単機で襲撃――これを破壊することに成功する。


 現在、単機で行動中の私の所属は機甲大隊だ。本来は中隊か小隊、最低でもエレメントを組んで行動すべきだが、部隊運用の常識ともいえるそれを崩すのにも理由があった。

 今回は作戦の規模の大きさと速度重視の電撃作戦である点が考慮されたらしい。

 そしてそれは私のような訓練上がりの尻の青い新米であろうとも例外なく適応されていた。だが新米の中でそれは、選抜された数名に限られる。機体スペック上限の限界機動速度を出せる若手のホープと呼ばれるようなパイロットで――成績優秀なギアハンドラーだけが単機で運用が許可されているのだった。


 かつて日本という国が一つにまとまっていた頃、サービスエリアとして賑わっていた広い敷地は、今や機械の骸で埋め尽くされていた。

 その骸は大阪の兵士のもの。

 彼らは生物にナノマシンを注入することで作られるサイボーグだ。

 大阪の兵士の多くは人間を素材にした半分生物の半分機械であり、大枠として分類するならば生き物をベースにした機械人形と言えるだろう。

 それらは種族の垣根を超えて掛け声も目配せもなく連携し、体はあらぬ方向に曲げることも容易にこなす、完全に生物の枠を外れた存在だった。

 しかしそれは究極的な意味で、人間の到達点ともいえる超越者なのかもしれない。

 私はこの人間の成れの果てを目の前にして思うことがあった。

 彼らもかつては人間だったのだろう。

 では彼らはどの時点までが人間で、どこから人形になってしまったのか。

 この中には未だ、人間としての心を持ち合わせている個体はいるのだろうか。

 もしも、彼らが未だ人であるなら、私の行為は人殺しなのだろうか、と。

 そんなことを考えてしまうのだ。

 《こちらCP、旧埼玉サービスエリア大阪拠点の破壊――目標達成を確認、受理した。プラーズ少尉はその場で別命あるまで待機せよ。繰り返す――》

 私の思考はCPからの返答に中断され、その先への思考には至らない。

 確かに敵が人か機械かなど、考えても仕方のないことだ。

 それに天津に貢献することはお姉さんのためになる。お姉さんのためならば敵兵の命のことなど考えるに値しない。

 私は大阪についての思考を強引に結論づけて、目の前のすべきことに向き直る。

 そして自身の搭乗するカラーギア――二足歩行戦車CGA-TYPE-2ダイダロスの機体ステータスを確認していくのだった。

 このダイダロスは、中華ロシアからライセンス許諾を得て製造しているCGA-TYPE-1ベルトーチカを、天津が大阪攻略用に独自にカスタマイズした機体であり、さらにそこへ私独自のカスタムを施した機体だ。

 「機体損傷確認――損耗30%。残弾数確認、背部迫撃砲残0、肩部ランチャー残1、肩部ガトリング砲残300、脚部及び腕部モーターブレード破損、パイルバンカー健在、腹部レーザー砲エネルギーチャージ中――ほぼシミュレーション通り、こんなところか」

 整備兵の人たちと共に改良を加えた自信作ともいえる機体だった。

 《広域スキャン80%完了、継続中。平行して機体復旧作業を実行中――》

 ともあれ私は、この場所で別命あるまで待機……か。

 CPの命令を頭の中で反芻しつつ、私は索敵と復旧の進行度を目で追っていた。

 その時――頭部を完全に破壊され、活動を停止したはずの骸の山が蠢いた。

 《警告――敵残骸内に大阪のコアエネルギー反応》

 大阪兵の屍で築かれた骸の山は、心臓が脈打つように内部から鈍色の光を放っていた。

 おそらく生き残ったナノマシンが死んだ生体細胞に再活性処理を施している。

 頭部以外の場所にコアを持つ特殊個体がいたのだろう。これだから大阪は厄介だ。

 大阪兵を構成するナノマシンの再生能力は、死んだ細胞さえ活動状態へと回復させる。

 つまり大阪兵を一体でも仕留め損なえば、今まで倒してきた敵が全員再生、こちらは弾薬や装甲を擦り減らしてラウンド再開という地獄のおかわりが待っている。

 「流石に再戦は勘弁してほしいところだが――――おいおい、これは何かの冗談か?」

 《コアエネルギー反応増大中――まもなくこちらのエネルギー総量を超えます。なおもエネルギー増大継続中。警告――敵個体の変化を確認、データベース参照、合致を確認》

 AIが無慈悲にその名を、現実を私に突きつける。


 《カテゴリー――――――タイプセカンド》


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